132 みんなで仲良く帰りましょー!
「何故だ……コイツがいるんだ……」
放課後、俺は自転車置き場に自転車を取りに行き、向日斑と合流したところで、見たくもない顔を見ることになった。
「どうした神住、この俺がわざわざ庶民と帰路をともにしようと言うのだぞ? 喜ぶことすらあれ、顔を曇らせる理由など微塵もないではないか! あーはっはっは」
どうやら金持ちというのは、世の中の全てが自分の思うように回ると思っているらしい。思い返してみれば、出会った当初のセレスもそんな感じだったような気がしないでもない。まぁ、最近はいくらか良くなってきているけどな。
勿論、大金持ちである蛇紋神羅が自転車通学をしているわけもなく、出迎えの高級車が校門前に来ているはずなのだが、それでもこいつは俺についてくるらしい。
「まぁまぁ、いいじゃないか。人数が多いほうがきっと楽しいぞ」
どういう訳が、向日斑はこの蛇紋神羅という男を気に入ってしまっているようで、何の話の話をしているのか皆目見当もつかないが、俺が自転車を取りに行っている間、話し込んでいたらしい。
タイプは違えども、細かいことを気にしない大柄な気性があったのかもしれない。
そして、その二人の横に、禍神くんがチョコンと待機していた。
身長百九十センチ近い向日斑と、向日斑に叶わないにしても身長百八十センチはある蛇紋の横に立っているので、禍神くんの小柄さが更に引き立てられている。
禍神くんは、俺が不満げにしているのに気がついたのか、チョコチョコと横にやってきては、耳元で小さな声で囁いた。
「か、神住くん。蛇紋様と仲良くしてあげくださいね」
目を閉じてこのささやき声を聞けば、確実に女の子、しかも幼女だと間違えてしまうことうけ合いだろう。俺は決してロリコンではないが、こんな声で頼まれては仲良くせざるを得ない。
禍神くんの前髪は、目が隠れるくらい長いのだが、小首を傾げて微笑むときに、前髪がパラっと乱れて目がはっきり見えるのがかなりの萌ポイントである。だが男の子だけどな!
「はぁ……。まぁもうなんでもいいや。とにかく帰ろう……」
俺達四人は、三人が横並び、禍神くんだけが少し下がって後ろからついていく感じで、後門へと向かった。
そして、後門に着けば着いたらで……。
「お兄ちゃーん! 遅いぞぉ!」
花梨はぴょんぴょんと飛び跳ねて、たわわなオッパイを揺らしながら向日斑を待ち構えていた。
「お待ちしておりましたわ、神住様……って、なんでここに蛇紋がいるんですの!」
セレスは、蛇紋の顔を見つけて、あからさまにしかめっ面をしてみせた。
「……」
その横には、ぶすっとした表情の忍者が、何故か白と黒を基調としたゴスロリ衣装という女装で待ち構えていた。
なるほど、確かに禍神くんは健気可愛いが、この忍者には一歩劣るかもしれない。そう、忍者にはギャップ萌えというスキルが備わっているのだ!
「なぁなぁ、どうして忍者のやつは女装して人前に出てきているんだ?」
流石に当の本人に聞くのははばかられたので、俺はセレスにコッソリと尋ねてみた。
「ああ、わたくしがそうするように言いましたの。だって、あのゴリラのおかげで、七桜璃は花咲里に勝利することが出来たのでしょ? それならば、少しくらいはねぎらってあげる位のことはするべきだと言ったのですわ」
セレスはあっさりと言ってのけた。
「なるほど……。まぁ筋は通ってはいるけど……」
見てみろ、あの忍者の屈辱に満ちた表情を……。ゴスロリのスカートの端を、引きちぎらんばかりのすごい力で掴んで、恥ずかしさに耐えているではないか……。
「ウホーーーッ! 七桜璃さぁァァァァっぁァン!」
この姿の忍者を目にした向日斑が、いきり立たないわけがない。
蒸気機関車のように、鼻と口から水上機を拭き上げると、四本足で忍者に向かって猛ダッシュを開始した。
「おっと、花梨足が滑っちゃったァァァ」
そこに向けて、花梨の高速の足払いが向日斑の右足を引っ掛ける。
向日斑はダッシュの勢いのまま、顔面で地面に着地しながら数メートル先まで滑っていったのだった。あいつ摩擦で顔が削れてるんじゃねえのか……。
「お兄ちゃんごめんねぇ、花梨ってば足が長いからさー。てへぺろっ」
舌をペロッと出して、頭を自分で小突いてみせる。露骨な可愛いポーズだが、本当に可愛いので仕方がない。というか、花梨は足払いは、確実に狙いすまして向日斑に繰り出している。お兄ちゃんラブの花梨からすれば、忍者に飛びつく向日斑を阻止するのは至極当たり前の行為……だが、ちょっとやり過ぎじゃないのか? これ向日斑じゃなかったら重症だぞ?
