12 友達の友達は赤の他人。
秘密結社FNP結成式と称して、俺達は歓談をはじめた。
これから何をやっていくのだの。
メンバーを増やしていきたいだの。
エンブレムとか作ったほうがいいかだの。
秘密組織なんだから秘密基地がほしいだの。
それらの提案は、すべて桜木姫華から出されたのは言うまでもない。
俺と冴草契は、それをなだめるのに四苦八苦させられた。
「いや、秘密結社だから、その名の通り秘密の結社なわけだ。だから、活動も秘密裏に行わなければならない。な? 冴草さんもそう思うよな?」
「神住、良いこと言った。そうそう、秘密、秘密にしていかないと。みんなに知られたら一大事,一大事」
桜木姫華の暴走を止めるという目的に、俺と冴草契は協力体制に入っていた。このまま変な宗教団体みたいに勧誘活動などされたらたまったもんではない。
「えー。そうなんですかぁ……」
桜木姫華は不満そうに、紅茶をスプーンでグルグルと洗濯機のようにかき混ぜていた。渦巻く紅茶のカップの中は、桜木姫華の心情を表しているのだろうか。
「まぁ、焦ることはないさ。って、これ学校のクラブとかそういうんじゃないよね?」
「当たり前でしょ? 私たちは隣り合っているとはいえ、違う学校なんだし。こんな意味不明で怪しげな……こほん、素敵な活動を認めてくれるわけ無いでしょ?」
危うく本音を漏らしそうになった冴草契は、すんでの所で取り繕うことに成功した。
「はーい、学校とか気にしないで、集まればいいと思いますー。細かいことは気にしちゃ駄目です」
『はい、気にしません』
桜木姫華ののほほんとした提案を、俺と冴草契は即座に受け止めてしまう。
うむむ、この子、何気に人を扇動できるカリスマ性を秘めているのではないだろうか? この一見子供のような顔立ちの奥に、何かが潜んでいるのだろうか? それとも天然?
俺がそんな詮索をしているうちに、第一次秘密結社NFP会議は終了した。
結局のところ、これからの活動については何一つ決まることはなく、一旦保留ということになった。
ここで正直な気持ちを一つ言おう。
俺は嫌々この組織に入ったような素振りを見せていたが、内心ワクワクが止まらないでいたのだ。誰だって、高校で怪しげなクラブ活動をエンジョイするなんて妄想の一つや二つはしたことはあるはずだ。S◯S団しかり、隣◯部しかり。その部活を始めると不思議な出来事と遭遇していき、その中にはラブとか恋とか愛とかもあったりとかするんだ。俺だって、秘めていた謎の力に目覚めるかもしれない。
現実という世知辛い世界を生きていると、そんなものに逃避したくなるのは必然。
実際に、そんな非常識な出来事が起きなかったとしても、今夜はその妄想だけでお腹いっぱいにはなるだろう……。
だから、俺はこの二人、特に桜木姫華には感謝すべきなのだ。
『ありがとう』
俺は心の中で桜木姫華にそんな言葉を送った。
「ん? 神住さんなにか言いましたか?」
「うんにゃ、何も言ってないよ」
俺の電波が、桜木姫華に届いたのか。
きっと、そんな事はありはしない。
俺の顔が何かを語っていたんだろう。目は口ほどにものを言い、顔は心を映し出す。
会計を済ませた俺たちはファミレスを後にした。
今回はトイレにに連れ込まれることはなかった。勿論、パンチも飛んではこなかった。良かったー。
自転車置き場から自転車を取ってきた俺は、別れの挨拶を交わした。
こうして、俺は自転車で、二人はバスで帰路につくはず……だったのだが。
「んじゃ、俺本屋寄って帰るわ」
この俺の一言がいけなかった。
「あ、わたしも探してる参考書があるんです。良かったら、一緒に行ってもいいですか?」
桜木姫華がこう答えれば、おのずと冴草契もついてくるわけで……。
こうして、俺達は三人連れ立って本屋に向かうことになってしまったのだ。
まぁ、本屋は自転車で五分ほど、歩いても十五分とかからない位置にある。それは別に問題ない。問題なんて俺の気持ち以外にはなにもないのだ。
