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113 許嫁。


「なんてことだ……」


 俺は自分の身体が謎の力で吹き飛ばされたことなど、どうでも良かった! 俺が今求めるものは、忍者のかわいい足の指、それ以外の何者でもないのだ!

 そのかわいい足の指、あと少しで舐めることが出来た足の指……それなのに、俺の今居る場所は、忍者の可愛い足の指から数メートル以上離されているではないか……。

 

「見た? これが、ボクの異能の力だよ」


 花咲里かざりが、ドヤ顔でなにか言っていたような気がしたが、今の俺にとってその言葉は、まるで興味のないものだった。何故ならば、今この時この瞬間、忍者の可愛い足の指以外、この世界中の全てがどうでもよいものになってしまっているからだ。

 今俺の目の前に、一千万円が積まれたとしても、俺はそれを無視して忍者の足の指を舐めることだろう。

 かわいい忍者の足の指は、金よりも重い!

 俺は全身の体の痛みを、脳内麻薬を大量に分泌させることで和らげさせ、ゴキブリのように這いずりまわって、忍者の足の元へと向かったのだ。

 

「ちょっと! なにボクを無視してるの! 異能の力に興味あったんじゃないの?」


「……」


 俺は返事などしなかった。今俺の全身全霊の力は、すべて忍者の足の指のために注がれていて、それ以外に割く余力など無いからだ。

 

「おかしいでしょ? どうして、ボクの足より、ボクの異能の力より、男の子の七桜璃なおりの足の指がそんなにいいんだよ!!」


 わかっていない。この花咲里と言う女は何もわかっていない。

 そこに、山があるならば登らなければならないように、そこに忍者の足の指があるならば、ペロペロペロペロペロペロペロしなければならない宿命さだめなのだということを……。

 俺は不敵に笑ってみせた。


「気、気持ち悪い……。もう一度吹き飛んじゃえ!」


 俺の身体に、さっきと同じ衝撃が走る。何か不思議な力に鷲掴みにされたように、俺の身体はまたしても後方に投げ出される。

 しかし、聖闘士セイントには一度見た技は効かないように、俺には……効く! 普通に効く! 何故ならば、俺は聖闘士ではないからだ!

 地面にしこたま打ち付けられた俺の身体には、激痛が走る。走り回る。

 痛い、痛い、苦痛でその場をゴロゴロゴロゴロと転がりまわりたい。今すぐお家に帰りたい。それよか、入院したい。可愛い看護婦さんに看病されたい。『あら、身体はボロボロなのに、ここだけは元気なのね、うふふふ』なんて事を言われたい。


「どうだい? これがボクの異能の力、サイコキネシスさ! 物質の運動能力をコントロールすることが出来るんだよ。凄いでしょ? 七桜璃の足の指なんかより、ずーっと、ずーーーーっと凄いでしょ?」


 花咲里は気がついていない。俺は今激痛でのたうちまわっていて、そのサイコ何とかを凄いと思う余裕が無いということに……。


「か、神住かみすみ! 大丈夫か?」


 あれ? 俺の方に、忍者の方から駆け寄ってくる。これは夢か? 夢なのか? 忍者が俺に大丈夫か? なんて気遣う言葉を投げかけてくれている。しかも、裸足で……生足で……。生足……指……ペロペロペロ……。


 俺の中で何かが弾けた音がした。


「ウオォォォォォォォォォォォォォッ!!」


 向かってくる、忍者の足が、忍者の生足が、忍者の指が、こんな時に、痛がっている場合じゃねえ!

 

「何なの、この男も異能の力を持っているの?」


 今まで余裕の表情だった花咲里に、初めて焦りの色が見える。

 こいつは本当に、男子高校生ってものをわかっていない。男子高校生ってのはな、己の求めるエロスのためならば、命の炎を燃やし尽くして、常軌を逸したパワーを出すことが出来るんだぜ? 向日斑むこうぶちが、スーパー向日斑になったように、俺だって……俺だって……!

 しかし、男子高校生の秘めたパワーを引き出す存在が、女装男子のショタっ子忍者だとは……世の中油断ができないものだ。


「さぁ、こい忍者! そして、俺にそのかわいい指先を舐めさせてくれーーーっ!」


「えっ……」


 忍者は俺の目の前まで来て、突如足を止めた。


「お、おい、どうした? さぁ、早く俺に足の指! 手遅れになっても知らんゾーッ!」


「……怖い。神住、超怖い……。あのゴリラと同レベルで怖い……」


「ハリー! ハリー! ハリィィィアップゥゥゥ!!」


 俺は腹の底から叫んだ。


「や、やっぱり生理的にボクには無理……」


 忍者が俺から遠ざかっていく。どうして? 大丈夫かって言って助けに来てくれたんじゃないの? 俺に足の指をペロペロさせてくれにきたんじゃないの? ホワイ?

