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番外編 04 花梨の学校。


「遅れる遅れる〜」


 二階の階段からポニーテールを揺らしながら大きくジャンプ。床に着地する衝撃を、膝を上手く使って完全に殺して見事な着地を決めてみせたのは、絶世の美少女こと、向日斑花梨だ。

 

「おかあさーん、パンだけ貰うねー」


 ダイニングのテーブルの上に置かれていたパンをヒョイッとひと掴みして、手慣れた手つきでジャムをひと塗りすると、それをお口にパックリと咥え込む。

 

「んじゃ、学校にいってきま~っふ!」


 膝と上半身を軽くストレッチ。そして最後に大きく背伸びを一つすると、お気に入りのスニーカーを履いて、玄関から勢い良く飛び出していく。

 

「夏は暑いな〜。でも、夏だから仕方な〜い! 許してしんぜよう!」


 飛び出した花梨を待ち受けていたのは、まだ朝だというのにジリジリと照りつける真夏の日差しだった。

 愛用のマウンテンバイクに飛び乗ると、風を切るように猛烈な勢いでペダルを漕ぎだしていく。横を通り過ぎる人が『あれ? 今のバイクか?』と勘違いしてしまうほどのスピードは、きっと道路交通法を違反しているに違いなかったが、警察も花梨の可愛さに免じて許してくれるに違いないだろう。

 花梨のマウンテンバイクのハンドルには、一際大きなゴリラのストラップが装着されており、風に揺られて左右に大きく揺れ動いていた。


「うんうん。ゴリ君は今日もかわいいね!」


 花梨はゴリ君と名付けられたストラップを、ピンと人差し指で弾くと口に食わえていたパンを胃の中に押し込んだ。飲み物無しで食べるパンは、なかなか食道を通過してくれずに、花梨は少しむせそうになって胸を叩いた。叩かれた胸は波打つように揺れた。

 

 ――またオッパイ大っきくなったかなぁ?


 この台詞を、冴草契が耳にしたならば、修羅の如き形相で命を奪いにかかったかもしれない。

 

 ――大きいと、大きいとで悩みもあるんだぞっ?


 この台詞を、金剛院セレスが耳にしたならば、どの口が言うのかしらと、頬をつねりあげたに違いない。

 世の女性の嫉妬心を煽りながら、花梨は学校へと向かうのだった。


 


 ※※※※


「おっはよぉ〜」


「あ、花梨、おはよー」


 学校の昇降口で花梨と挨拶を交わしたのは、同じクラスメイトの『滝瀬辰子たきせたつこ』だった。


「お、たっちんは、朝練してたの?」


「見てわかるっしょ?」


 滝瀬辰子は、花梨のように制服ではなく上下ジャージ姿で、前髪はパッツンと揃えられ、長い後ろ髪は邪魔にならないようにお団子状にまとめあげていた。


「たっちん、陸上部だよね? てか、長髪の短距離ランナーなんて、たっつんだけっしょ?」


「ふっふっふー。髪は女の命なのでございますわよー。おーほほほほ」


 辰子は鬼の辰子の異名を持つ陸上部のキャプテンだった。

 

「なんとっ! なら、花梨がその生命の髪をわしゃわしゃしてやるぞぉー!」


 花梨は背後から、辰子の髪の毛をハンバーグでもこねるように両手でこねくりかえした。


「わーっ、やめい、やめぇい!」


 それを払いのけようとした辰子だったが、まとめてあった髪がほどけて、美しい黒髪がはらりと腰の辺りまで垂れた。その艶やかな黒髪は、まるでどこぞの工芸人が創りだした日本人形のような美しさを見せていた。が、それでもまだ中学生、美よりもあどけなさがそれを凌駕していた。

 美しいのは髪だけでなく、そのルックスも太めの眉毛に、輪郭のはっきりした目鼻立ち、ふっくらとした唇は、世間一般的に美少女と呼ばれるにふさわしいものだったが、超絶美少女の花梨と並んでいるせいで、その印象は薄れてしまっていた。

 ぱっと見は、おしとやかな日本風美少女、だがその実態は、陸上部の鬼キャプテンにして、短距離走のホープ。ダイナミックなフォームでトラックを駆け抜ける姿は、まるで豹のようだと評されるほどだった。

 

「もぉ! この髪まとめ直すの大変なんだぞ! 花梨のばーかっ!」


 辰子は花梨に向けて、アッカンベーをしてみせる。


「たっつん、しらないのぉ〜? 馬鹿って言ったほうが、馬鹿なんだぞ〜?」


 花梨はそれを無邪気な挑発のカウンターで返してみせた。


「ならば仕返しに……。そのおっきいおっぱいをプルンプルンしてやる!」


「うへえ!?」


 今度は辰子が花梨の背後に回り込むと、たわわなお胸を両手でおもいっきり揉みしだきだしたのだ。

 まるで別の生き物のように、花梨のお胸はプルンプルンとうねるように動き出した。


「うーむ、女のわたしでも何か興奮してきちゃうぞ! これか! 悪いのはこのお胸かっ!」


 辰子は興奮していた。手に伝わる重量感、制服越しだというのにピッタリと吸い付くような柔軟性、同性であろうとも、花梨の胸は性的興奮を抱かせる程の威力を備えていた。


「はぁはぁ……花梨、かわいいよぉ〜」


 頬を上気させた辰子は、胸を揉みしだく手を緩めること無く、花梨の耳元で熱い吐息と、欲望にまみれた言葉をぶつけた。


「ひゃん!? な、何耳元で囁いてくれてんのよぉ! たっちんのあほーっ!」


 耳たぶを刺激されて、花梨はビクッと身体をよがらせる。


「へへっへ、アホって言ったほうが、アホなんですよー。そんなことも知らないんですかぁ?」

 

