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110 怪しいラブレター。


 俺は後ろに倒れこんで後頭部をしこたま叩きつけられた。

 その痛みで、今の記憶が飛んでしまえばいいと思った。が、嫌な記憶ほど、頭にはずっと残るもので……。

 

冴草契さえぐさちぎりが、男から告白されただと……。そんな馬鹿なことが……ありえるはずがない!!」


 寝転んで空を見上げたままの状態で、俺はブツブツ星空に向かってつぶやき続けていた。

 どう考えても冴草契に告白するなんて、罰ゲームでしかありえない。いや、まぁ確かにルックスだけ見るならば、そんなに悪くないし、ボーイッシュ好きならば好みのタイプに入ってもおかしくないのかもしれない。しかし、しかしだ! こいつの性格を知れば、そんな気持ちは遥か彼方に消え去ってしまうに決まっているのだ。

 つまり、こいつに告白してきた男子は、冴草契の上っ面だけを見ての告白だということになる。

 しかし、こんな話を、こんな日にされるとは……。

 冴草契は知りはしない。俺が今日、桜木さんに『好き』だと告白されたことを……。

 もし、知っていたならば、自分がされた告白のことなど差し置いてでも、俺を問い詰めるに違いないからだ。

 

「アンタいつまでぶっ倒れてんのよ!」


 冴草契が俺の頭を軽く蹴り飛ばした。軽くであっても結構痛かった。


「そりゃ、あまりにも衝撃的なことを聞かされて、そのショックから立ち直れないからだろ……」


 立ち直れないから寝転んでいる。まさに、言葉通りの状態なのだ。寝転がったままの状態で、冴草契を見上げると少しエッチなアングルになるなと思ってしまった。が、まるで興奮しないのは冴草契に俺が女性としての魅力を感じていないからに違いない。これが忍者だったら……ペロペロペロ……おっと、忍者は男だった。てへぺろ。

 

「兎に角、わたしの相談に乗ってよね!」


 冴草契は俺の手を強引に掴むと、力まかせに身体を引き起こした。まるで屈強な男に引き上げられているかのように、俺の身体は安々と起き上がった。さすが俺が一番最初に腕力女と呼んだだけの事はある。


「でもまぁ、俺が相談に乗ったところで役に立つとは思えないけどなぁ……」


 自慢じゃないが、恋愛相談を請け負ったのは、生まれてこの方今が初めてだ! むしろ、一番頼んではいけない相手に、冴草契は恋愛相談を頼んだと言えよう。何をどうやっても、ギャルゲーやアニメを元にした間違ったアドバイスしか出来ないと自覚している!


「仕方ないでしょ。相談する相手が、アンタくらいしか居ないんだから……」

 

 そうだった。冴草契も俺と負けず劣らずのボッチだったのだ。

 まさか、この事を桜木さんに相談するわけにも行かず、俺にお鉢が回ってきたわけだ。

 

「わかった。わかったから、何がどうなって告白になったのか話してくれよ」


「え……。話さないといけないの?」


 冴草契はあからさまに嫌そうな顔をした。


「そりゃそうだろ。話の流れがわかないのに、アドバイスもヘッタクレもないだろ?」


「恥ずかしいから嫌だって言ったら?」


「帰らせてもらいます」


「待って、待ってってば!」


 これを気に本当に帰ってやろうと思った俺を、冴草契は肩を握りつぶさんばかりの握力で踏みとどまらせると、観念したようにため息を一つ付き、事の成り行きを語りだしたのだった。

 

「話すわよ! 話せばいいんでしょ! あれはさ、数日前の事だったんだ。わたしが学校から家に帰る途中で、急に不良数人に絡まれてさ」


「あれか、また何かやらかしたのか?」


「何で、わたしが悪いのが前提で話し聞いてるの? わたしはなんにもしてないの。それなのに絡まれたの!」


「そうか、そういうことにしておくわ」


「そこに、助けに入ってきてくれたのが……。告白してきた人なのよ」


「いや待て待て、助けなんて来なくても、余裕でフルボッコだろ?」


 普通の不良数人くらいならば、冴草契の空手であっという間に瞬殺出来るに違いない。まぁその不良が向日斑むこうぶち並みの力を持っていたならば別だけれども。


「うん。まぁそうなんだけどさ。わたしが手を出す前にその人がやってきちゃったからさ。一応助けてくれたってことで、お礼も言ったのよ」


「ふむふむ。って事は、そいつも強かったのか?」


「さぁ?」


 冴草契は小首を傾げた。


「さぁ? ってどういうことだ。不良を退けてくれたんだろ?」


「なんかさー。不良の人たちは、説得? されたみたいな感じで帰っていったのよねぇ……」


 コッソリ袖の下でも渡したのではないかと想像してしまったが、見ず知らずの女の子を助けるために、そんな無駄金を使いはしないだろう。


「えらく話のわかる不良も居たもんだなぁ……」


「だよね? ちょっと驚いたよ」


「んで?」


 俺は話の続きを急かした。


「大丈夫ですかお嬢さん。なんて事をわたしに言うのよ」


「お嬢さん? 何処にそんな奴が居るんだ?」


「……ぶん殴りたいけど、今は話を続けるわ」


「お、おう」


 目の前に拳をつきつけられた俺は、不意のショックにおしっこを漏らしかけたが、なんとか踏ん張った。偉いぞ俺の膀胱。


「そこで話が終われば問題なかったのよ。次の日、何故か私の家のポストに手紙が入っていて……な、なんて言うの、ら、ラブレターってやつ?」


「ちょい待ち! 何でそいつはお前の家を知ってるんだ……」


「そ、そう言えば変だよね……。なんでだろ……」


「それに普通は逆のパターンだろ。助けてもらったほうが、相手にラブレターを送るってのが基本じゃないのか?」


「だよね……?」


「んで、手紙の内容は?」


「言うの? 言わなきゃいけないの?」


「じゃ、帰るわ」


「わーかーっーたーっ! 言うから! 言いますから!」


「うむ」


 こんなことでもなければ、冴草契をからかうことも出来ないので、俺はこの機会を十二分に楽しむことにした。さらに、あの冴草契が俺を頼っているという状況もとても気分が良い。


