番外編 02 似合うかな?
デパートにおいて、男子禁制の女の園、それは女性下着売り場と、水着売り場である。
「へぇ〜。色々あって迷っちゃうねぇ〜」
桜木姫華は『夏真っ盛り、この水着で勝負に出よう!』という、天井に吊るされた大きな看板の横で、色鮮やかな水着に目移りしていた。
「そうだね。色いろあるね」
そっけなく返す冴草契の目は、常に周囲の監視を続けていた。
愛する姫である、桜木姫華をいついかなるときも守る、それが冴草契の使命であり、アイデンティティでもあるのだ。ゆえに、大人数が集まるような場所では、絶えず周囲に気を割いて、不審人物がいないかとチェックする癖がついてしまっているのだ。
――姫は何があってもわたしが守りぬく!
そんな冴草契の心の中を、勿論桜木姫華は知りはしない。
――ちーちゃん、キョロキョロして落ち着きが無いなぁ〜。なんだろう、おトイレ行きたいのかなぁ?
なんて事を思っていたりもするのだ。
「そうだ!」
桜木姫華が両手をパンっと叩いて音を出す。
「お互い気に入った水着を持って、三十分後に試着室の前に集合ぅ〜。ってしようよ?」
「え?」
それは三十分間、二人が別行動をすることを意味していた。
いくら女子しか入れない神聖な場所である、水着コーナーとはいえ、その三十分の間に、姫に何かあったら……そう考えると居ても立ってもいられない冴草契だったが、そんなことを面と向かって言えるはずもなく。
「わ、わかった。三十分後にだね」
と、素直に桜木姫華の提案を受け入れざるを得なかったのだった。
二人っきりで過ごせる休日、その一分は血の一滴よりも重い。それなのに三十分もの間離れ離れにならなければいけないなんて……。思わず近くにあったマネキンに正拳突きをお見舞いしそうになったが、強く奥歯と拳を握りしめるだけで思い留めることに成功した。
「可愛いの見つけようね〜」
そして五分後。
「ねぇねぇ、ちーちゃん。どうして、ずーっとわたしの後ろをついてくるのぉ?」
「え? あの、可愛いな〜ッて思った水着が偶然こっちにあったからそれで……」
「そっかぁ、うんうん、それなら仕方ないね」
冴草契は、別行動をすること無く、ひっつき虫のように桜木姫華の後ろをついて回っていたのだった。
「それで、ちーちゃんが可愛いって思った水着はどれなの?」
「え? いや、その……」
冴草契は返答に困った。勿論、そんな水着などありはしないのだ。可愛いのは水着ではなく、目の前に居る姫なのだから。
「これかなぁ」
答えに困った冴草契は、適当に目の前にあった水着を手にとってしまった。
「え……。ちーちゃん、これなの?」
「そうそう、これが可愛いかなぁ~って」
その水着を、桜木姫華の前に差し出してみせる。
「これは……可愛いというより、セクシーになると思うんだけどぉ……」
「え?」
冴草契は自分が手に取った水着を、ここではじめてちゃんと視認した。それは、背中とおへそが露出され、さらにハイレッグな際どい水着だったのだ。
「わ、わたしはこれは無理だなぁ……。こ、こことかこんなに際どいんだよぉ?」
桜木姫華は、急角度に切れ込みの入った、水着の股間部分を指差して頬を赤らめた。
「でも、ちーちゃんなら、足長いし大人っぽいから似合うのかも? うん、きっと似合うよ! わたしは、まだまだ子供っぽいから、ダメだよぉ……。うーん、ワンピースとかが無難なのかなぁ……」
自分がまだまだ子供っぽいことを、桜木姫華は自覚していた。ぬいぐるみが大好きなのも子供っぽいし。小さい動物を見ると、わぁいわぁいとはしゃぎ回るのも子供っぽいし、身長も低くて童顔なことを気にしてはいるのだ。気にして入るけれど、それを変える気もないのが桜木姫華なのだ。
――だって、ぬいぐるみも、動物さんも可愛いもん! 身長が低いのは……毎日牛乳飲んでるのにこれだから仕方ないもんだもん!