「ぐぬぬぬ、たっちんめぇ!」


 二人のやり取りは、あっという間に人の目を集め、気がつけば思春期な男子中学生が前かがみになりながら、大勢集まっていた。

 ここに集まった男子中学生の総数は二十名。そのうち、十三名は花梨の虜になり。四人は辰子のファンに、そして残りの三人は、百合というジャンルに目覚めるのだった。

 



 ※※※※


「ふーん、それで花梨は夏休みに、そのお嬢様の別荘に行くことになったんだ?」


「うん、良いっしょ?」


 お昼休み、二人は机をひっつけてお弁当に舌鼓を打ちつつ、会話に花を咲かせていた。

 

「お嬢様に、別荘ねぇ……。そんな漫画みたいな世界がほんとにあるんだ」


 辰子は、玉子焼きを口に放り込むと、見たことのない金剛院セレスという人物を頭のなかで思い描いていた。


 ――金髪ツインテールでハーフのお嬢様、それでいてツンデレ風味かぁ……。なんか背景にバラの花とか背負ってそうだなぁ。会ったらサイン貰いたいレベルだよ。


「そうだ! たっちんも一緒に行こうよ!」


「え? いやいやいやいや、わたしはそのメンバーの誰にも会ったことがないんだよ? 流石に無理っしょ。それに恥ずかしいし」


「うわぁ、たっちんの口から恥ずかしいなんて言葉が聞けるとは思わなかったわー」


「なんなん! わたしはこう見えても、恥ずかしがり屋さんなんですよ~だ!」


「そんなウソを付く奴には、この唐揚げは食べさせられませんなぁ〜」


 花梨が辰子のお弁当箱の中に一つだけ残っていた唐揚げを箸で掴み上げると、すぐさまもぐもぐとお口に入れてしまう。


「それ最後の楽しみにとってたのにぃ!」


「ダメだよぉ〜。大好きなものは一番に取っちゃわないとね。もたもたしてると、この唐揚げみたいに誰かに取られちゃうんだよ〜」


「何良い事言ったみたいな感じにしてんのさー! 唐揚げ返せよー!」


「もう胃の中だから返せませーん」


「くそぉ、またおっぱい揉んじゃうぞ!」


 辰子は、今にも襲いかからんと両手を孔雀の羽のように大きく広げてみせた。ガタッとクラスの男子が一斉に立ち上がっては、視線を花梨と辰子に降り注がせる。


「たんま! たんま! 代わりにおやつのバナナ一本あげるから!!」


 花梨はディフォルメされた可愛いゴリラの描かれている巾着袋から、バナナを一本取り出してそれを辰子に差し出した。

 辰子は、おっぱいに向ける予定だった手を、バナナに向けるとそれを素直に受け取った。


「仕方ないからこれで勘弁してやる! ってか、花梨はいつもおやつにバナナ持ってるよねー」


「えへへへへっ」


 花梨は満面の笑みで答えると同時に、クラスの男子の落胆のため息が教室中を覆うのだった。

 


 ※※※※


 そして放課後。


「んじゃ、鬼部長であるわたしは、部活へと行きますかねぇ〜」


「おう! いってらっしゃい!」


「花梨もさぁ、何か部活やればいいのに。花梨の運動神経なら何やったって余裕でレギュラー取れるよ?」


「ん? わたしそういうの好きじゃないんだぁ。勝つとか負けるとかさ、割とどうでも良い人だからさぁ〜。家に帰って漫画でも読んでる方が性に合ってるんだよねぇ〜」


「はぁ、その性格のせいで、この学校の運動部はみんなな泣いちゃってるんだよぉ〜? 花梨が入れば全国出場間違い無しだからねぇ」


「そういうの嫌い!」


「うん、知ってる」


「知ってるって知ってた!」


 テンポの良い息の合った会話のやり取りが、二人を小さい頃からの幼馴染のように思わせるが、二人が知りあったのは今年の四月になってからのことで、まだ知り合って三ヶ月あまりしか立ってはいなかった。

 外見は、ゴリラである兄と似ても似つかない花梨だったが、あけっぴろげな性格と、人好きする感性はそっくりで、気のあったものとは付き合いの長さに比例すること無く、十年来の付き合いのように接することが出来るのだった。


「そんじゃ、わたしは部活にいきますかねぇ〜」

 

 と、辰子が『バイバイ』と手を振るのと同時に、教室のドアが開いた。

 

「あの、向日斑花梨はいるかな?」


 そう言って入ってきたのは、サッカー部のユニフォームを着た男子だった。

 

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