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119 にゃーん!

 俺はしばらく二人の動向を見守った。

 観察する事こそ、血路を開く方法であると思ったから……ではなく、あの冴草契さえぐさちぎりが男を前にして、デレデレしている姿を見るのが大爆笑だったからだ。

 

「まさか、俺の命がある内にこんな光景が見られるとは……」


 イケ㍋の言葉一つ一つに、一喜一憂して表情を変えてく冴草契の姿は、まるで普通の恋する女の子のように見えるではないか、もうそれだけで大爆笑ものである。

 俺は物陰に潜みながら、腹の中から沸き上がる笑いの神を抑えるのに全力を費やしていた。たまに抑えきれずに笑いが漏れでては、プークスクスクスと、異様な音を周囲にひびかせていた。


「お母さん、あのお兄ちゃん、変だよー」


 通りすがりの糞ガキが、俺を指さして物珍しいものでも見つけたかのように、母親に告げた。


「やめなさい、かわいそうな人なんだから……」


 どうやら、今の俺の状態は世間一般的にかわいそうな人という部類に入るらしい……。

 その言葉に、正気を取り戻した俺は、キリリと顔を引き締めて事にあたるのだった。ありがとう見知らぬ親子よ、お前たちのお陰で俺は道を踏み外さないで済むことが出来た。

 見知らぬ親子に向けて、俺は笑顔で手を振ってみせた。照れくさいのだろうか、見知らぬ親子は足早にその場を立ち去っていった。シャイな親子だぜ……。

 そんなことをしている間に、冴草契とイケ㍋はどこかに向かうようだった。

 そう言えば、買い物に行くとか言っていたな……。

 俺は二人の後を気配を消して尾行する。

 ある時は電信柱の影に姿を隠し、はたまたある時は郵便ポストと同化し、さらには『にゃーん』と猫のマネまでして、俺は完璧なスニーキングミッションをこなしていた。ただ、周囲の人がまたもやかわいそうな人を見る目を向けてくるのだが、それについては考えないようにした。

 俺がダンボールの中に身を潜めて匍匐前進を続けていた時、二人は一件の店の中に入っていった。

 俺はダンボールを少し持ち上げて、その店の様子をうかがう。どうやら若者向けの洋服店のようだ。

 

「潜入ミッションスタートだな……」


 俺はダンボールをかぶったまま店内への侵入を果たした。

 謎のダンボールが店内を這いずりまわっているさまは、たしかに異様だろうが、まさかその中にこの俺、神住久遠かみすみくおんが居るとは誰も思うまい。さらに、俺はたまに『にゃーん』と猫のマネをすることも忘れていない。これで、このダンボールの中にはかわいい猫が入っていると思うに違いない。完璧だ …。俺は自分の天才的頭脳に、感動すら覚えていた。

 二人は女物のワンピース売り場にて足を止めていた。

 ふむふむ、冴草契の洋服を選ぼうというのか……。このイケ㍋何もわかっていない。この冴草契には空手の道場着以上に似合う服などないというのに……。


「これなんて、冴草さんに似合うんじゃないかな?」


 そう言って、イケ㍋は純白のワンピースを冴草の身体にあてがってみせた。

 純白、穢れを知らない色……。むしろ、冴草契はその純白を鮮血に染めるてしまうようなやつなのだが、本当にこのイケ㍋は何もわかっていない。

 

「そ、そうかな……。こんな女の子っぽいワンピース、きっとわたしには似合わないよ」


 流石に、冴草契本人は自分のことがよくわかっている。あてがわれたワンピースを、はれものに触るように避けると、照れたような上目遣いで相手に無理だと訴えかけていた。


「そんなこと無いよ。きっと似合うさ」


 イケ㍋は白い歯を輝かせながら微笑んだ。

 うわっ、今この人、歯が光ったよ……。なんなのあの歯、LEDでもついてるの? 芸能人なの? 歯が命なの?

 ふっ、そんなさわやかな言葉をぶつけてみても、あの冴草契が了承するわけがない。もし、俺がそんなことを言ったならば、今頃は壁まで吹き飛ばされて気絶していることだろう。

 俺はイケ㍋が壁まで吹き飛ばされて気絶するのを、今か今かと待ち構えていた。

 なのに、なのにだ!


「そ、そうかなー。じゃ、試着してくるよ」


 なんと! 冴草契はそのワンピースを手に取ると、小走りで試着室に向かっていくではないか! 

 なんなの? これは夢なの? ドリームなの? それともいつの間にか、俺は不思議の国にでも紛れ込んでしまっているの!? アリスなの? 俺はアリスなの? 教えてハンプティ・ダンプティ!

 

「に、にゃーん……」


 俺の猫の鳴きマネ声が震えていた。あまりの予想外の出来事に、今まで完璧だった猫の鳴きマネが乱れてしまっていた。

 いかん、気を落ち着けなければ、このままではスニーキングミッションも失敗してしまう。俺はダンボールの中で深呼吸を三度繰り返した。

 そうさ、試着室に向かっていったからといって、素直に着替えてくる冴草契のワケがない! やっぱり無理だわー! こんな似合わない格好させんじゃないわよ! と正拳突きを食らわせてくれるに違いない。

 俺はイケ㍋の後を追うようにして、試着室に向かったのだ。勿論、ダンボールの中で匍匐前進で!

