127 ハイパー向日斑始動!
人か魔か、それとも魔人か……。
いいや、これは人でも魔でも無く、欲望という一つの感情に全てを委ねたゴリラの果てにある究極の存在……。
俺が金剛院邸でみた、スーパー向日斑、それを今遥かに凌駕してる。
それを引き出したのは、ありえるはずのない二人の七桜璃の降臨。
すなわち、七桜璃と、花咲里のあられもない姿を同時目にした向日斑は、花咲里のはだけた着物の中にある裸体をトリガーとして、隠された力を覚醒させたのだ。
うむ、自分で言っておきながらさっぱり意味がわからないぜ……。
「オッパイ、お尻、ピーー、オッパイ、お尻、ピーー! ウホーーーー!」
限界を突破した向日斑に、羞恥心などというものは存在しない。放送禁止用語など、いとも容易く口にできてしまうのだ。
向日斑は、四足で背を仰け反らせて、狼のように月の向かって下品極まりない雄叫びを上げた。
「恐ろしい……。まるで男子高校生の欲望が具現化したような存在だ……」
俺は忍者を抱きしめたまま、目の前に起こっている恐ろしい状況を言葉にして述べた。
「そうなの? ねぇ、男子高校生ってこんな存在なの? 怖い、怖すぎるわ……」
イケメガとの戦い以降完全に空気な存在と化していた冴草契が、呆れると同時に恐怖に身を震わせていた。普通の男子高校生というものは、欲望を何枚ものフィルターで覆い隠しているものだ、それを全て解き放った姿を直視してしまったのだ、しかも向日斑の欲望は人のそれを遥かに上回っている。俺がもし女子ならば、余裕でおしっこを漏らす自信がある。
しかし、一番の戦慄を覚えていたのは、その欲望を向けられた矛先である、花咲里その人だった。
「な、なに……何あれ……。い、異能の力? そんなものじゃなくて、剥き出しの……感情? 欲望? 渇望? それが全部……ボクに、ボクに向けられて……」
花咲里の立っている地面に、キラキラと煌く滴が降り注がれていた。綺麗だった。その滴の正体がなんであるかわかっていたとしても、それは芸術的に美しかった。
花咲里の滴の甘く酸っぱい香りに肺を満たすと、ハイパー化した向日斑は、まるで地面を飛ぶように四本足のまま駈け出したのだ。
勿論、向かう先はそのかぐわしき芳香の源泉である、花咲里の身体である。
「ひ、ひぃぃぃ! く、来るな! ボクのところに来るな! この変態ッ! 化物ッ!」
花咲里な幾度と無く、振り上げた腕からサイコキネシスを向日斑目掛けて連続で放った。
それは目に見えぬ、衝撃波となって向日斑の突進を阻むはずだった……。
「ゴッホ、ゴホホホーッ!」
ハイパー向日斑に目に見えぬ力が衝突しては、何度なく大きく身体を揺らした。だが、それだけだ。それだけでしかなかった。ハイパー向日斑は、花咲里の異能の力を歯牙にもかける事無く、その進む足を僅かすら止め事はなかった。むしろ、音の速さを超えるほどに加速を続けていた。
「馬鹿な……。ボクの力を純粋な力で打ち消しているというの……。あ、あいつは原子力ででも動いているの!?」
体内に宿すのは原子炉などはない《エ炉》だ!
愛しの女の子に対する燃えるような恋心が原動力となって、《エ炉》をフル回転させた時に発生するエネルギーは、原子力など足元にも及びはしない!!
しかも、こいつは向日斑なんだぜ? そんじゃそこらの男子高校生の比であるわけがない!
男子高校生でありながら、ゴリラ。そして、七桜璃に対する愛の深さはマリアナ海溝より深く、白く澄んだ裸体に対する欲望エネルギーは太陽よりも熱い。
もはや弾丸機関車となったハイパー向日斑を止めるものは、この世には存在しないのだ。
「いや、いやぁぁ、いやよぉぉぉぉぉ!」
涙で顔を歪ませる花咲里の目の前に、今欲望の権化が舞い降りた。
「ウホ……ウホ……。ウホオオオオオオッ!」
ハイパー向日斑は、一度咆哮を上げると、太くたくましい腕を左右に大きく広げる。そして、その腕の中に華奢な花咲里の身体を全て包み込んでしまった。
「勝ったね……」
「ああ、そうだな……」
忍者は、俺の腕の中に抱きしめられたまま、少し悲しそうに勝利宣言をしてみせた。
忍者の作戦とは、自分自身が花咲里を倒すことではなく、花咲里の着物の帯を切り取り、裸体を露わにさせることによって、向日斑を暴走させることだったのだ。
その狙いは見事に的中。いかな異能の力を持つ花咲里とは言え、あのハイパー向日斑にはなすすべもなく、全身を蹂躙されるしかない有様だ。
しかし、いくら敵対しているとはいえ、実の姉弟。その姉があのように蹂躙されるさまを見て、気分の良いものであるはずがない。
だが、俺は違う!
