122 最強パーティー結成!
俺が地面に膝をついてうずくまってから、どれくらいの時間が立ったのだろうか?
時計を目にしなければ、時間の流れを知覚することが出来ないくらい、俺の感覚は麻痺してしまっている。
俺のすぐ横には、ずっと同じ姿勢で立ち尽くしている少女が一人。そう、冴草契だ。
まるで壊れてしまった機械仕掛けの人形のように、同じポーズで固まったまま微動だにしていない。そう、壊れてしまったのだ、身体ではなく心が……。
その横には、無残に切り裂かれたダンボールが、ゴミクズのように転がっている。
心の奥底で沸き立つ気持ち、これが何であるのか、すぐさまわかった。
《怒り》
俺は今怒っている。
俺を支えてくれたダンボールちゃんを破り捨て、冴草契の心を怪我し、金剛院セレスの気持ちを踏みにじったその存在に……。
ことの現況は、きっと俺だ。
冷静に判断すれば、イケメガの策略は簡単に理解できるものなのだ。
冴草契を餌に俺をおびき出す、そして観念したふりをして、予定の場所まで誘導すると、そこで事に至る。
そう、目的は俺とセレスの仲を引き裂くこと。
そして、それを目的としている人物は一人、蛇紋神羅。
その命令を受けて動く手下であるとするならば、あのイケメガは御庭番衆とかの一人に違いない。
数日の猶予をやろう、等と言っていた蛇紋神羅だったが、実のところ俺は猶予など与えられてはいなかったのだ。
過ぎたことを悔やむ時間はない。
だとするならば、俺が今すべきことはなんだ?
セレスを見つけ出して、理由を説明することか? 冴草契の精神を安定させることか? きっと、その2つの選択肢が正解であるに違いない。なのに、俺のはじき出した答えは違っていた。
『あのイケメガと蛇紋神羅をぶっ飛ばしてやる……』
その行動が、何ら有益なことに繋がらないのは百も承知だった。それでも、わかっていても、俺の心の中に芽生えた衝動は止めることが出来ないのだ。
セレスは泣いていた。
冴草契も泣いていた。
ダンボールちゃんだって、涙をながすことが出来たならば泣いていたに違いない。
女を泣かすやつを、俺の仲間を泣かすやつを許していいはずがない……。
まるで、涙が空から落ちてきたかのように、曇った空から小粒の雨が降り注いでは、俺の身体に振りかかる。
今まで立ちすくんだままの状態だつた冴草契が、雨粒を受け止めるように手のひらを差し出す。そして、ふぅ〜と音を立てながら、ゆっくりと息を吐いた。
息を吐ききった冴草契は、足元に小石を一つ掴むと、俺の方に向かって投げつけた。小石は俺の胸元に命中して地面に落ちた。
「ねぇ、アンタ知ってるんでしょ、どうしてこうなったのか……。ねぇ説明してよ……」
かろうじて聞き取れるほどの、力のないかすれた声だった。
俺は説明すべきかどうか悩んだ。説明したところでなんになるというのか。起こってしまった現実は代わりはしないのだ。それでも、冴草契が少しでもすっきりすることが出来るのならば……。
俺は憶測を踏まえて、何故こんなことになったのかを説明した。
「なるほどね、全部アンタとセレスのとばっちりをわたしが食らったってわけなのね。いい迷惑にもホドがあるよね。まさか、わたしとアンタが……」
「謝る。どうやって謝っていいのかワカラナイけど、それでも謝る」
「アンタに謝ってもらっても、なんもならないからいいよ。それに、神住だって被害者の一人なわけだしさ……」
「でも……」
「でもじゃない! わたしたちのやることは、決まってるでしょ? ねぇ?」
「ああ、決まってる」
「なら、行くしか無いよね?」
「ああ、行くしか無い」
「そんで……」
『『ぶっ飛ばす!!』』
俺と冴草契の声と心が、気持ち良いほどにシンクロした瞬間だった。
冴草契の顔にもう涙はない。
あったとしても、雨粒と紛れてしまってもうそれは涙だとは判別できない。
俺と冴草契が力強い一歩を踏み出そうとした時。
「僕もその話に混ぜてもらうよ」
公園の一本の木が揺らいた。その木に視線を向ける間もなく、俺達の前に忍者が姿を現した。
「悪いけど、話は全部聞かせてもらったよ。まさか、こんな手に出てくるなんて、予想もしていなかったよ……。ボクがもっとしっかりしていればこんな事には……」
忍者は自分の不手際を嘆いた。
だが、誰が忍者を責められようか。忍者はセレスの護衛をしていただけで、俺と冴草契の動向を見守ってなどいないのだ。さらに、こんな搦手のような手段に相手が出るなんて、普通予想がつくわけもない。
「でも、今からならボクは力を貸すことができる。ボクのお嬢様にそんな悲しみを味あわせたやつを許しておくわけには行かないんだ。それに……決着をつけなければならない相手がその屋敷には居るのだから……」
その言葉が、忍者の姉である『花咲里』を指していることはすぐに解った。
「だから、ボクも行く」
決意の篭った、誰にも否定を許さない言葉だった。
いや、否定などするものか、俺は快く忍者の気持ちと言葉を受け止めた。これほどまでに、心強い仲間がいるだろうか!