女の子二人を引き連れて、馴染みの本屋に向かうなど、ちょっとしたイベントではないか。まぁ、それをいってしまえば、さっきのファミレスだって一大イベントだったわけだが。
二人が前を歩き、二メートルほどの距離をとって、自転車を引く俺が追尾する。フォーメーションはそんな感じだ。もし、前方から敵が攻めてきたら、戦士である冴草契が攻撃をおこない、桜木姫華が支援魔法を、そして時間を稼いでもらっている間に、後方の俺が大魔法の詠唱を終えて……バッチリだな。
そんな妄想をしている間に、本屋についてしまった。
本屋に入るやいなや、桜木姫華は参考書の置かれているコーナーに小走りで向かっていった。
『転けるなよ』
と、俺は心で呟いた。
それにつき従うように、冴草契が後を追う。
まるで姫とそれを守る屈強な従者のようだ。
「さてと……」
俺は参考書コーナーに向かいはしない。ってか、なんであんなところに行くんだ……。まぁもう少し受験が近づけば嫌でもいかなければいけなくなるんだろうけど、今はまだ二年生になって間もないのだ。そこまで考えなくてもいいだろう。そこが、進学コースと特別進学コースの差なのかもしれないけれど。
俺はいつもの様に、漫画の新刊コーナーに目を通す。その後にラノベの新刊コーナーへ向かう。これがいつもの巡回コースだ。ああ、あと漫画雑誌も立ち読みしたりする。
俺は二人と完全に別行動をとった。三人揃って参考書を見ても、きっと意味なんて無いだろう。
平積みにされている新刊漫画を一冊手に取る。ああ、なんで全部ビニールかかってるかなぁ……。立ち読み様に一冊くらいはビニールを外しておいてもらいたいもんだ。内容も知らないで表紙買いなんて、貧乏な俺には到底出来ないぞ。
そんなことをブツブツ言いながら、適当に本を物色していると、参考書コーナーから冴草契が歩いてくるのが目についた。
どうやら、奴も参考書とは縁のないタイプのようだ。歩いた先が向かうのは、少女漫画雑誌コーナーだ。
まぁあいつも俺と同じ進学コースだからな、そこまで受験に必死ではないんだろう。
しかし、何の雑誌を読んでいるんだろうか……。
興味がわいた俺は、忍び足で冴草契の背後に回りこむ。どうやら熟読しているようで、俺には気がついていないようだ。この女なら、気配だけで察知してきそうなものなのに。
どれどれ、っと、俺は後ろから息を殺して冴草契が何の雑誌を読んでいるのかこっそりと覗きこむ。
そこには背後にお花畑を背負いながら、愛の告白をする男女の姿が描かれていた。今時珍しいコテコテの恋愛少女漫画だった。
『に、似合わねぇ……』
思わず声に出してしまいそうだった。
そんな俺に全く気がついていない冴草契は、熱心に漫画を読みふけっている。ページをめくる度に、そのシーンに合わせて一喜一憂して、冴草契は表情を百面相のように変化させていた。
『なんだこいつ、可愛いじゃねえか……』
ラブロマンスの少女漫画雑誌を、立ち読みでここまで感情移入して読める奴はそうはいない。悲しい別れのシーンが来たら、こいつ人前で泣くんじゃないだろうか。
「こういうの好きなのか?」
「うわああああああああ」
俺の顔を見るやいなや、一瞬で数メートルの距離を後ずさる。早い、今のタイムなら後ろ歩きで世界記録を狙えそうだ。
「か、神住ぃぃぃ、あ、あんた何見てんの? ねぇ、何見てんのよ!」
雑誌を胸に抱きかかえながら、わなわなと震えるのが可愛かった。
「えっと、あなたが少女漫画を読んでいるのを見ていました」
俺は本当のことを端的に述べた。
「そういう事じゃない!! あほ!」
うん、知ってた。そういう意味で聞いていないことは知っていました。でもまぁ、これくらいの反撃をしてもいいじゃないですか。昨日殴られましたし。
「わたしもう帰る。もう帰るからね!」
と言いながら、ちゃっかりとその雑誌をレジに持って行くところを見ると、あの漫画を相当気に入ったのだろう。