忍者と寸分たがわぬ顔を持つ、花咲里が蹂躙される姿を見て、興奮しないわけがない! そりゃするさ! 今は忍者の手前、殊勝なふりをしているが、実のところ心臓はドックンドックン高鳴りっぱなしだ。
「あまりにも酷い勝利だな……」
「神住……。お前の一部分がボクの身体にあたっているんだけれど……。これはどういうことなのかな……。あと、今にも飛び出しそうなほどの心音がボクの耳に五月蝿いくらい響くんだけど、これもどういうことなのかな?」
「え? いや、あのその……なんでかなぁぁぁぁ!」
とぼけて誤魔化す俺の胸に、冷酷無比な忍者の肘打ちが炸裂する。
俺はその一撃に大きくよろけてしまうが、胸の中の忍者を離しはしなかった。
さて、こんなことをしている間にも、花咲里を襲うハイパー向日斑の行動はとどまることを知らなかった。
「いや、やめて……そ、そこは……あ、あっ……だ、ダメ……」
恐怖と快楽、その二つの入り混じった感情が、言葉として花咲里の口から漏れ出ていた。
「ウホ、ウホ、ウホ、ウホ、ウホホホ」
ハイパー向日斑は、まるで毛づくろいでもするかのように、花咲里の全身至る所を、ペロペロペロペロペロペロと舐めわまし続けていた……。すでに花咲里の身体は向日斑の唾液でベトベトになってしまっていた。それが、スポットライトに照らしだされて、まるでローションでも塗ってあるかのように艶めかしい肢体を曝け出していた。
「そ、そんなことろ……な、なめちゃ……イャァァァァ」
一体向日斑はどこを舐めているのか……知りたい! 今すぐ傍に駆け寄って事細かに観察したい! ただ、俺は今、深刻なダメージで動くことの出ない忍者を抱きしめている。そちらに向かうことは出来ないのだ。だって、忍者って凄く軽くて柔らかくて良い匂いがしてて……えへへへへっ。
「お、お兄ちゃん……。お兄ちゃんが女の人に……あんなことや、こんなことを……か、花梨……もう……ふにゃらぁぁ〜……」
兄である向日斑の、エロティックな行動を目にした花梨は、怒りに燃えるどころか、口からエクトプラズムを吐き出して、抜け殻のようになってその場に倒れこんでしまった。
うむ、いつも大人顔負けな発言をしていても、中学生の花梨にこの出来事は強烈過ぎたに違いない……。
「あ、あっ、あっ、あぁぁん。もう、もう、もう……」
花咲里の声色のトーンが、だんだんと上がっていく。
それに呼応するように、向日斑の舌使いが激しくなっていく。もうすでに、向日斑の舌が這いずりまわっていない箇所は花咲里の身体の中に存在しないほどだ。きっと、滴り落ちた滴すら、向日斑は舐めとってしまったに違いない。
時折、花咲里は身体をビクビクと痙攣するかのように仰け反らせては、嗚咽とも吐息ともつかない声を上げ続けていた。
そして、それは遂に……遂に、絶頂へと導かれたのだ。
「ら、らめぇぇぇぇぇっぇ!」
ひときわ大きく身体を仰け反らせて、花咲里はしぶきを撒き散らしながら、絶頂へと至ったのだ……。
その刹那、花咲里の身体が強烈な光をまとって輝き出した。その光は広がり続け、向日斑の身体をも包み込んだところで……爆発した。
絶頂に達した瞬間に、膨れ上がった花咲里の異能の力が暴発したのか?
俺と忍者、冴草契は、巻き上げられる土煙に目を覆った。花梨は魂が抜けて気絶したままだった。
「なるほど……。女の子って絶頂に達すると爆発するのか……」
「神住……。人の姉をなんだと思っているんだ……。というか、ぜ、絶頂とか言うんじゃない! 馬鹿!」
俺の腕の中で、頬を赤らめる忍者は、今すぐ頬ずりしてしまいたいほどに可愛かった。
とは言え、花咲里と向日斑の安否がどうなったのか、気がかりでないわけではない。俺は目を凝らして、爆心地を観察してみた。
そこには、まるでどこぞのヤム◯ャのようになって、横たわる向日斑の姿が……。そして、そのすぐ横で、はだけた着物を必死で直そうとする、涙目の花咲里の姿があった。
「ヒック、ヒック……ボ、ボク、汚されちゃったよ……。う、うわァァァアン」
まるで子供のように泣きじゃくる姿に、異能の力を持つ最強の御庭番衆の面影はすでに何処にもなかった。
兎にも角にも、どうやら花咲里は向日斑の魔の手から逃れることは出来たようだった。いくら敵とはいえ、これ以上のむごたらしい姿を見るのは流石に忍びなかったので、俺はホッと安堵の息をついた。
だが、そこで終わるほどハイパー向日斑の欲望は弱々しいものではなかったのだ……。
「う、ウホ……ウホウホウホ……ゴッホォォ!!」
倒れていた向日斑の目が、サーチライトのように光りだす。
ハイパー向日斑が再起動した証である。
「え? え? まだなの? まだボク……ペロペロされちゃうの……。いや、嫌だよぉぉォォ!」
花咲里は渾身の力を振り絞って空高く飛んだ!
そして、それを追いかけるように、ハイパー向日斑も四本の足で地面を蹴りつけて、空高く飛翔した。
「いやぁぁぁっ!」
「ウホォぉォォ!」
二人の声が、闇夜の静寂に消える頃……その姿も俺たちの視界から消えうせてしまっていたのだった。




