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13 友達だと思っていたのは自分だけってことはまれにある。

 

 家に帰れば、当たり前だが家族がいる。だから、世の高校生のほとんどは孤独ではない。

 更にパソコン、スマホを使えば、家に居ながら色んな人と繋がることが出来る。

 

 今だって俺は、母親と向かい合いながら食事をしている。

 もし、これが一人での食事ならどうなのだろうか? 寂しいって気持ちを味わえるんだろうか?

 俺が一人暮らしでも始めた時に、その答えはわかるのかもしれない。そして、それはそう遠くない未来に起こる出来事なのだ。

 十六歳である俺が、親と一緒に過ごす時間はそんなに長くはない。

 そんなことを考えだすと、今のこのなんでもない食事の時間が、大事に思えてくるから不思議だ。

 自然と、俺は母親の作ってくれた肉じゃがを、いつもよりしっかリと噛み締めていた。


「ごちそうさま」


 俺は珍しくごちそうさまを言って席を立つ。


「あら、めずらしい」

 

 母親は心なしか嬉しそうだった。こんな一言で喜んでくれるのなら、前から言っておけばよかったのかもしれない。

 

『違う!』


 ダイニングを出て自室に向かう廊下で、俺は首の筋がきしむほど大きく左右に振った。

 何を寂しがってる。何を親のありがたみを感じてる。そんなの俺のキャラじゃない。アンニュイな俺とか、気持ち悪いことこの上ない。

 もっと慇懃無礼で、傲慢なのが俺のはずだ。

 飯を食べさせてもらっていることに、何の感謝もせずに『ああ、魚より肉のほうが良かった』などと不満を述べるのが俺だ。

 俺は自分のイラつく気持ちを表現するかのように、わざと音が大きくなるように床を踏み鳴らして自室に戻った。

 わかっている、なぜこんな気持なっているのか、その原因も全部わかっている。

 部屋に戻った俺は、全てをシャットアウトするために、イヤホンを耳につけると、スマホの音楽アプリを起動させ、音量を最大まで上げた。耳をつんざくような大音量が、俺を取り巻くウザい空間を消し飛ばしてくれる。

 俺は全てを投げ出すように、ベットに勢い良く仰向けに倒れこむ。スプリングがきしんで、俺の身体は少し揺れた。

 傍にあった枕を手に取ると、キャッチボールよろしく天井に向けて投げつけた。天井すれすれで枕は反転して俺の手元に戻ってくる。そんな事を何度も繰り返していた。

 

『悩むのは俺には似合わない。それもあのゴリラのことで悩むなんてどうかしている。せめて恋の悩みっていうんなら……』


 俺の脳裏に可愛らしくウインクをして微笑むゴリラの姿が浮かんだ


「それはないわァァ!!」


 俺は手首のスナップを最大に効かせて、手に持った枕を天井めがけて投げつけていた。天井に衝突した枕は、鈍い音を立てて部屋を震わせた。

 はぁはぁ、何を一瞬でも血迷った想像をしてしまったんだ。おもわず、さっき食べた食事を一つ残らず吐いちまうところだった……。

 

 変な想像はさておき、良い機会だから俺と向日斑の出会いを思い返してみよう。

 俺とあいつが出会ったのは、二年になったばかり、今が五月の頭のだから……うん、大体一ヶ月前くらいだ。

 あれ? 一ヶ月前? まだ出会って一ヶ月? いや正確に言えばまだ一ヶ月すらなってないんじゃね? そういえば、俺とあいつはただ漫画を貸し合うだけの関係だったし、後はまぁたまに一緒に下校したりとか、休憩時間にそこそこ喋ったりとかくらいで、思い出になるようなことなんて一つもやった覚えがない。

 これって……もしかして、もしかすると、親友というよりも、普通の友達、ヘタすると知り合いレベルなんじゃあ~りませんか!?

