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124 誰だってオッパイは見たい!



 この時点で、俺たちはすでに後手に回っていた。

 イケメガを視認できたということは、すでに奴の催眠効果にかけられてしまうということだ。


「みんな、奴の目を見るな! 目を閉じるんだ1」


 イケメガの催眠効果を身をもって理解している冴草契と俺は、すぐさま目を閉じた。何を思ったか、向日斑は、目だけのみならず、耳と鼻も塞いでいた。それって窒息して死ぬじゃねえかよ……。

 イケメガとの距離は約二十メートル、近距離であるならば、目を閉じて攻撃しても命中させることが出来るかもしれないが、これだけの間合いでは闇雲に攻撃を放っても当たりはしない。


「ふん。わたしならねぇ、この距離からだって攻撃が届いちゃうんだよーっ!」


 目を閉じた暗闇の中で、花梨かりんの声が響き渡る。

 そうか、花梨には遠距離から衝撃波を叩き込む《ソニック・トルネード・ストライク》がある。

 イケメガとの距離は、約二十メートルほど……。この距離ならば奴の催眠効果は届かないかもしれない。だがしかし、花梨の《ソニック・トルネード・ストライク》にとっては、十分効果範囲内だ。

 花梨が拳を弓の弦のように引き絞るのが、肌を伝わる感覚的に察知することが出来た。

 

「かわいいお嬢さん、暴力は良くないですよ?」


 いけ好かないイケメガの、甘くとろけるような声が耳に届く。

 それと同時に、張り詰めた空気が、ゆるやかに弛緩していく。


「まさか……」


 俺の予感は的中していた。

 

「そ、そうだよね……。ぼ、暴力は駄目だよね、うん、そうだよー」


 イケメガの眼鏡から発せられる催眠効果は、二十メートル先の花梨にも届いてしまっていたのだ。

 

「まぁ、距離が遠ければ遠いほどに効果は弱まるんですけどね。それでも、動きを躊躇させるくらいなら、お手のものですよ」


 見ることは出来ないが、イケメガの奴が鼻持ちならない顔で得意気に語っている姿が、容易に想像できた。

 

「さて、可愛いお嬢さん。花梨さんって言いましたね。知ってますよ。ボクはすでに情報を集めていますからね。中学生離れしたナイスバディに、見るもの全てを魅了するプリティフェイス。この世の美を集めたと言っても過言ではない」


「えへへへ、そこまで言われちゃうと、花梨照れちゃうじゃんかよー」


「その、美しいスタイルを、この月光の下にさらしていただきましょうか」


「な! 何言ってんだお前!」


「いいよー! 眼鏡さんがそう言うなら、花梨大サービスして脱いじゃうよ〜」


 催眠効果が上がっている。花梨が自らアイツに近づいてしまっているのか、それともイケメガがこちらに歩み寄ってきているのか、どちらかが行われているはずだ。

 しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。


「なんなのこの糞メガネ! ただのエロ眼鏡じゃないの! ぶっ飛ばしてる! ぶっ飛ばしてやる! 眼鏡のみならず、その本体も粉々にしてやる!!」


 俺の身体の左半身が焼けつくように熱い。それは冴草契から放たれる怒りの闘気によるものだった。冴草契が奥歯を噛みしめる音が、俺の耳にも届いていた。

 俺だって思いは同じだ。

 いや、少し違っている……。


 ――俺だって見たい!! 俺だって、花梨のたわわなオッパイを見たいのだ! プリっとした形の良いお尻も見たいのだ! それなのに、アイツはアイツはアイツはアイツは、あのイケメガ野郎は! それを独り占めしようと言うのだ! 許せるはずがない、天が許そうと神が許そうと、この俺が許さないッッッッッッ!!


 俺の耳に、衣擦れのする音が聞こえてくる。

 これは、これはこれはこれはこれはァァァァっ、花梨がシャツを脱いでいる音に違いないっッッッ!

 ああ、俺の心の目には見える。シャツを脱ぐときに、おっきなおっきなオッパイさんがシャツに引っかかって中々脱げない様が……。そして、俺の心の耳には、シャツを脱ぎ切った時に、上下に揺れながらたゆんたゆんとオッパイが効果音を発するのが聞こえる!!

 しかし、心の目でなく、実際の目にその姿を焼き付けたい! だが、目を開けてしまえば、俺はすぐさまイケメガの術中に落ちることだろう……。そこまで計算して、花梨を脱がすとは……なんという策士、なんという知将!!

