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136 孤島上陸。


「うわぁ……」


 久遠は、クルーザーが到着した桟橋から見える景色に驚きを隠せないでいた。

 見渡せる場所にある浜辺は、完全に整備されたプライベートビーチで、遠浅の透き通るようなコバルトブルーの海が、まるで手招きをしている美女のように待ち構えていた。

 それとは正反対に、その島の中央部には人の手がまるで入っていない鬱蒼と生い茂る密林が、久遠たちの前に広がっていた。

 優美と野生、その両極端が一望できたのだ。

 その密林の中に、威風堂々とそびえ立つ巨大な洋館があった。

 中世の様式で作られたその外観は、森のなかにそびえ立つことで、異様な雰囲気を醸し出していた。

 

「花梨いっちばーん!」


 花梨が我先にと、三段跳びの選手のように、ホップ・ステップ・ジャンプでクルーザーから勢い良く飛び降りると、見事に着地を決めてみせた。

 

「全く、はしゃぎ過ぎだぞ花梨!」


 と、たしなめるような言葉を言っている向日斑むこうぶちだったが、胸は高鳴り目はランランとした輝きを見せていたのだった。どうやら、目の前に広がるジャングルに、野生の血が呼び覚まされているようで、思わず四本足で駈け出してしまいそうになるほどの勢いなのだ。


「なんかちょっと……怖いかも?」


「大丈夫。姫のことはわたしが守るから!」


 おっかなびっくりな姫華ひめかは、ちぎりの肩に手を置き、半分体重を任せるようにして、クルーザーを降りた。

 契はその手にさり気なく自分の手を重ねては、その伝わる感触を味わって幸せを満喫していた。

 

「さぁ、神住様、わたくしたちも参りましょう」


「おう」


 久遠はセレスの手に引かれるようにして、この『神無島かみなじま』の大地へと降り立ったのだった。



 ※※※※


「しかし、このジャングルの中、どうやって建物まで行くんだ……」


 桟橋から出た皆を待ち構えていたのは、獣道すら皆無な完全なジャングルだった。本当にここは日本なのか? と突っ込みたくなるような熱帯性植物が生い茂り、時折中からは野生動物の鳴き声など聞こえていきていた。


「うわっ、今の何々? 何の動物さんかなぁ?」


、その鳴き声に反応して姫華はヒョコヒョコと契の背中から顔を覗かせていた。

 目の前にそびえるジャングルに尻込みしていた姫華だったが、そこは動物大好き少女! 恐怖心と好奇心がぶつかり合って、今好奇心が勝利を収めようとしていた。


 

 動物大好きっこ、桜木姫華は動物が見たいという好奇心と、ジャングル怖いという恐怖心の二つの心が争っている最中だった。


「へへ〜ん、こんなの花梨とお兄ちゃんならよゆうーだよ! よゆうー!」


 花梨はいつの間にか柔軟運動を済ませており、ジャングルの中を走破する気満々だった。


「ウッホウッホー!」


 一際大きなリュックサックを背負った向日斑は、今にもジャングルの中に飛び込んで行きたくて、その場を何度も飛び跳ねていた。美女と野獣コンビであるこの二人にとって、過酷とも思えるジャングル走破は、辛いどころかちょっとしたアスレチックくらいでしかないのだ。

 

「体力馬鹿兄妹……」


 久遠は、あらためて目の前に広がるジャングルを見上げてみたが……思ったことは一つで。


『今すぐ帰って家でゲームやりたい……』


 だった。

 なぜ別荘に遊びに来てこんな危険を冒さなければならないのか! 体力を無駄に消耗しなければならないのか! いっその事、クルーザーの中に寝泊まりして、ビーチで遊べばいいのではないか? そんな想いでいっぱいだった。


「あらあらあら、誰がこんなお洋服が汚れるようなジャングルを歩いて行くと言いましたかしら?」


「へ?」


 セレスは皆の先頭に立つと、リモコンのようなものを手に持ってボタンを一つ押して見せた。

 すると……。

 目の前に広がっていたジャングルが、まるでモーゼが海を割った時のように見る見るうちに開けていくではないのか。

 そして、そこにはアスファルトで舗装された道が顔を出したのだった。

 その道は、一直線に島の中央部にある洋館まで続いていた。


「さぁ、参りましょう。あ、この道は動く歩道になっていますから、歩かなくてもよろしいんですのよ」


「な、なんて金の無駄遣いなんだ……」


 久遠ご一行様は、動く歩道に乗って洋館へと向かうのだった。


「ちぇっ、ジャングルで遊びたかったのになぁ……」


「ウホォ……」


 花梨と向日斑は、両脇に広がるジャングルを恨めしそうな目で見ながら、口を尖らせて不平を漏らしていた。向日斑などは、今にも手を伸ばして木の弦を掴み、ターザンのように木から木へと飛びうつって行きたい気持ちを必死に抑えているようだった。

 

