126 七桜璃と花咲里。
この花咲里の登場に一番過敏に反応したのは向日斑だった。
「な、七桜璃さんが……ふ、二人いる!?」
スポットライトに照らしだされた先に立つ、着物姿の七桜璃(本当は花咲里)と、夏用忍者装束を身にまとった忍者(七桜璃)。その二人を同時に見た向日斑は軽いパニックに陥っていた。
服装こそ違えども、顔立ち体型ともに、男女の性別差があるにもかかわらず、瓜二つと呼んで良いほどに、二人の外見は酷似していた。
「忍者姿の七桜璃さんに、着物姿の七桜璃さん……。コスプレ姿もとっても素敵だ……」
目をハートマークに輝かせ、向日斑は胸の前で腕を組んで、気持ち悪く身をクネクネとよじらせていた。
「どうしてあのゴリラまでここに来てるんだ……」
「いや、まぁいろいろあってな……」
ただでさえ疲労困憊状態の忍者は、ハートマーク目の向日斑を見て、ゲッソリと顔をやつれさせた。
「ウォォォ! 俺は、俺はどちらの七桜璃さんを抱きしめればいいんだァァァ!」
向日斑は、両腕を広げては存在しない忍者を抱きしめるパフォーマンスを繰り返していた。
ほんの少し前に、あの腕の中に抱きしめられていたかと思い返すと、額から嫌な汗がダラダラと流れ落ちた。
「何であのゴリラは、ボクを抱きしめることを前提で話してるんだ……」
「まぁ、あいつゴリラだから、人間の常識なんてもんは通用しないんだよ……。主食バナナだし……」
張り詰めたバトルシーンが、一匹の発情ゴリラによって、ギャグシーンへと変化していく。
「あらあら、七桜璃は面白いお友達がいっぱい居るのねぇ〜。お友達にご挨拶しておかないとかなぁ〜」
花咲里は左手を天高く掲げる。そして、その腕を真下に向けて振り下ろすと同時に、不可視の異能の力が向日斑の身体を襲った。
「な!?」
うめき声を上げた向日斑の巨体は、見えないダンプカーにでも跳ね飛ばされたように、ゴロゴロと地面の上を数メートル転がされてしまった。
だが、そこは元全国レベルの柔道部員。見事なまでの受け身で、身体に受けたダメージを分散させて最小限に抑えていた。
「な、なんなんだ今のは! あれか、新しいプレイなのか! 七桜璃さんそうなんですか! もしそうならば、俺は喜んでこの身体で受け止めますよォォォッ!!」
このゴリラ、すでに痛みがどうとかいうレベルを超越していた。
「お、面白すぎるお友達ね……。少しびっくりしちゃったわ……」
あの、いつでも上から目線で冷静を保っていた花咲里が、今はじめて狼狽をみせていた。まぁ、こんなド変態ゴリラをはじめて目にして、狼狽するなという方が無理というもんだけどな……。
「お兄ちゃんに、なんてことすんのよ! 許さないんだからね!」
兄を傷つけられ怒りに燃えるた花梨が、深く腰を落として構えを取る。この構えは、必殺の《ソニック・トルネード・ストライク》の構えだ。
花梨の拳から放たれた音速の衝撃波が、花咲里に向けては一直線に飛んでいく。
「ふん」
その衝撃波は、花梨と花咲里の中間地点で何かにぶつかった異音を発して消滅してしまった。
何が起きたのか?
花咲里の異能の力を知る、俺には予測がついていた。
花梨の《ソニック・トルネード・ストライク》と同じ力のベクトルをぶつけたのだ。それによって、花梨の攻撃は相殺されて、花咲里にはなんのダメージも与えられはしなかったのだ。
「どういうことなのさー! ってか、花梨の必殺技が、今回ずっと噛ませポジションなのはどういうことよぉー。ばかーっ!」
実際、今回花梨の必殺技は雑魚を倒す時にしか活躍しておらず、花梨は地面を蹴りつけて悔しがっていた。
「花梨ッッッ! 七桜璃さんに向かってなんてことをするんだ! お兄ちゃん許しませんよ!」
「え? ちょっと待ってよ、あいつお兄ちゃんを攻撃したんだよ?」
「攻撃? 何を言っているんだ花梨。あれは、お兄ちゃんへの愛だよ?」
「はぁ?」
「あれはな、七桜璃さんのお兄ちゃんに向けられた愛のパワー! 愛の奇跡の力なんだよ! そんなこともわからないのか!」
「え、あ、はい……。流石の花梨もそれはわからないかなぁ……」
お兄ちゃんラブの花梨であっても、今の向日斑の言動にはドン引きの様子だった。
「さぁ、七桜璃さん! この俺に、もっと、もっと、もっとぉぉぉぉ、愛のパワーをぶつけてくださいなぁぁ!」
向日斑は投げキッスとともに、愛のこもったボイスを花咲里に向けて飛ばした。
「ひぃ」
花咲里は目に見えない、投げキッスと声を慌てて回避した。
「お、面白いを通りすぎて、頭が痛くなってきたわ……。精神的にボクにダメージを与えるなんて、凄いゴリラね……」
花咲里は顎を引いてこめかみの辺りを押さえ込んでいた。もしかすると、これが初めて異能の力を持つ花咲里に与えたダメージなのかもしれない。
「そうか、馬鹿とゴリラは使いようだ……」
それまで、倒れたまま力の回復を待って状況を静観していた忍者の口から、意味のわからない言葉がこぼれ落ちた。
「は? 今なんて言った?」
「神住、ここにあのゴリラを連れてきたことに感謝するよ」
忍者は、ボロボロになった身体で、ふらつきながらもゆっくりと立ち上がった。俺は慌てて肩を貸そうとしたが、それを忍者は拒否した。
「おい! 無理するなよ! お前もうボロボロじゃないかよ……」
もともとノースリーブでショートパンツの形態をとった夏用忍者装束である。もとより露出部分と引き換えに防御力を損なっているという、戦いにはまるで向かない格好である。それが、花咲里の攻撃を受けて、いたるところが破けてしまい、あわやあんなところやこんなところが、こんにちはしてしまいそうなレベルなのである。このまま戦ってしまっては……またあの象さん事件の二の舞いにならないとも限らない。しかも、今ここには発情ゴリラ事、向日斑がいるのだ。前門の花咲里、後門の向日斑。忍者にとっては、最悪の状況のはずだ。
それなのに、今忍者は……笑っていた。
「見えたよ、勝機が……。任せておけ、ボクは必ず勝利するから……」
こんな状態の忍者に必勝の策があるのか? それとも俺の知らない秘めたる力が、忍者には隠されているのか?
