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117 バナナとデート

 今すぐセレスに駆け寄って、事の成り行きを聞き出したかった。

 許嫁の事を知りたかった。蛇紋じゃもん家の事を知りたかった。

 だが……。


「ウッホウッホ!」


「だよねーお兄ちゃん」


「ウホ?」


 俺の横には、ゴリラ語で会話をしている、向日斑むこうぶち兄妹が居たのだった。

 流石に、こいつらがいる前では、そんな話は切り出せない。って、なんで向日斑の奴はゴリラ語なんか使ってるんだ? そもそもそれは本当にゴリラ語なのか!?

 

「よぉ」

 

 俺は出来る限り、平静を装ってセレスに声をかけた。

 昨日の出来事は、忍者を通じてセレスに伝わっているのだろうか? それとも秘密にされているのだろうか? 


「神住様、わたくし……」


 セレスは何かを言いかけて言い淀む。

 

「なんだなんだー。くまさんパンツのお嬢様は、元気ないみたいじゃん。そんな時はバナナ食べなよー。ね、お兄ちゃん」


「そうだな、バナナを食べればすぐさま元気になる。これジャングルでは基本だな」


 俺とセレスの間に流れるシリアスムードな空気を完全に無視して、この兄妹はドカドカと踏み込んできたのだった。

 二人は仲良く並んで、バナナを口に頬張っていた。

 ん? 待てよ……。

 花梨が……バナナを口に頬張っている……だと?!

 俺の視線は、セレスを飛び越えて、花梨へとレーザービームのように一直線に向けられた。

 そこには、アイドル顔負けのプリティフェイスでバナナを口の中に頬張る花梨の姿が……。

 太いバナナが、花梨の頬を膨らませる。ああ、そんなに口の中に無理矢理突っ込んだりしたら……。おいおい、そんな歯を立てて噛んだりして……。ああ、なんだ、なんだこれ……いいのか? 中学生がこんなことをしていていいのか? 補導されないのか!?

 うん、俺はもうわかっている。花梨はただ普通にバナナを食べているだけで、悪いのは、それをいかがわしい視線で見ている俺なのだということを……。

 

「あら、こんなところに、大きな蚊が居ますわーっ!」


「へ?」


 俺がセレスの言葉に振り返ろうとした時、目の前に手のひらが迫ってきていた。そしてその直後バシーンという景気の良い音がして、俺の頬が真っ赤に腫れ上がった。


「危ないところでしたわ、神住様。神住様の頬に大きな蚊が居たんですのよ? ええ、それはもう大きな大きなイヤラシイ蚊が……」


「そ、そうか……。わざわざ退治してくれてありがとうな」


 俺は腫れ上がった頬をさすりながら、セレスの感謝の言葉を述べた。


「どう致しましてですわ」


 花梨のお陰か、俺のエロさのお陰か、俺とセレスはいつものようなテンポの会話をすることができていた。

 

「本当に神住様は、あんなオッパイ小娘のどこが良いのか……。わかっているんですの? わたくしは、神住様の彼女……なんですのよ! (仮)ですけれど……」


 セレスは無い胸を張って言い切った。強い意志の表れの言葉だった。そう、セレスは自分が彼女であるということを、アピールしてくれたのだ。こんな中学生のバナナ飲食に性的興奮を覚えるような男を相手に……。

 

「……人前で、このようなことを言うのは、流石に恥ずかしいですわ……」


 セレスは両手を組んで身体をモジモジさせると、恥ずかしそうに地面の方に視線を落としていた。

 そう言えば、俺はセレスが彼女であることを、面と向かって誰かに言ったことなんてなかった。それは俺の心の中にまだなにかしこりのようなものがあって、それを押しとどめてしまっているからだからだ。

