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番外編 06 向日斑文鷹の朝。


 向日斑文鷹むこうぶちふみたかの朝は早い。

 目覚まし時計をかけること無く、朝日が登るのと示し合わせたように自然と向日斑は目を覚ます。

 どの季節であろうとも、日の出が向日斑にとっての起床時間なのだ。

 純和式の六畳の部屋の真ん中に、敷かれた布団からは足先がはみ出していた。これは幼少の頃から使っている布団なのだが、向日斑の成長がそれを追い越してしまったせいである。

 向日斑は勢い良く布団から起き上がると、カーテンを開けると、そこから差し込む日差しに少し目を細める。

 

「うーん、今日もいい天気だ」


 立ち上がった向日斑……全裸だった。

 基本、向日斑は寝るときは全裸なのだ。

 いや、出来ることならば、家にいる時はずっと全裸でいたいとすら思っているのだが、これは年頃の妹もいるので遠慮している。

 

『どうして、人は服というものを身につけなければいけないのだろうか……』


 こんなことを、小学生の頃によく考えていたものだ。

 これは即ち、幼稚園までは基本全裸だったことを意味する。

 幼稚園の園児服を脱ぎ捨てて、全裸で走り回る向日斑の勇姿は、いまだ幼稚園中に語り継がれれいるという噂だ。

 ちなみに、幼稚園の頃は……。


『どうして、みんな二本足で歩くんだろう……」


 と、考えていたほどだった。

 これは即ち、幼稚園に入るまでは四本足で駆け回っていた事を意味する。

 これには両親もほとほと頭を痛めていたのかと言うと……そうでもなかった。健康的かつ天真爛漫に育ってくれているので、まぁいいじゃないかな! と笑い飛ばしてすませたのだった。

 つまりは、両親のおおらかな性格を、向日斑は見事に受け継いでいるのだ。

 

「さて、ストレッチでもするか……」


 向日斑は全裸のままストレッチ体操を開始する。

 体操に合わせて股間のものが左右に揺れ動いては、ビッタンビッタンと不快極まりない効果音を部屋中に鳴り響かせた。

ビッタンビッタンビッタンビッタンビッタンビッタン……。

 約十五分間、この音はまるで時計の針のように正確にリズムを刻み続けると、やっとのこと静まり返った。向日斑が最後の深呼吸をしているからだ。流石に、深呼吸では股間のものは揺れ動きはしなかった。


「んじゃ、いきますか」


 衣装棚からジャージを取り出すと、全裸の上からそれを身にまとう。

 パンツ? そんなものはいらない。

 向日斑はこう思う。


『隠れていればいいんだろ? なら、パンツがなくてもいいじゃないか!』



 ズボンを履いていれば、パンツは不要という、天才的思考ゆえに向日斑はパンツを履かないのだ。

 こうして、全裸の上からジャージを着込んだ向日斑は、颯爽と早朝の街へとランニングに繰り出していくのだ。

 全裸ジャージの向日斑の姿を目にした、犬や猫、小鳥たちはこぞって鳴き声を上げる。

 

「ワンワン(おはよう! ゴリラの王様)!」


「にゃーん(おはようございますです。キングゴリラ様)!」


「バウバウバウ(ゴリラ様、今日も元気ですね)」


「チュンチュンチュン(ハイル ゴリラ様!)」


 どうやら、動物たちからすると向日斑は人間ではなく、特殊なゴリラ、しかも王族であると思われているようで、この街を仕切る動物たちのボスとして慕われているのだった。

 動物の言葉を理解することが出来ない向日斑は、勿論そのことを知る由もなく。


「おう! おはような!」


 などと、爽やかなゴリラフェイスで挨拶を交わしていくだけだった。

 向日斑は軽快なペースでランニングを続けていく。

 ほんの少し前々は、こんなふうにランニングをすることは出来なかった。何故か? そう膝を痛めていたからだ。

 それなのに、今はこうして普通に走ることができていることが、向日斑には不思議でならなかった。

 膝の痛みは収まったのは、金剛院邸に行った時からだった、あの時途中記憶を無くしたわけなのだが、それ以降膝の痛みがウソのように消えてしまっていたのだ。

 これは、実は金剛院家メイド三人娘の一人、赤炎東子によるものだった。

 赤炎東子の、秘蔵の怪しげな薬品により、向日斑が気を失っている間に、膝を治療してしまっていたのだ。

 当の赤炎東子は……。


『副作用があるかもしれませんけれど、大丈夫でしょう。ゴリラですし」


 と言って口元を隠して笑っていたという。

 こうして、自分でも気が付かない内に膝の怪我が完治してしまっていたのだ。

 現在のところは副作用も出ていないようだが、いやもしかすると、あのハイパー向日斑化こそが、その副作用の現れなのかもしれないが、それは定かではない。

 