 忍者が遠ざかっていくに連れて、俺の身体から溢れだしていたエロスのオーラが消えていく。こ、これでは俺の隠された力が覚醒しないではないか!

 

「なんだかわからないけど、そこまでのようだね。一瞬とはいえ、ボクを焦らせたことの責任を、君の身体で取ってもらうよ。そう、ボクのサイコキネシスでね」


 覚醒しかけたからなのか、俺でも花咲里の手のひらの中に、超常の力が溜まっていくのがわかる。

 今度その力をぶつけられたならば、痛いで済むとは思えない。本当に病院に入院コースまっしぐらだ。

 

「お嬢様のためにも、神住は助けなければならない……。でも、生理的に気持ち悪い……」


 忍者は忍者で心の中で葛藤しているようだった。すみません、その葛藤後回しにして助けてもらえませんかねぇ……。

 後数秒で、花咲里のサイコキネシスが俺の身体を吹き飛ばす。その時だ。


「百万円やるから! いい加減に助けてくれェェェ! もう放置プレイは懲り懲りだぁぁ!!」


 誰からも完全に存在を忘れられていた、鳥居の上にいる変態男が、耳をつんざくような叫び声を上げたのだ。

 

「百万円?」


 花咲里の耳がぴくりと動く。そして、俺から背を向けると、鳥居の上にいる変態男に手のひらを向けたのだった。

 まさか、衝撃波をあの変態男に浴びせて、鳥居の上から落とそうというのか? それって、助けるってことになるのか? むしろ、とどめを刺すって言うんじゃ……。

 花咲里の手から、サイコキネシスが発動する。とは言え、俺の目には何も見えはしない。

 

「ウォッ!?」


 その力が、俺の予想通りに鳥居の上から変態男を弾き飛ばす。そのまま真下に急降下……かとおもいきや、その落下速度が緩やかになっていく。そして、落下地点では花咲里が待ち構えていて、そのへんたい男を軽々と抱きかかえた。

 

「はい、百万円よろしくね」


 今までに見たことのないような、透き通った笑顔。なるほど、この花咲里という女、素敵なほどにお金が大好きなようだ。

 

「う、うむ。わかった。わかったから、降ろせ!」


 尊大な言い回しだったが、小柄な少女に抱きかかえられて言っているのでは、まるで様にならなかった。

 

「ほい」


 花咲里はまるで空き缶でも投げ捨てるかのように、変態男を放り投げた。


「うぎゅ」


 虫が潰れた時のような効果音を自分の口から出して、変態男は地面に転がったのだった。

 そして、呼吸を整えて立ち上がるまで数分を要した。


「こ、コホン。名乗らせてもらおう! 私の名前は、蛇紋神羅じゃもんしんらだ!」


 今まで夜の闇のせいで、顔も姿もよくわからなかったが、この男、普通にしていればイケメンと呼ばれるタイプだ。俺からすれば、リア充と認識して敵に入る部類の顔立ちだ。黒髪ロン毛に、どこぞの一流ブランドメーカーであろうパリっとしたスーツ姿。ああ、見ているだけで吐き気がしてくる。


「今日はそこの変態男、神住久遠に用があって来たのだ!」


 蛇紋神羅とやらは、カッコイイポーズで俺の方を指さした。


「な、なんだと……。まさか、鳥居の上で泣いていた男に、変態呼ばわりされるとは……」


「キサマなんて、いくらかわいいとはいえ、男の子の足の指をぺろぺろぺろぺろしようとしていただろう!」


「ふっ、忍者のことをかわいいと認識できるとは、お前もペロリストだな!」


「だ、誰がペロリストだ! しかし、わたしも花咲里の足の指をペロペロペロしたい……」


「えーっと、二億でいいよ?」


 花咲里は、ヒョイッと横から指を二本突き出し、法外な値段を請求した。

 嫌味なリア充かと思っていたら、もしかするとこの男、同好の士なのかもしれん。


「……コホン、それはさておき。話を元に戻そう。わたしが神住久遠に用があるのは、キサマが我が許嫁と、懇意にしているというわさを聞いたからだ!」


「許嫁……。お前みたいな変態の許嫁とか……悲劇以外の何物でもないな……」


「五月蝿い! キサマは我が許嫁、金剛院セレスと、つ、つ、つ、付き合っているというではないか!」


「え? 今なんて言った?」


 俺はどこぞのラノベの主人公のように、自分の耳がおかしくなったように感じた。


「だから、付き合って」


「その前!」


「金剛院セレスと!」


「それだ!」


「なんだ!」


「ってことは、お前はセレスの許嫁なの……か?」


「そうだ!」


 その一言に俺の視界がグニャリと歪んでいくのを感じた。

 

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