「ボクが先行して突破口を開く、だから単独行動をさせてもらうよ。じゃ、蛇紋邸で会おう」
忍者それだけ言うと、霞のように姿を消した。
「そんじゃ、行きますか。運の良いことに、蛇紋の奴は糞金持ちの有名人だ、家を調べることなんて造作も無いしな」
「そうね。一分一秒足りとも、そいつらの顔が原型を保っていることが許せないしね」
俺と冴草契は歩幅を合わせるように、同じタイミングで一歩目を踏み出した。
「おっとっと、何処に行くんだ?」
「やっほー! 久遠と、空手のおねーさん!」
公園の出口で、俺と冴草契を待ち構えていたのは、向日斑とその妹だった。
向日斑と花梨は、傘を指してずぶ濡れのこちらを心配そうに見つめていた。
関係のないこの二人を巻き込む訳にはいかない。
「いや、まぁちょっとお散歩にな」
「雨の中、傘もささずにお散歩か? それも、そんな思いつめた表情をして」
「え? あれ? 俺そんな顔してたか? おっかしいなー。なんか顔の筋肉引きつっちゃったのかなぁー。あーはっはっはっは」
俺は慌てて、笑いながら頬の筋肉をマッサージしてみせる。
「空手のおねーさんも、切羽詰まった顔しちゃってるよー。花梨には到底かなわないとしても、美人さんなんだから、もっと笑顔じゃなくちゃさー」
「そ、そんな顔なんてしてないから! 気、気のせいなんだからね!」
冴草契は、テンプレツンデレ台詞を言いながら慌てて顔を背けた。
「あれだな、花梨」
「うん、お兄ちゃん」
向日斑兄妹は、示し合わしたかのように、顔を見合わせると……。
『『二人揃って嘘が下手』』
向日斑と花梨の声が綺麗にハモった。
心の中を、この兄妹に完全に見透かされているような気がした。
「あのな、神住。そんな顔して歩いている奴を見て、この俺が放って置けると思ってるのか? そんな男だと、そんなゴリラだと俺を思っているのか?」
「……」
「花梨はね、お兄ちゃんが放って置けない相手を、放って置いたりなんかしないんだよ。仲良し兄妹だからねー。さらに美少女だしねー」
「……」
「理由もいらない、言葉もいらない。ただ、俺はお前を助ける。力になる。お前が嫌だと拒絶しても、絶対にだ! それが俺、向日斑文鷹って男だからな。ウホウホ!!」
向日斑は両腕で胸をドラム用に叩きつける。
「はーい! そして、その妹、向日斑花梨って美少女だからねー」
花梨はクルリとモデルの様に華麗にターンを決めると、頬に指を当てて可愛らしく微笑んだ。
「お前ら……」
思わず涙が無条件で溢れてきそうだった。
友達、友達って本当に良いもんなんだなと、この時実感した。
「どうなっても知らないからな」
「人生なんてそんなもんだろ?」
向日斑は達観したような台詞を、こともなさ気に返してみせた。
こうして、俺たちは五人PTになったのだ。
怪力無双のゴリラこと向日斑。
空手バカ一代女こと冴草契。
天才的格闘技センスを持つ超絶美少女こと花梨。
ショタっ子ゴスロリ女装執事こと忍者。
そして、この俺、取り柄が特に無いただの中二病男こと神住久遠。
俺を除けば、戦力的には十分なPTだ!
「そうだな、お前を忘れちゃいけないよな……」
俺は雨に濡れてグショグショになっているダンボールちゃんの破片を手に取った。
物言わずとも『わたしも連れて行って……』と訴えかけている声が聞こえたからだ。
「お? 雨が止んだぞ」
向日斑の言葉に、俺たちは一斉に空を見上げた。
先程まで空を覆っていた雨雲は晴れ、そこからは星の明かりが煌めいていた。
「見ていろ、イケメガ。見ていろ、蛇紋神羅。俺達の力を見せつけてやるぜ!」
俺はダンボールちゃんの破片を手に握りしめて、星に向かって叫ぶのだった。