 俺の瞼は少しずつ少しずつ、開こうとしていた……。


「まさか、アンタ裸が見たいために目を開けようっていうんじゃないでしょうね!」


「ギクッ」


「ギクッと言葉で言う奴初めて見たわ……。本当にアンタゴミ屑以下野郎ね!」


 そうだ、落ち着け、落ち着くんだ俺! 

 俺はセレスのため、ダンボールちゃんのため、その復讐のためにここにやってきたのだ。それなのに、花梨のオッパイ見たさに目を開けようなどと、なんて愚かなことをしようとしていたのだ。

 俺は開きそうになっていた瞼を、力いっぱい閉じた。


「ふぅ、じゃスカートも脱いじゃおーっと」


 ――何だっとォォォォッ!


 とすれば、花梨はすでに下着姿にトランスフォームしているということになる。そうだ、匂いだ! 目で見えなくとも匂いをスメルを嗅ぐのだ! 

 ああ、わかるぞ、見えるぞ、見えていないけれど、匂いからわかる。俺にも下着姿の花梨の匂いがわかるぞ! 

 まるで3Dグラフィックを構築するように、俺の脳内にはあられもない下着姿の花梨の映像が完成していた。

 その時、俺の身体の中に脈々と流れる、男子高校生のDNAが覚醒しだした。そう、これは太古の昔から男子高校生に与えられた衝動なのだ、止めることなど出来るはずもないのだ!

 


 どれだけ罵倒されようとも、見たいものは見たいのだ! これは男の子のDNAに太古の昔から記された衝動なのだ。抗うことなどできようはずもない!!

 えぇい、俺はもう限界だ。目を目を開けるぞ!


「も、もう限界だァァァァ!」


 野太い獣のような声が響いた。

 その声の主は、欲望という名の怪物が限界に達しようとしていた俺の近くで、別の限界に達しようとしていたゴリラだった。

 そう向日斑だ。

 何を勘違いしたのか、目を閉じるだけでなく、耳を塞ぎ、更に呼吸まで止めていた向日斑は。体内の酸素を全て使い果たし、遂に限界に達してしまっていたのだ。

 向日斑は大きく息を吐き出して、新しい空気を肺に取り込もうとして、深呼吸をした。


「えへへ、それじゃ次はブラジャーとっちゃうからねー」


 その言葉に俺の聴覚は過敏に反応した。

 もう、目を閉じている場合じゃねえ!

 だが、その言葉に過敏に反応したのは俺だけではなかった。


「花梨! お前何を言っているんだァァァァァ!」


 向日斑の絶叫が、まるでバズーカ砲の轟音のように轟いて周囲の大気を震わさせた。

 どうやら、向日斑は息を吸うのと同時に、手で塞いでいた耳を開け放ったらしい。

 そこに飛び込んできた声は、自分の妹がブラジャーを脱ごうとしてい声。

 そんな状況下で、妹思いの向日斑が目を閉じたまま黙っているはずがない。そう、向日斑は目を開けてしまったのだ。それを確認できている俺も、目を開けてしまっていた。

 一人は妹を守るためと言う正義感のために、一人は純粋に下着姿を見たいと言う欲望のために……。

 俺は見た。見てしまった。

 きめ細やかな肌を、半分くらいブラジャーに収まりきれていない今にも飛び出してきそうな豊満なオッパイを、純白の下着に覆われたツンとした魅惑のヒップを……。ああ、神よ。この眼福を味わせてくれたことに感謝いたします……。

 だがそれは一瞬だった。


「花梨のあられもない姿を、誰に見せてなるものか!」


「お、お兄ちゃん……」


 向日斑は自分自身の巨体を持ってして、花梨の身体を覆い尽くした。

 そして、自分の上着を脱ぐと花梨の身体にかけてやった。


「許さん、許さんぞ! その眼鏡男! 妹を、花梨を弾かしめた報いを受けてもらうぞ!」


「そ、そうだぞ!」


 調子よく俺も言葉を合わせておいた。本心では、もう少し花梨の下着姿を堪能しておきたかったが、それは心奥に鍵をかけてしまっておくことにした。

 