「え? あの、その、これは間違いで……」
慌てて商品がかかっていたところに戻そうとする冴草契の手を、桜木姫華が遮った。
「うん! ちーちゃんなら似合う! きっと似合う! うん! わたしが太鼓判押しちゃう!」
「え? うん……。そう? そうなの?」
「この水着を着て、海辺を颯爽と歩くちーちゃん、きっとカッコイイよ! 美人さんだよ! 思わず、見惚れちゃうよ!」
「そ、そっか、カッコイイかぁ……」
愛する姫にカッコイイと言われた以上、もはやこの際どい水着を購入する以外他に無く……。
「よぉ〜し、わたしも頑張って水着探すね!」
桜木姫華は無い袖を捲くる仕草をしてピューッと別の水着のところに走っていった。
一人取り残された形になった冴草契は、手に取った際どい水着をかかげてじっくりと見た後に……。
「これはないわ……」
と、肩を落としてポツリと呟くのだった。
※※※※
「どれがいいかなぁ〜どれがいいかなぁ〜」
桜木姫華は鼻息荒く水着を物色していたが、なかなか決まりはしなかった。
良いと思った水着が、必ずしも自分に似合う水着ではないからだ。
さらに、羞恥心というものが邪魔をして、選択肢を狭めていたのだった。
「うー、これはいい感じに見えるけど……。ちょっと布地が少ないかなぁ……」
「うー、ビキニは恥ずかしいよぉ〜」
「フリルの付いたワンピース可愛いけど、子供っぽいって思われちゃうかなぁ……」
などと、独り言をぶつぶつと言いながら、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返していた。
「わたしも、ちーちゃんみたいにスパっと水着を決めちゃうような決断力があったらなぁ……」
実のところ、冴草契に決断力など何もなく、ただの誤魔化しだったのだが、その真実を知らない桜木姫華には、冴草契はどんなことも即断即決できる大人な女性に見えていたのだ。そして、憧れもしていた。
自分の胸の内を、人にうまく伝えるのが苦手だった。
誰かの顔色をうかがってばかりだった。
でも、それは『だった』と過去形にしてしまいたい。
ほんの少し、一歩でも半歩でも良いから、自分の気持を外に出せるようになりたい。今回、自分から別荘行きを懇願したのもその一歩のために他ならなかった。
「よし……」
桜木姫華は、強い思いを胸に秘めて、一つの水着を手に取ったのだった。
※※※※
「よぉし、それじゃ一緒に試着して見せ合いっこしようねぇ」
「う、うん」
桜木姫華は元気はつらつで、冴草契は額に大量を汗を書いた状態で、各々試着室へと入っていった。
試着室の中で、冴草契は当初の問題点を今になって思い出させられるのだった。
そう、オッパイが小さいということを!!
「なにこれ……どういうことなの……」
冴草契は、試着室の鏡に映る自分の姿を見て泣いていた。
今の水着は胸の部分にパットが入っていて、見栄えを整えてくれるとはいえ、それでも驚きのまっ平らっぷりに、涙を流さずにはいられなかったのだ。
ささやかなお胸の膨らみは、全てパット様によるお力のもので、パット様がなければ完全に水平を取れてしまうという悲しい状態だった。もうこれは胸ではなくパットそのものなんじゃないのか? そんな自虐的な突っ込みをしてしまいたくなるほどの惨状だった。
とは言え、オッパイの悲劇を除けば、引き締まった長い足と、見事なクビレを持つ細い腰付きは、ハイレグカットの水着にマッチしていて、スポーティーかつセクシーな雰囲気を醸しだしていたのだが、当の本人は壊滅的なオッパイにすべての思考がいってしまっており、涙涙なのだった。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫」
冴草契は試着室の鏡の前に両手をついて呪文のように言葉を繰り返した。
「ちーちゃん、着替え終わった?」
「う、うん」
隣の試着室から、桜木姫華の声に慌てて応える。
「じゃ、せぇので一緒に出ようよね」
「せぇの!」
二人は同時に、試着室から一歩を踏み出す。
さて、どんな水着を桜木姫華が選んだのかは……後のお楽しみ。