身体を真っ直ぐに引き起こし、背筋をピンと伸ばした忍者は、まだおぼつかない足取りで花咲里の真正面に立ちはだかった。
「行くよ! 姐さん!」
「あら、止めを刺される覚悟ができたのかな? いいよ、おいで。ボクが優しく止めを刺してあげるから」
飾りの言葉を聞き終える前に、忍者は強く地面を蹴りこんで、空高く舞い上がった。
花咲里もそれに合わせるように、異能の力を用いて天に向かって垂直に飛び上がる。
「分身、五つ身!!」
忍者の身体が、まるで壊れかけたテレビのようにぶれて見える。これは、前にファミレスの駐車場での戦いで見せた、忍者の奥義《分身の術》だ。
五つ別れた忍者は、四方八方から一斉に花咲里に向かって襲いかかる。
「それだけなの? がっかりだわ……」
忍者の分身の一つが、花咲里に触れることなくサイコキネシスによってかき消された。続いて、もう一つ、さらに一つ……。まるで虫でも潰すかのように、他愛なく忍者の分身はかき消されていく。
「これで終わりね」
最後の五人目の分身が、花咲里のサイコキネシスによって弾き飛ばされた……。だが、そこで終わりではなかった。
「え?」
五人目の分身の背後に、もう一人身を潜めていたのだ。つまり、忍者は《分身五つ身》と言いながら、実のところは《分身六つ身》を繰り出していたのだ。
全て倒しきったと思い込んだ花咲里に、一瞬の油断が生まれた。
そして、その間隙をついて忍者のクナイの一撃が……。届きはしなかった。その一撃は、花咲里の着物の一部分をかすめただけで、惜しくもダメージを与えるまでには至らなかったのだ。
「残念だったわね。でもこれで終わりよ」
最後の分身に、情け容赦のない花咲里のサイコキネシスがぶつけられる。
だが、それを食らう瞬間、忍者はなぜか笑っていた。
逃げ場のない空中でサイコキネシスをぶつけられ、地面へと叩きつけられようとしているのに、忍者は笑っていたのだ。勝利を確信したかのように……。
はてさて、このような一連の高速の戦いを、凡人であるこの俺、神住久遠が事細かく開設できていたかというと、それは忍者への愛ゆえと言っておこう。攻撃を受けるごとに、あらわになる柔肌……。飛び散る汗の滴……。そんな素敵なシーンを一瞬足りとも見逃すわけが無いのだ!! その時、俺の動体視力はどのスポーツマンや格闘家も敵わないほどの力を発揮するのだった。
俺は慌てて、落ちてくる忍者の身体をキャッチしようと走りだした。
「ウォォォォッ!」
スライディングで滑りこみを決めて、俺は忍者の身体を受け止めることに成功した。
ああ、なんて軽いんだ忍者の身体は……。そして、汗まみれホコリまみれだというのに、どうしてこんなに良い香りがするのか……。クンカクンカしてしまいそうになるではないか……。
しかしだ、ここで俺は一つおかしいことに気がついた。
普通ならばだ、ここで欲望の塊になった向日斑が怒涛のごとく、忍者を受け止めようとやってきてしかるべきではないのだろうか? なのに、駆け寄る素振りすら見受けられないのはなぜだろうか?
その答えはすぐに出た……。
「いやん……ちょっと、これ……着物の帯が……」
忍者に止めを刺し終えた花咲里が意気揚々と地面に着地した瞬間、なんと着物の帯が切れて、真っ白な肌がスポットライトの下にさらされてしまっているではないか!
そう、向日斑の思考と視線の全ては、そちらに注がれてしまっていたのだ。
スポットライトに照らされた花咲里は、着崩れた着物から忍者よりの少しだけ膨らんでいるオッパイ様と、その先端のピンクの蕾が……。そして下半身はツルリンとした◯◯◯が……丸出し状態になってしまっていたのだ!!
そして俺は見た……。
月まで覆い隠しそうなほどの、黄金のオーラを纏い。
「ウホ、ウホォォォォォォォォォォォォッ!!」
と、雄叫びを上げる金色のゴリラ、向日斑の姿を……。