「はい、そうやって二人共ボクを見てしまったね。それがどういうことかわかるよね?」


「それがどうだというのだ!」


「こうだというのさ。さぁ二人は性別の垣根を超えて愛し合うんだよ! ほら、ちょうどゴリラくんは上着を脱ぎ捨てて上半身裸じゃないか。さぁ神住くん、その胸の中に飛び込んでいくが良い」


「ば、馬鹿か! 何で俺が、このゴリラの胸の中になんて……あれ、なんだ、凄く飛び込んでいきたい。すべてをこのゴリラに委ねてしまいたい……」


 駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。俺の心が支配されつつある。イケメガの言葉が、すんなりと心の奥に侵入しては、大事な大事な部分をコントロールしてしまっている。このままでは、俺は向日斑の胸の中に身を委ねてしまう……駄目だ!

 

「さぁ、ゴリラくんも、親友の神住くんを強く抱きしめて、そして熱いキスをするんだ」


「そうだ。俺は愛する神住を抱きしめてキスをしなければならない……」


 向日斑はまるで意識を失った人形のように、言葉を繰り返した。

 そして向かい合う二人。

 俺の前には、愛するゴリラ、向日斑がいる。

 俺の目には、愛するゴリラ、向日斑が映っている。

 二人は暑く萌える愛の炎を携えた瞳で、お互いを見つめ合うと……。そのまま距離近づけていく。そして、俺は向日斑の分厚く毛深い胸板に向かってジャンプした。それを向日斑は優しく抱きしめてくれた。

 ああ、なんて満たされているんだ。

 この太い腕の中で、たくましい胸板の中で抱きしめられて、俺はまるで母の胸に抱かれているような安心感を感じてしまっている。

 どうして、俺は今までこんな素敵なゴリラが身近にいた事に気が付かなかったのだろうか……。

 

「神住……」


 俺を見つめる向日斑の瞳の奥には、燃え盛える炎が宿っていた。

 

「向日斑……」


 熱い瞳に灯った炎は、唇に宿っていき、二人は唇を……。

 

「もし目を開けていい状態でも、絶対目を開けたくないわ……。わたしそれ見たら吐く自身あるもん……」


 冴草契がなにか失礼なことを言っていたが、愛する二人にはそんな言葉は耳に入らない。

 

「いやぁ、素晴らしい、素晴らしい愛の形だよ。これは映像に残してネット配信すべきだ。うんうん、アクセス数ミリオン間違い無しだよ」


 イケメガが満面の笑みを浮かべながら、俺と向日斑の側までやってきて祝福の言葉を述べた。なんだ、このイケメガ良い奴じゃないか。俺と向日斑の愛をこんなにも喜んでくれるなんて……。

 だが、それを良しと思わぬ存在がいた。


「な、な、な、な、な、な、な、何やってんおぉ!!」


 下着姿の花梨が、戦乙女バルキリーの如き咆哮を上げた。

 

「お兄ちゃんにキスしていいのは、わたしだけなんだからねぇぇキーック!!」


 炎を纏った花梨の強烈無比な蹴りが、今まさに繋がらんとする俺と向日斑の唇と身体を引き離した。

 もんどり打って地面に倒れ込む俺と向日斑。

 そして……。


「あ、危ない。このボクともあろうものが、状況を楽しむあまりあの小娘のことを忘れてしまっていた……。しかし、すぐさま三人をコントロールすることなど朝飯前……」


 イケメガは、蹴りの威力の余波を食らってよろけそうになった身体を立て直した。


「あら、三人はできても、四人はどうかしらね」


「な、何!?」


「ここまで近づいてきてくれれば、目を閉じていても声で大体の場所はわかるわ」


 冴草契だ。冴草契は、今の隙をついて、イケメガの側まで目を閉じた状態で間合いを詰めていたのだ。


「まさか……。あまりにも影が薄くて、お前の存在を忘れてしまっていた……」


「あらそう、影が薄くて悪かったわねぇぇ!」


 目を閉じたままの冴草契は、渾身の正拳突きを繰り出す。それはイケメガの土手っ腹に見事に炸裂した。


「ヒギィィィィ」


 女子のような悲鳴を上げて、イケメガの身体はくの字に曲がった。それと同時に、装着されていた眼鏡が地面に叩きつけられる。


「さぁて、お仕置きはこれからだからね。楽しみにしててね」


「ひ、ひぃぃぃ」


 冴草契は、今までに見たことのないほどの笑顔を、イケメガに向けたのだった。


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