「あの時出会った可憐なあなたのことが忘れられません。よろしければ、僕とお付き合いしてください……。って書いてあったのよ!!」


 顔を真赤にして、手紙の内容を読み上げる冴草契の姿は、まるで女の子のようで、いや女の子だけれども、俺の目にとても新鮮味を与えてくれた。


「んで、差出人の住所と名前は?」


「え? 書いてなかったかも?」


「妖しすぎるだろ……。それって新手の詐欺なんじゃないのか?」


「あれ……。冷静に考えてみれば、色々怪しい気がしてきた……」


「何が一番怪しいって、冴草契を可憐だなんて言う奴が怪しくないわけがない! 勇猛果敢だ! くらいなら、わからんでもないが……」


「……へぇ〜、神住がそんなに死にたがり屋だったなんて知らなかったわ」


 冴草契の視線が、ジトっとした爬虫類的なものに変わっていた。俺はハエのように、今にも捕食されてしまいそうな危機感を感じた。


「コホン、兎に角だ。確実にそのラブレターは怪しい! だが、ここで疑問点が一つある?」


「なによ?」


「冴草契を騙して一体何の得があるかだ」


「?」


「何の利益も出ないのに、愉快犯で女に告白なんてするものか?」


 とここまで言いかけておいて『いや最近の若者ならばやりかねない』と思ってしまった俺が居た。リア充って奴らは恋愛をまるでゲームのようにポンポンと弄びやがる。あ、これ俺の勝手な想像だからな。

 もしこれが、冴草契に対する愛情から発生したものでなければ、これを利用して利益をせしめようとしている奴が居る、これが筋はずなのだ。ならば、冴草契を口説き落とすことで、利益を得る人物は誰だ? ……全く思いつかない。だって、俺探偵じゃないし……。真実はいつも一つじゃなくてもいいと思ってるし、じっちゃんの名にかける気もないし……。


「まぁ、理由は追々考えるとして、そのラブレターに返事はしたのか?」


「するわけないじゃん! それに、わたしには……ひ、ひめが居るわけだし」


「だよな。百合百合してるもんな」


「だれが百合百合してるだっ!」


 百合で正拳付きが一つ、次の百合で上段蹴りが一つ、してるだっ! で回し蹴りが一つ。全て俺の身体ギリギリの位置に撃ち込まれていた。一発でも食らっていたならば、俺は明日包帯を巻いて学校に行かなければならなくなっていたことだろう。


「な、なら、取り敢えず放置で良いんじゃないか?」


「それで良いの?」


「多分……」


 放置で良いのか悪いのか、そんなこと俺にわかるはずもなかった。取り敢えず、面倒なことは先延ばし、出来ることならばそのまま有耶無耶になればいい、これが俺のスタイルなのだ。


「うん。ならそうしておく」


 冴草契にしては珍しく、俺の提案を素直に受け入れた。


「あ、あと……」


「ん?」


「相談に乗ってくれて……あ、ありがとう」


「うわっ!」


 俺は驚きのあまり、その場からぴょんと飛び退いていた。


「何よ一体! ただ、お礼を言っただけでしょ!」


「いや……聞きなれない言葉を聞いたから……」


 俺の腕には驚きのあまり鳥肌が立っていた。


「失礼するわねホント!」


 冴草契は口先を鳥のように尖らせて、不満そうにしていた。

 それでも、ここに最初来た時のような、不安な感じは消え去っていた。これはきっと、俺様の力によるところに違いない。うむ、俺偉い! 俺恋愛相談をこなしちゃった! あ、後日おかしなことになっても俺には責任がないってことを、付け加えておくべきだろうか? 


「話が終わったんなら、俺は帰るぞ?」


「はいはい、好きに帰ってくださいな」


 相談が終わって結論が出るやいなや、冴草契は態度を豹変させた。もう用なしになった俺には、興味の欠片すらないのだ。

 もしここで、俺が今日桜木さんに告白されたことを告げたならばどうなるだろう……。そんな茶目っ気が顔を出したが、死にたくないのでやめておいた。きっと、この話は墓場まで持っていくほうが良さそうだ。

 

「ふぅ〜。わたしも家に帰ってお風呂入って寝よう」


 お風呂……そのワードに、ついつい冴草契の入浴シーンを脳裏に思い浮かべてしまう。いかんいかん、こんなやつのお風呂シーンなど視聴者サービスにもなりはしない。

 その時だった。

 何処からともなく、高笑いが聞こえたのは……。


「あーはっはっはっはっはっはっはっはー」


 声の一から場所を探知するに、それは上空だった。


「あーはっはっはっはっはっはっはっはー」


 なんと、高笑いの声の主は罰当たりにも、神社の鳥居の上に登っていたのだ!


「な、何なのあれ……」


 冴草契は明らかに引いていた。


「多分、新しいタイプの変態だ……」


 俺はキッパリと言い切った。

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