 それなのに、俺ってば親友とか思っちゃってた……。

 向こうからすれば、ただのクラス変わってから席が近くて、漫画を貸してくれる奴ってだけの認識なのでは……。

 それなのに、それなのに、親友の俺をさておき他にあんな仲の良い友だちが居やがるなんて……。そんな事を思ってイライラしてしまっていた俺ってば……。

 恥ずかしさで体温が一気に上がっていくのを感じた。

 

「うわああああ」


 俺は布団に顔を突っ込んで、両足を死にかけの昆虫のようにバタバタさせながら叫んだ。もう叫んでうやむやにするしかなかった。

 いつの間にか、イヤホンは外れてしまっていて、俺の情けない叫び声だけが鼓膜に響いているのだった。

 

 五分位叫んだ後に、大きく深呼吸を三回して、俺はやっとのことで落ち着きを取り戻した。

 そうだ、向日斑は気のいいやつだ。どんな奴にでも気さくに話しかけてくれる。そう、俺はその『どんな奴』の一人に過ぎなかったのだ。それなのに、今まで友達がいなかった俺は、親友ができた親友ができたと、勝手に勘違いしていしまっていたのだ。なんと、間抜けなピエロだろう。

 あれだな、女に相手に全くされてなかった男が、ちょっと声をかけてもらっただけで、あいつ俺に気があるんじゃねえと、とか勘違いして、惚れてしまうのと同じような現象だな。

 きっと、明日も向日斑は俺に気さくに話しかけてくるだろう。今度から俺はそれを勘違しないで受け止めるようにしよう、そうしよう。

 こうして、俺は無事に今日の出来事を解決することが出来た。

 問題なんて最初から起こってすらいなかったのだ。

 これから、俺と向日斑は親友になるかもしれない、けれどそれはきっと先の話なのだ。

 俺は力無く笑っていた。理由はわからない。嬉しい気持ちなど全くなかったことだけはわかっている。

 まだ春だというのに、身体はじっとりと汗ばんでいた。

 風呂に入ろう。

 そう思ってベッドから立ち上がった時に、スマホがメールの着信音を鳴らした。

 メールの差出人は、冴草契さえぐさちぎりだった。

 

『今日はお疲れ様。 あの後、姫がバスの中でこれからの活動を頑張ろうーってので盛り上がっちゃって、めっちゃ恥ずかしかったよ……。それもこれも、あんたがあんな変な組織? をつくったからなんだからね! とは言え、姫は大喜びしてるわけで、複雑な気持ちだよホント……。また姫が電波テレパシーを送るときは、前もってメールで知らせるから、メールの確認は絶対に忘れないように!! 試しに今ちゃんとメール見てるか五秒以内に返事をすること!! 返事が遅かった場合は……わかってるよね?』


 五秒って……。メール打ち込む時間もないじゃないか!

 俺は急いでメールを返信しようと、焦って文章を打ち込んだ


『dhわい』


 メールの画面にはそんな文字が打ち込まれていたが、訂正している時間などありはしない。俺はそのまま意味不明なメールを返信した。

 そして、返事を待つこと二分。


『なにそれ? 意味分かんないんだけど? それに、十五秒はかかっているわけなんですけど? まぁ今回は許しておいてあげる。でもね、電波テレパシー嘘電波ウソパシーだって、バレないように、細かい情報はちゃんとメールでチェックするんだよ? 姫の悲しむ顔だけは絶対見たくないから……』


 おいおい、俺はちゃんと五秒でメールを返したぞ、五秒で届いていないのならば、それはドコ◯に文句を言ってくれ。それに、まだこいつ嘘電波ウソパシーとかいう恥ずかしい言葉使っているのかよ……。


嘘電波ウソパシーって言葉、気に入っちゃってるんですか?』

 

 とメールを打って返した。


『うっさい! ばーかばーか!』


 冴草契からの返事を見て、俺は一矢報いる事が出来て少し胸がすっとした。

 気分が良くなった所で、風呂に向かおうと立ち上がった所で、またしてもメールが届いた。


『あのさ、今日本屋で変な動きしてたでしょ? よくわかんないけど……大丈夫?』


 その冴草契からのメールは、驚くべき事に俺の心配してくれているようだった。

 あの女が俺を心配……。明日は雹でも降るんじゃないだろうか……。


『大丈夫。問題は解決した』


 簡潔に俺はメールを返した。この言葉に何ら嘘はない。


『そう、ならいいよ。じゃ、またね』


 メール保画面を見て、俺は今きっと少しにやけている。

 女の子に心配してもらうっていうのは、結構嬉しいものなんだなぁ……。

 おっと、もう勘違いなんてしないんだからね!

 勘違いも何も、あの空手女が俺を好きになることなんて、天地がひっくり返ってもありはしないだろうけれど……。

 

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