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108 新しい展開。


「終わった……」


 本日一学期末テストの最終日、そして最後のテストの時間が今終わりを告げた。

 色々な意味で折れてのテストは終わっていた。

 お勉強会で勉強したことは、ラストのゴリラVS鉄巨人のバトルのインパクトで全て抜けてしまうし、何故かロボに魅せられてしまった俺は、テスト前だというのに懐かしのロボットアニメのDVDを観返してしまったのだ……。

 戦闘ロボにはロマンがいっぱい詰まっていた。

 俺の頭には脳みそがいっぱい詰まっては居なかった……。

 そんなこんなで、散々な出来のままテストを終えてしまったのだ。


「おう、どうだった?」


 そんな事をお気楽口調で聞いてくるのは、事の張本人のゴリラであるところの、向日斑むこうぶちだ。

 どうやら、こいつはテストの出来はまずまずだったようだ。

 くっ、俺より出来が悪かったならば、気分も晴れようものを……。


「終わったことを聞くんじゃねえよ! 俺は未来に生きているんだ!」


 そう、もう過ぎてしまったことを悔いても仕方が無い。期末テストが終わって少しすれば、夏休みが待っているのだ。入道雲に青い空、青い海、砂浜……砂浜……。そうか、(仮)とは言え、俺は生まれて初めて彼女の居る夏休みを迎えることになるわけだ……。なんだなんだ、おらワクワクドキドキしてきたぞ!!


神住かみすみ、何だお前急にニヤニヤしだして……。正直気持ち悪いぞ……」


「うっさい! 俺には光り輝く未来が待っているんだよ!」



 ※※※※


「神住様、すみません。本日は外せない用がありまして、行かなければいけないんですの……」


 放課後、校門でいつもの様に待ちかまえていたセレスは、何処か影のある口調と表情で俺に向かって頭を下げた。何かがいつもと違う。鈍感な俺でもそれに気がつくことが出来た。何があったのか? 俺にできることはあるのか? そう訪ねたかった。


「いやまぁ、用事は大事だよ。ロリコンには幼児が大事なんつってな」


 それなに、チキン俺は文字でしかわからりづらいボケをかましてしまう有り様だった。


「それでは神住様……」


 セレスが背中を向けてゆっくりと去っていく。

 何故だろう、心が痛かった。寂しかった。切なかった。

 俺の直感なんてものは、ほとんど当たりはしないのだが、それでも俺の直感がセレスに何かがあるとアラート信号を発している。

 今ならば、まだ呼び止めることが出来る。『俺も着いて行く!』と彼氏ぶることも出来る。そう、後数秒の間にそう決意することができれば間に合うのだ。

 なのにどうだろうか、俺の足は前に進まないし、俺の喉は言葉を発しはしない。心の中では何度も

『待てよセレス』と叫んで、肩を掴んで呼び止めているというのに、現実の俺は校門の前でただセレスを見送るだけの存在でしかなかった。

 俺の心の中など関係なく、セレスは俺の前から遠ざかっていく。そして、車の乗り込んで完全に視界から消え去ってしまった。


「ま、まぁ、大した用事じゃないさ。明日になれば普通に会えるに決まってる」


 自分で自分の納得させるために敢えて言葉に出す。

 自分で自分の弱さ不甲斐なさを誤魔化すために、大した事じゃないことを祈る俺はカッコ悪い男で間違いない……。

 こういう時は、ゴリラ兄妹とアホな話でもしてスカッとしたい所なのに、こんな日に限って、向日斑と花梨は居やしないのだ。

 あの二人は、親戚との間で用事があるとやらで、俺より早く校門を出てしまっていた。

 なるほど、久々に一人での下校と言う訳か……。


 ――孤独を満喫するってのも悪くない……。そう、俺は孤独な戦士ソルジャー


 中二病全開の台詞を心の中で呟くと、俺は自転車置き場に自転車を取りに向かった。

 そう言えば、桜木さくらぎさんと、冴草契さえぐさちぎりとは、あの夜の騒動以来顔を合わせていない。

 桜木さんとのメールも、これといった要件が何も無いので、何を送って良いのかわからずに、滞ってしまっている。


『おはよう!』『お昼何食べた?』『面白いテレビ見た?』『おやすみー』


 なんて、どうでもいい事をメールしあうほど、俺はメールというものに慣れ親しんではいないのだ。

 どうも、桜木さんも同じようなタイプらしく、特別な用事でも発生しない限り、メールをしあうことは無いようだった。

 けれど、運命ってものはこの世界の存在しているようで、俺はそれに翻弄される小さな小さな存在であると、この後すぐ思い知らされることになる。



「神住さん、こんばんはー」


「え? あ、こんばんは」


 校門を出てすぐに、俺は声をかけられて振り返る。そこには、桜木さんが立っていたのだ。

 