 一瞬、イケ㍋がダンボールの気配に気がついたかのように、視線をこちらに向けた。

 おいおい、こちとらただのダンボールさんだぜ? なんら怪しいところなど無いぜ? 動いているのは、中にかわいらしい猫ちゃんがいるからなんだぜ? でもでも、中の猫ちゃんを見たいからといって、ダンボールをめくり上げるのはNGなんだぜ?

 そんな事を、電波テレパシーでイケ㍋に送り続ける。

 俺の電波テレパシーが通じたのか、イケ㍋はダンボールから興味を失い試着室へと向かいだした。

 試着室の中では、まるで誰かが着替えているかのように、カーテンが揺れ動いているのが見えた。

 まさか……本当にあいつは着替えているのか!? そんな馬鹿な、アイツは冴草契なんだぜ?

 俺は今すぐにでも、ダンボールの中から飛び出して、試着室の中に飛び込んでいきたかったが、それでは今までのスニーキングミッションが全て水の泡になってしまう。

 あと言っておくが、試着室に飛び込みたいのは、エロい意味ではない! あんな平坦な胸を持つ冴草契の着替えなど見て何になる? マイナスになることはあれども、プラス要素など皆無なのだ。

 きっと制服の下は、筋骨隆々なボディに違いないのだ。腹筋なんて六つに割れていそうだ。下手をすると後背筋が鬼の形相をしているかもしれない……。

 俺が試着室に飛び込みたい理由は、似合いもしない格好を冴草契にさせないためなのだ! そう、冴草契を思っての行動にほかならないのだ。かわいそうに、冴草契はこの糞イケ㍋のせいで、こっ恥ずかしい思いをこの後してしまうのだ……。それを何とかして阻止したい。そんな思いでいっぱいだったのだ! ああ、俺って良いやつだなぁ……。

 そんな思いにしみじみ浸っている間にも、冴草契の着替えは終わってしまい。遂に禁断のゲートが開かれてしまったのだ。


「にゃあああああああああああん!」


 俺は絶叫した。

 思わずダンボールの中から叫び声を上げてしまった。それでもちゃんと猫の鳴きマネをしているところが、俺のプロフェッショナブルっぷりをあらわしていた。


「に、似合うかな……」


 照れくさそうに片方の手で髪の毛を触り、もう片方の手で服の前を隠す姿は、この口では言いたくないが乙女の仕草そのものではないか……。

 

「とってもよく似合っているよ。ほら、ボクの言ったとおりだ」


 イケ㍋の歯がまたしてもキラリと輝いてみせた。それどころか、今回は眼鏡のレンズすらも輝いていた。何なんだ、こいつ……。そういう能力か? 眼鏡と歯がキラキラする能力者なのか? それ実用性あんの?

 

「あ、あははは……。嘘でもちょっと嬉しいな」


 イケ㍋の言葉に答えるように、冴草契は目を細めて笑った。

 おかしい、どうなってるんだ? 

 イケ㍋は、確かに眼鏡の似合うイケメンだ。普通の女の子ならば、ときめいてもおかしくないだろう。だが、こいつは冴草契だ。腕力女で、空手バカ一代女、さらにはキラーマシーンで、激烈百合馬鹿なのだ。

 その冴草契がこんな表情を見せるなんてあり得ない。

 それにだ、もしこんなにいい雰囲気になるのであるのならば、俺に彼氏のふりをしてデートをぶち壊してくれなどと頼むはずがないのだ。とすれば、答えは一つ、このイケ㍋には確実に秘密がある。今はそれがなにか検討もつかないが、こいつはその秘密の力で、冴草契を普通の女の子、乙女にしてしまっているのだ。

 まぁ……白いワンピース姿が、少し似合っている……と、俺も思ってしまったのは、きっと精神的動揺によるものに違いない。

 

「そのワンピース、初デート記念にボクが買ってあげるよ」


 イケ㍋は高級ブランドっぽい財布を取り出す、遠目からその財布の中にプラチナカードがあるのが目についた。なんと、イケメンでさらに金持ち。うわぁ、殺したい。


「え? そんなの悪いよ」


「気にしなくていいから、惚れた弱みっていうのかな、あははは」


 仕草一つ一つ全て爽やかで、洗練されている。

 この男、いますぐ八つ裂きしてやりたい。そんな衝動に駆られた。

 俺はきっと、このあと数十年生きたとしても、こんな台詞を吐くことは一度もありはしないだろう。それなのに、この男はまるで挨拶を交わすかのように、軽々と言ってのけるのだ。

 敵だ! この男は、俺という存在の敵でしかあり得ない!

 

「と、兎に角、わたし着替えなおしてくるね」


 冴草契は元の制服姿に戻ると。


「少し、一人でお店を見て回るね」


 伏目がちにそんなことを言うと、イケ㍋のもとから小走りで離れていった。

 そして数秒後、俺のスマホが着信音を奏で出した。

 くっ、スニーキングミッションのプロともあろう俺が、マナーモードにすることを忘れているとは……失態だった。

 俺は着信音を誤魔化すために、そのメロディに合わせて……。


「にゃにゃにゃ~ーーん! にゃんにゃにゃーん!」


 と、猫の鳴きマネで完璧に完璧に誤魔化しきるのだった。

 

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