俺も付き添うようにレジまでついていった。冴草契は今にも殴りかかってきそうだったが、まさかレジ前で殴りかかるわけもいかず、拳を震わせて耐えているようだった。
その時、入口のドアから、外の自転車置き場に自転車を止めようとしている巨体の人間が目には入った。見間違えるわけがない、そんなゴリラのような巨体した奴は一人しかいない、そう向日斑だ。
そういえば、あいつにやるつもりだったあの『猿でもできる超能力開発』は俺の鞄に入ったままになっている。
ちょうどいいので、今あいつにこの本を渡してしまおう。俺は向日斑のところに向かおうとして、足を止めた。
向日斑の周りに俺の知らない身体の大きい男子が五人ほど一緒にいたからだ。
俺は咄嗟にレジ横にあった観葉植物に身を隠してしまう。
「何をやってるんだ? 隠れんぼか?」
会計を終えた冴草契が、俺の不信行動に呆れ顔をしていた。
そうこうしているうちに、向日斑たちがこの本屋に入ってくるではないか。
見つかってはいけない。
何故だかそう思ってしまった。だから……。
「おい、おい、何するの? ねぇってば!」
俺は冴草契の手を引っ張って、本屋の一番奥のコーナーへと逃げるように走っていた。よく考えれば、逃げるにしても俺一人でよかったのだが、つい勢いというか、冴草契までも巻き込んでしまっていた。
「何どさくさに紛れて手を握ってんのよ! ぶっ飛ばされたいの!」
「後で、ぶっ飛ばされてもいいから、ちょっとだけ静かにしてくれ」
ここで騒がれては、隠れた意味がなくなってしまう。
俺の真剣さを感じ取ったのか、冴草契は憮然とはしていたが、俺の指図に従ってくれた。
向日斑たちは、スポーツ雑誌コーナーへと向かっていくようだった。
五人全員はゴリラとまではいかなくとも、みな良いガタイをしていた。ひと目でスポーツマンと分かる体型だ。そういえば、向日斑のやつは部活なんてやってなかったよな? 部活をやっていれば、俺と一緒に下校なんて出来ているわけはないのだし……。
向日斑の言っていた、用事というのはこいつらと約束があったからだろうか?
向日斑は俺の知らない人間に向かって、俺の知らない顔で笑い合う。
そうか……向日斑には俺以外にも友達がいたのか……。
あ、あはははは、俺には向日斑しか友達がいなかったから、あいつもそうだと、勝手に思い込んでいた。そりゃそうだ、あんな気さくで気の良いゴリラに友だちが俺だけなんてありえない。
なんだろう、この訳もなく寂しい感じは……。
「どうしたの? お腹でも痛いの?」
俺の表情を察したのか、冴草契は声を潜めつつ少し心配気に俺に尋ねた。
「いや、ちょっと心がな……」
俺は胸を抑えて、苦笑いで答えた。
「え? どうしたの?」
「冗談だってば」
冗談ではなかったけれど、冗談だってことにしておいた。こんなこと、冴草契に言う必要など無いからだ。
「そう、じゃ姫を迎えに行ってもうお店出るよ?」
「そうだな、そうしよう」
俺と冴草契は桜木姫華を参考書コーナーに迎えに行くと、そのまま足早に本屋を後にした。
なぜそんなに急ぐのかと、桜木姫華は不思議そうにしていた。
「いそがないともうすぐバス来るよ?」
冴草契はスマホで時間を確認しながら、桜木姫華を急かす。きっと、俺のことを考えて気を利かせてくれての発言だろう。
「そっかー。バス着ちゃうのかー」
何の疑いも持たずに、桜木姫華は冴草契の言葉を鵜呑みにしてバス停までの道のりを急いだ。
俺はバスに乗って遠ざかっていく二人の姿が見えなくなるまで見送り続けた。
あいつらは二人で、俺は一人か……。
そんなことを思いながら、俺は家に向かって自転車を漕ぎだした。
軽快にスピードをあげて自転車は進んでいく。いつの間にか、ペダルを漕ぐ足に力がこもってしまっている。
友達に自分の知らない友だちがいると、なんだか裏切られた気持ちになるのはなぜだろう。疎外感を感じてしまうのはなぜだろう。寂しいと自転車を飛ばしてしまうのもなぜだろう。
『ああ、一人って寂しいんだな……』
そんな事を今更ながらに実感した。