「どうしたの? ってか、冴草契は?」


 俺は何かに怯えるように、キョロキョロと周囲を伺い冴草契の姿を探した。

 が、何処にも姿は見つからなかった。


「今日は、ちーちゃんは居ないよ。うーん、わたしとちーちゃんはいつも一緒のイメージになっちゃってるんですかねぇ~……」


「まぁ、あれだ、二人は仲良しだからさ」


「そうですけどねぇー」


 下校時に偶然の鉢合わせ。しかも、お互い偶然一人きり。そんな偶然が果たしてあるのだろうか? 何か作為的なものを感じないでもないのは、俺の勘ぐり過ぎなのだろうか?

 

「えっへへ。もしかすると、二人で帰るのって初めてですよねぇー」

 

 心なしか、桜木さんはいつもよりテンションが高いように思えた。


「冴草契抜きであうことって、殆どなかったからな。今日は冴草契はどうしたんだ?」


「うんと、ちーちゃんは、どーじょーに呼び出されたとか何とか言ってましたよ?」


「道場?」


「うん。空手のどーじょーだよ?」


「そう言えば、アイツは高校の部活じゃなくて、道場で空手習ってるんだったな」


 そこにセレスが道場破りで現れたせいで、俺とのつながりが生まれたわけだ。世の中、どこで何が繋がるかわかったもんじゃないな。

 

「一人で帰るのも少しさみしいなぁーって、思っていたら、神住さんを見かけたので、声をかけちゃったんですよぉー。迷惑でしたかぁ?」


「いや? 全然? 俺も一人で少し寂しい感じだったからさ。むしろ嬉しい……かな?」


「えへへへ。嬉しいとか言われると、こっちも嬉しいです。嬉しいが嬉しいを呼ぶ、嬉しい連鎖ですねー」


「連鎖って聞くとぷよぷよのイメージで、消えちゃうとか思っちゃうんだよなぁ……」


「あ、わたしぷよぷよ知ってますよぉー。ゲームは殆どやったこと無いから、名前だけですけどねー」


「そっか、桜木さんはゲームはやらないのか?」


「はい! ゲームをやると不良になるーって、小さい頃思ってて、それで……」


「何時の時代の人間だよっ!」


「えへへへへっ」


 屈託のない笑顔と、他愛のない会話がずっと続いていた。

 こういうのは嫌いじゃない。

 電波テレパシーの事を気にしなくて良くなったおかげで、俺は桜木さんと気楽に会話をする事が出来ていた。

 とは言え、手を胸の前で組んで目をつぶって、必至に何かを訴えかけるあの仕草が見られないのは、寂しくもあったのも確かだった。

 

「そうだ、あそこ寄って行きませんか?」


「ん?」



 ※※※※※


「えへへへ、テストも終わったことだし、少しはゆったりと時間を過ごさないとーって思いましてっ」


 俺たちが向かったのは、桜木さんが予想外にブランコでアクロバティックな動きを見せた公園だった。

 前と同じく、この公園は本当に人気がないらしく、人っ子一人いやしなかった。

 

 ――もしかして、この公園って俺たちが知らないだけで、何かいわくつきのヤバい公園なんじゃなかろうか……。


 そう考えだすと、そこらにある遊具がすべて殺人アイテムに見えてくるから不思議である。

 あの砂場なんか、実は底なし砂場で、地下帝国に通じているとか……。滑り台は、滑り降りた先に鋭利な刃物が飛び出てくるとか……。こえぇええ、公園マジこえぇぇ!