「うぅぅ、顔がヒリヒリするじゃないか」
案の定、ゴリラ以上の防御力を誇る向日斑は、ほとんどダメージを受けていなかった。
「そのまま死ねばよかったのに……」
忍者は辛辣な台詞をボソリと呟いた。
「七桜璃、そういう態度はいけませんわ。ちゃんと感謝の気持ちを見せないと!」
「は、はいお嬢様……」
セレスの言葉に、忍者は逆らうことが出来ない。
これは立場的なものではなく、人間的な要因が大きいと思える。
忍者はセレスの言うことに、出来るかぎり従いたいのだ。これは美しき主従関係と言えよう。
とは言え、あの野獣ゴリラに身を任せるというのは、貞操の危機以外にほかならない。
それに当の本人である、向日斑は忍者を助けた記憶がまるでないのだ。
「あ、あの糞ゴリラ……。いえ、向日斑さん、大丈夫ですか?」
顔面を地面に押し付けて倒れたままの向日斑に向かって、忍者は白くて細い手を差し伸べる。
「は、はい! 七桜璃さん! 大丈夫です! 大丈夫ですが、その手をお借りいたしますです!」
向日斑は忍者の手を、まるでガラス細工の壊れ物を扱うように、優しく丁寧に掴んだ。
忍者がその手を引き上げることなく、向日斑は自分の力でその場に立ち上がった。。これは、愛しの忍者に少しでも負担をかけまいという心意気に違いなかった。
しかし、向日斑は立ち上がったあとも、忍者の手を離そうとはしなかった。
「あの、あのもう手を離して……」
「はい! はい! わかっております! わたくし向日斑文鷹、一生この手をお守りいたしますです!」
「いえ、そうじゃなくてこの糞ゴリラ野郎……」
笑顔を取り繕っていた忍者の表情にピリリと亀裂が走る。
「ウホウホ、七桜璃さんの指……なんて美しいだ。それでいてどこかたくましさも備えている……。芸術品、まさに芸術品と言っておかしくないレベルですよ!」
「……」
俺は見た。忍者が向日斑に掴まれていない片方の手で、ゴスロリ衣装の懐からクナイを取り出したのを……。
「うわぁ、花梨両足がすべっちゃったーっ!」
向日斑の後頭部に向けて、花梨のドロップキックが炸裂する。
その蹴りに、バランスを崩しただけで倒れすらしないのは、流石向日斑だったが、花梨もそこまでは計算のうちのようだった。
「さらにぃ、腕がすべって関節取っちゃったよぉー!」
花梨はすかさず、向日斑の腕をつかみとると、そのまま飛び十字関節をきめたのだった。
「おいおい、花梨お転婆すぎだぞ?」
向日斑は関節を完全に決められた状態でありながら普通に話してみせた。野生動物に関節技が聞かないというが、やはりこいつの身体の作りはゴリラそのものなのかもしれない。普通の人間ならば、最初の蹴りで首の骨をやられてるはずなのに……。
「チッ」
その様子を見て、忍者は残念そうにクナイを懐に仕舞い直した。
「ふむふむ。なんだかわからんが、お前たちは本当に騒がしい連中なのだな。埃っぽくてたまらん。禍神!」
「はい、蛇紋様」
禍神くんがすかさずハンカチを持って側に駆け寄ると、甲斐甲斐しく蛇紋の制服についた埃をはたいた。
「さぁ、神住様、こんな騒がしい連中とド変態は放置しておいて、わたくしと一緒に帰りましょう」
セレスが俺の腕を強引に引っ張る。
その時、コッソリ胸があたっているのだが、セレスのささやかなお胸では、ほとんど感触を感じることは出来なかった。
「ああ、そうだな。このままじゃ何時まで経っても帰れそうにないや……」
本当に騒がしいメンバーばかり集まったものだ。
「よしよろしければ、帰りに二人で何処かに……」
と、セレスが言いかけたところで、新たに二人の乱入者が姿を現した。
「神住さん、こんにちはー」
「……」
桜木姫華さんと、冴草契のコンビだ。
桜木さんは、鞄を両手に持ってパタパタとこちらに小走りに向かってくる。
冴草契は、無表情のままそれについてくる。まぁ、こいつの考えていることはわかる。本当ならば、桜木さんと二人っきりで帰りたかったのだ、それをきっと桜木さんの申し出を受けて、俺を待ち構えていたに違いない。
「どうしたの、ちーちゃん? なんだかご機嫌悪そうだよぉ?」
「そ、そんなことないよ? 気のせい、うん、姫の気のせいだって」
「そっかー。ならいいんだけどね。大丈夫?」
桜木さんは冴草契の顔を心配そうに覗きこむ。その時の顔の位置が近いせいで、冴草契は慌てて目をそらせた。
うーむ、しかし気が付くと俺を取り巻く人間関係というやつは、かなり複雑になってしまっている。
恋愛感情の矢印がアチラコチラに飛び交っているわけだ。うん、これが青春ってやつなのだろうか、これがラブコメってやつなのだろうか?
「ねぇ、みんなで仲良く帰りましょー!」
その桜木さんの一言で、俺たち九人は仲良く一緒に帰ることになったのだ。