『膝が治ったんなら、部活に戻るのも……』


 と、考えたこともあったが、すぐに思いとどまった。

 それは、部活をしていた時よりも、今の日常のほうが充実していることを理解しているからだ。

 桜木姫華さくらぎひめかは、小動物を愛する可愛らしい人だ。

 冴草契さえぐさちぎりは、いきなり殴りかかってきた時は驚いたが、一本筋の通った良い女だ。

 金剛院こんごういんセレスは、ワガママで直情的なところがあるが、神住を純粋に好いている健気な女だ。

 蛇紋神羅じゃもんしんらは、最初は悪人かと思ったが、自分の信念を貫き通そうする男気があるやつ、と言えなくもない。

 禍神真宙かがみまひろは、献身的な行動と、周りに気遣いができる細やかなところといい、行為に値する男だ。

 そして……愛しの七桜璃なおりさん! もうこれは、なんて言葉で言い表わせばいいのかわからないが、一言で言うならば『愛』それしかない!

 最後に、そんな素敵な連中と知り合うきっかけになった、神住久遠かみすみくおん

 向日斑は、神住久遠と初めてであった時に、思いを巡らせる。


 教室の中で、だれとも会話をせずに、一人で漫画を読んでいた神住久遠に向日斑は声をかけた。

 向日斑は、最初神住久遠の事を、意思表示のない事なかれ主義な男だと思っていた。クラスでの神住久遠の立ち位置から考えれば、そう思われてもおかしくないので、これは仕方がないことだといえる。

 クラスから孤立している神住久遠という男は、この時の向日斑には都合のいい存在だった。


『この男ならば、部活のことをとやかく言うこともないだろう、なにせ自分のことをまるで知らないのだから……』


 実際問題、向日斑文鷹という男は、この学園内で有名人だった。

 一年生にして柔道部で全国大会に出場して優勝。

 さらに、こんな特別なゴリラそっくりな容姿に肉体美だ、有名でないわけがない。

 それなのに、この神住久遠という男は、自分が声をかけるまで存在すら知ってはいなかったのだ。

 キングオブボッチである神住久遠は、外部の情報をまるで入れること無く、自分の世界にだけ生きていたのだ。

 だからこそ、向日斑は声をかけた。

 変に自分を特別視することのない男、この神住久遠とのどうでもいい会話が心地よかったのだ。

 そして、言葉を重ねるうちに、向日斑は神住久遠という男のことを理解していった。

 この神住久遠という男は、心を閉ざしているのでも何でも無く、ただ不器用なだけなのだと……。

 思っていることを口に出さないのではない、出し方がわからないのだ。

 普通の高校生ならば至極当たり前に出来ることを、この神住という同い年の男子はわかっていないのだ。

 いびつなパズルのパーツである神住久遠は、何処にもはまることなく、あぶれてしまっていた。

 けれど、いびつなパーツだって、居場所は存在しているのだ。存在していないわけがない。

 取り巻く環境、状況、まるで違う二人のいびつなパズルのパーツが惹きつけあったのは、もしかすると必然だったのかもしれない。

 

 二人が仲良くなるのに、時間はかからなかった……。


 


 ※※※※


「ふぅ……」


 ランニングを終えた向日斑は、シャワーを浴びる。

 彫刻のような筋肉に、シャワーの滴が滴り落ちていく。

 最近、向日斑は朝のシャワーをあびるときに稀に誰かに見られているような感覚を感じることがあった。とは言え、こんなゴリラボディである自分を出歯亀する奴など居るわけがないと、気にせずに捨ておいていたのだが……。まさか、その犯人が、実の妹であることを向日斑は知るはずもなかった……。

 脱衣所に忍び込んだ花梨かりんは、ハァハァと鼻息を荒くさせて、実の兄のシャワーシーンを鷹のような鋭い目で覗いていたのだ。


『お兄ちゃん……素敵だよぉぉぉ』


 心の中でつぶやく花梨の目はハートマークになっていた。

 ここにまた、何処にもはまることのない、いびつな恋の形があったのだった……。



 ※※※※


「んじゃ、行ってくるわ」


 朝食を取り終えた向日斑は、食器を片付けてから家を出る。

 愛用のマウンテンバイク、『マウンテンゴリラ号』にまたがると、ペダルを力強く漕ぎだす。

 正直、体力が有り余っている向日斑ならばランニング代わりに徒歩で通学してもよいのだが、そうすると神住久遠と一緒に帰れなくなってしまう。ゆえに、自転車通学。

 その事は勿論神住久遠は知りはしない。

 


 ※※※※


 朝の学校。

 クラスメイトたちは、雑談に花を咲かせている。

 向日斑は、自分の席に座って待っている。

 そして……。


「おう! 神住、おはよう。バナナ食うか?」


 満面の笑顔で、バナナを一本差し出す。


 こうして向日斑文鷹の学園生活が始まるのだ。


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