 けれど、今眼の前に居る金剛院セレスという女の子を、素直にかわいいと思えた。愛しいとすら思えた。抱きしめてしまいたいとも思えた。

 だから、話をしなければならない、許嫁のことを聞かなければならない。そして、その問題を二人で解決していかなければならないのだ。


「セレス、聞きたいことがあるんだ!」


「はい……」


 セレスはきっと俺がこの後何を尋ねるのかわかっている。

 次に言うべきこと場を準備している。きっと、それまで何度も何度もどう説明するか、悩んだ末、考えた末の言葉に違いない。

 だから、俺はその言葉を真正面から受け止める。その覚悟を心の中で決めたのだ。


「わ、わたくし……」


 セレスが思い口を開く。

 その時だった。一陣の風が、俺の前に舞い込んだのは……。


「神住! ちょっと来い!」


「え?」


 俺は何者かに腕を掴まれると、とんでも無い力で引っ張られたのだ。そして、俺は引きずられるようにして、校門前から、セレスの前から引き離されたのだった……。

 引きずられること数分……。

 俺の靴の裏はかなり磨り減ったことだろう。

 そして、人気のない場所へと到着した時、やっとのことその市中引きずり回しの系は、終わりを告げたのだった。俺は腕が引っこ抜かれなかったことに、ホッと安堵の息をついた。

 大の男を強引に引きずり回せるような知り合いは、そうそう居るものではない。しかも、自慢ではないが俺は友だちが少ない。

 ゆえに犯人は明白だった。

 そう、冴草契さえぐさちぎりその人である。


「神住! 大変なんだ!」

 

 冴草契は血相を変えていた。

 大変なのは、強引に引きずり回された俺の方だと思うのだが、そんな事を言ったところで、パンチ一発食らうだけで良いことは何も無いので言わないでおいた。


「あれ? 桜木さくらぎさんはどうしたんだ?」


 俺は周りを見渡したが、桜木さんの姿は見受けられなかった。

 放課後の冴草契と言えば、桜木姫華とセットの存在。これが当たり前なのに、どうしたことだろうか。


ひめは、用事があることにして置いてきた!」


「なんだと……」


 俺はこの冴草契がとんでも無い大事件に巻き込まれていることを察した。

 そうでもなければ、この激烈百合馬鹿にして、桜木姫華大好き女が、そんな行動を取るわけがないからだ。

 

「頼む……。わたしとデートをしてくれ!」


「は……」


 デート? デートとは男女が仲良く遊びに行くこと? デート? 時計の文字盤に付属する日時を表示するもの? デートデートデートデートデートデート………。俺の脳内でデートがゲシュタルト崩壊しかけたころ、俺の腹を襲う強烈な痛みが、それを阻止してくれた。


「何をほうけた顔してるのよ! ちゃんと話し聞いてるの?」


「……お前は、相手が話を聞いていないようだと、腹に正拳突きを打ち込むのか……」


「アンタの場合だけは特別だから」


「そうか、特別扱いありがとうよ……」


 俺の皮肉を聞いて、更にもう一撃を加えようとしかけた冴草契だったが、既のところで思いとどまったようだった。


「ふー。今はアンタをボッコボコにしてる場合じゃないのよ! デートよ! デート!」


「だから何なんだよ! デートって!」


 俺はキレ気味に返した。


「……だ、だから、わたしこの前言ってた男と、デートすることになって……。それで、その……なんとかその男をあきらめさせようと思うのよ」


「お前、その男は胡散臭いってことで結論が出たはずだろ! なのに、なんでデートの申し込みを受けてんだよ! アホなの? やっぱり大アホなの? 知ってたけど!」


「わ、わかんないわよ! また突然わたしの目の前に現れて、あれよあれよという間にデートの約束をされちゃったのよ! そんで、気がついたらオッケーしちゃってたのよ……。わたしも何でそうなったのか、わけわかんなくて……」


 その男は相当のやりてなのか。この冴草契が大アホなのか。それともその両方なのか……。


「まぁ、お前がその男とデートするのはいいとして、どうして、俺もお前とデートしなきゃいけないんだ……」


「だから、わたしに彼氏がいるってことにすれば、流石にその男も諦めるでしょ? んで、アンタにその彼氏役をやってもらおうと……」


「……帰っていいですか?」


 俺はクルリと身体を反転させると、一目散にその場から退散しようとした。

 が、その直後、俺の軸足は光速の足払いによって刈られて、もんどり打ってその場に倒れこんだ。

 

「帰っていいわけないでしょ?」


 倒れている俺を、ゴミ虫のように見下ろす冴草契の目が語っている。


『アンタに否定する権利なんて無いのよ。人権すら存在しないのよ』


 と……。

 

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