「あっ! 鳥さんだよ! ちーちゃん、ほらほら鳥さん!」


 姫華は、歩く歩道に設置されている手すりから身を乗り出して、木の上にとまっている鳥を指差した。


「うんうん」


「鳥さんかわいいねぇ〜」


「うんうん、かわいい」


 このかわいい、一見同じ言葉ではあるが、指しているものは違っていた。

 姫華は野生動物の鳥をかわいいと言っているが、契は自分のすぐ横に居る姫華の事をかわいいと言っているのだ。

 契にとって野生動物がかわいいかどうかなど、何の意味もなかった。契にとっての全ては桜木姫華であり、それ以外のことは何であろうと無意味なことでしか無いのだ。


「しかし、何でこんな大袈裟なギミックを作ったんだ? 普通に道を作ればいいだけじゃないのか?」


「あらあら、それだとせっかくの無人島の雰囲気が壊れてしまうでしょ? だから、無人島の雰囲気を壊さないように、それでいてわたくしたちが疲れることがないように、そう配慮いたしましたのよ」


「その配慮のために、湯水のように金が消えていったわけか……」


「あら、お金は使わないと経済が回りませんのよ?」


 セレスの言ってることは至極もっともなことだったが、下手をすると金剛院家だけで日本経済を回しているのでは? そんなことを思ってしまう久遠だった。

 


 こうして、ジャングルの風景を楽しみながら、歩く歩道に運ばれること数十分。

 久遠たちの目の前には、中世風の巨大な洋館がそびえ立っていた。


「これまた……えらく雰囲気がある建物だなぁ……」


 どこぞのRPGゲームの舞台に使われてもおかしくないような景観を誇る洋館は、周囲の密林のアクセントもあって、美しいというよりもオドロオドロしいというイメージのほうが先立っていた。

 館の壁面に触手のように絡みついた樹の枝は、まるで今にも動き出しそうであったし、背景に稲光でも轟かせれば、今にも吸血鬼が出てきそうにも思えるほどだった。

 

「かっけー!」


 そんな洋館を見て、一人目を輝かせるのは花梨だった。

 

「なんか、なんかー。今から物語始まりそうか感じの建物だぁ~! うへっへっへ、うーん、勇者花梨の冒険が今スタートするっ!」


 そう、花梨は実年齢通りに、見事な中二病真っ盛りだった。

 自分で必殺技を開発して、しかも《ソニック・トルネード・ストライク》などと名づけているところからもうかがい知ることが出来るだろう。

 そして、『今は違う! 元だ! 元中二病だ!』と言いはる久遠も、実のところワクワクしていないわけではなかった。

 この孤島の中で起こる事件が、自分の中の隠された真の力を引き出して、遂には異世界へのゲートを開き、魔王と戦うことになるのでは!!

 そんな妄想の一つや二つ、瞬時にやってのけることなどお茶の子さいさいなのだ。実際今も、建物を見上げながら、そんな妄想をしているところだった。

 

「ねぇねぇ、久遠もそう思うっしょ?」


「んあ!?」


 妄想中に唐突に言葉を振られて、久遠は慌てた。


「久遠も、こういうの好きそうじゃん? 久遠の部屋の漫画にこんなのでてくるのいっぱいあったしー」


「あ、ああ……」


 と、答えたところで、セレスが金髪ツインテールを垂直に立たせながらつかつかと歩み寄ってきた。


「か、神住様の部屋と今おっしゃいましたわよね? あ、あなた……まさか神住様のお部屋にいったことがあるんですの!!」


「うん、あるよ? しかも、押し倒されてオッパイ触られたよ?」


 あっけらかんと答えた花梨の一言が、この場に居たものの聴覚を最大限に刺激した!


「な……」


「ふぇ……」


「糞虫……」


「人の妹に……」


 この場にいる全員の視線が、瞬時に久遠に向けられた。


「い、いや待て……。それは確かに真実なのだが、色々あってだなぁ……」


 まさに針のむしろ状態となった久遠は、今すぐここから消え去りたかった。が、ここは無人島、何処にも逃げ場など無いのだ。


「ふふ〜ん、久遠ってば、花梨のオッパイ触って凄く嬉しそうな顔してたよねぇ〜」


「な!! そ、そんなことは……」


 勿論、そんなことはありまくるのだが、今素直にそんな言葉を言えば、大惨事が発生することは火を見るより明らかなので、久遠は言葉を濁すしかなかった。


「じゃ、いま花梨がオッパイ触ってもいいよー? って言っても触らない?」


 花梨が挑発するように、両腕で胸を持ち上げて谷間を強調するポーズをとった。


「触ります!」


 久遠はパブロフの犬のように、条件反射で手を上げて答えてしまっていた。

 その瞬間、汚物を見るような視線が、久遠の身体中に突き刺さったのだった。


「かーみーすーみーさーまーっ! これは一体どういうことなんですの……」


 セレスの拳が闘気を纏い唸りを上げている。全身から発せられる殺気に、周囲に居た獣たちがバタバタと一斉に逃げ出していく。

 

「神住さん……お胸大きい人が好きなんですね……」


 姫華は自分の胸元を見て、ションボリとうなだれた。


「ひ、姫! 姫は小さくないよ? ほら、わたしに比べたら大きいから! ね? ね?」


 契の言葉は、姫華をフォローするとともに、自分自身にダメージを与えるという両刃の剣だった。

 

「かーみーすーみーさーまー……。少し二人だけでお話をいたしましょうか……」


「う、うわぁぁぁぁ……」


 セレスが久遠の首根っこを捕まえると、そのままジャングルの茂みの中へと消えていった。

 そして、数分後‥…。

 顔の形を変形させた久遠が、セレスに引きずられるようにして戻ってきたのだった。

 

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