 そんな事を考えている俺のことなど露知らず、桜木さんは前と同じようにブランコに腰掛ける。俺もそれに付き合うように、その横にあるブランコに腰掛ける。

 

「わたし、あの時のこと覚えているんですよ」


 ブランコをゆっくりと漕ぎ出しながら、桜木さんは思い出すように呟いた。

 覚えている? ああ、あれだろう、俺が桜木さんのパンツを見てしまったアレのことに違いない。

 そう俺はこの公園で、不可抗力とはいえ、桜木さんの縞パンを見てしまったのだ。まさか、ここでその話を蒸し返してこようとは……。なんて恐ろしい子……。

 

「わ、わたし、ここで神住さんに……」


 いかん、俺がパンツ覗き魔であることを、今らさ蒸し返されてしまうなど、俺のノミの心臓が耐え切れない。俺はその言葉を遮ろうとして、桜木さんの前に腕を突き出して、ブランコを静止させる。そして……。


「パンツのことはいいじゃないかっ!」


 ストレート極まりない言葉で、桜木さんの言葉を押しとどめさせたのだ。

 その事話を聞いた桜木さんは、キョトンとした顔で小首を傾げる。

 

「え?」


「は?」


 二人が顔を見合わせた状態でフリーズした。


「あの、わたしが覚えているっていうのは……そ、それじゃなくてぇ……。う、うわぁぁぁん、あの事も思い出しちゃったよぉぉォォ……」


 桜木さんが両手で顔を抑えて必死で隠そうとする。


「それじゃなかったの……」


「はい……。でも、思い出しちゃいました……」


 桜木さんの声が、心なしか涙声だった。

 もし、ここに冴草契が居たならば、俺の命が危うかったことだろう。ほんの少しのたんこぶで、バーサーカーのように襲い掛かってくるのだ。泣かしたなんて事がわかったら、どうなることか…‥想像したくもない。

 桜木さんの心が落ち着くまでの間、俺はヒューヒューと吹けもしない口笛を吹くマネをして、間をもたせるのに必死だった。

 

「ふぅ……。わたしって駄目ですよねー。打たれ弱いっていうか、情けないっていうか……」


「いやいや、そんなこと無いって! 今のは確実に俺が悪いんだもん」


「そうですかぁ?」


「そうそう、俺が悪い」


「そうなんですかぁ?」


「うん、間違いない」


「……じゃ、神住さんが悪いってことで」


 桜木さんが上目遣いで俺を見つめる。


「おう!」


 俺は元気の良い返事を返した。


「良いお返事です」


 桜木さんは、またゆっくりとブランコを漕ぎ始める。前をしっかりと見据えるその姿は、何かしらの決意の表れのように見えた。

 

「あのですね。わたしが覚えているって言ったのは……。神住さんが、わたしのことを……か、かわいいって言ってくれたことです……」


「あ……」


 桜木さんのブランコを漕ぐ速度が急激に早くなる。まるで、桜木さんの鼓動が早くなっているのを比喩表現しているかのように……。

 ブランコはみるみるうちに高く高く登っていき、遂には垂直の角度まで達しようとしていた。

 

「えいっ!」


 ブランコが一番の高さに達した時、桜木さんは自分の身体を放り投げるように、ブランコから飛び出した。そして、空を駆けたのだ。そう、まるで背中に羽の生えた妖精のように……。

 その姿を見ている時、俺は時間が止まっているような感覚を感じていた。

 俺の網膜に焼きついたその姿は、時間という概念を無視してずっとのその場にあり続けているようだった。

それはきっと、ほんの一瞬を少しでも長く残しておきたいという俺の思いが、脳が最大レベルまでクロックアップさせたに違いない。

 しかし、そんな時間はすぐに終わる。

 桜木さんは、近くの砂場に見事に着地を決めると、こちらを振り向いて……。


「わたし、あの時思っちゃったんです。感じちゃったんです……」


 そこで一度言葉が止まる。

 桜木さんは、握りこぶしを作ると、フンっと勢いをつけるようにして脇を締めた。そして、俺の方を向き直すと、ふぅ〜っとお腹の中の息を吐ききった。これは冴草契の空手の動きをマネしているのだろうか?

 そして、決意と熱意の篭った眼差しでこちらを見つめると、口を開いたのだ。


「わたし、神住さんが好きです」


 俺の脳内の時間は、またしても止まってしまったのだった。 

 

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