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104 メールって難しい。


 俺は家に帰る途中で、自転車を神社に放置していたことを思い出した。

 流石に歩いて家まで帰るのは辛かったし、明日の学校への通学にも必要なため、自転車を取りに行かなければと、疲れ果てた足取りで神社へと向かった。

 あまり良く知らない夜の街を、一人で歩いていると妙な気分になったりもするものだ。

 なんか急に格好つけてみて『ふっ、そうか……風がそう教えてくれるのか……』なんて、四大精霊の一つシルフと会話をしてみたりもしたくなるのが、極々普通の男の子というものだ。

 まぁ、実のところはそんなことでも考えてないと、俺の脳みそは疲労に支配されて、一歩も動けなくなりそうだったからなのだけれども……。

 七月の生暖かい風は、俺の疲労度を更に増してくれたし、じんわりとにじむ汗は不快感を上昇させもしてくれた。

 そこに舞い込んだ、一筋の清涼剤、それが……。


『初メールです。お家にちゃんと着きましたかぁ〜?』


 桜木さくらぎさんからの、初めてのメールだった。

 そう言えば、俺は冴草契さえぐさちぎり金剛院こんごういんセレスと、二人の女声とメールをしていたわけだが、冴草契とは桜木さんとの待ち合わせ情報か、どこかに呼び出されてフルボッコかのメールしかなかったし、セレスとのメールは、俺が電話とメールをすると、アレがアレしてアレレレーになる秒だというわけの分からない設定を付けてしまったために、ほとんどメールをすることがなかった。

 そう考えてみると、これが初めての女の子との普通のメールになるのかもしれない。 

 初めて……その言葉に、トキメキを感じ始めている俺がいた。

 俺は慌ててメールの返信文章を考えた。

 

 ――普通に考えたら『メールありがとう、まだ着いてないよー』とかで良いだろう。それとも、小粋なジョークの一つでも交えるべきだろうか? はたまた、カッコイイ文章にすべきだろうか『ふふふ、我はまだ帰路へと至る途中なり、深淵の闇に導かれ煩わしきシルフの熱風の児戯に苦しんでおるわ』……うむ、これは俺が中学の頃に、クラスの連絡網で初めて女子からメールが来た時に、つい調子に乗ってやっちゃった時と同じになることは明白なのでやめておくことにしよう……。


 結局のところ、至ってシンプルな内容のメールを返信しておいた。

 世の中というものは、たいてい無難が好まれるものであり、奇抜なものは淘汰される宿命を背負っているのだ。

 神社まであと少しというところで、またしてもスマホに桜木さんのメールが着信した。

 

『お返事ありがとうですー。そう言えば、外から聞こえてきていたんですけど『好きだァァァァ』って叫び声は、神住さんですか? よく似た声だと思ったんですけど……』


 俺の頭から血の気が引いていくのを感じた。

 まぁそりゃそうだよな。あんだけ大絶叫したんだから、桜木さんどころか、近所数件には俺の声が聞こえておかしくはないだろうさ。

 自分の命を守るためとはいえ、代償は大きかったようだ……。

 えぇい、神住久遠! ここは落ち着いて返事をするんだ。上手く誤魔化すんだ。

 メールを打つための指先が震えてまともに打てやしない。そんな時、またしてもメールが。


『あれって、もしかしたら、ちーちゃんに言ったの?』


 更に数分後に。


『でも、神住さんにはセレスさんが居るよね……。もしかして、二股なの……?!』


 いかぁぁぁん! メールの返事が遅れるたびに、桜木さんの想像力は翼をはためかせて、とんでもないところに飛んでいってしまう可能性がある!

 この次辺りには、俺と忍者が同性愛者だというところまで到達してしまう可能性がある。まぁ、忍者大好きなんですけどねっ!


『あれはですね。《お前が好きだあああああああああっ》と聞こえたかもしれませんが、実際は《オーマイガッ! 隙ありだああああああああっ》と叫んだんですよ。トレーニングしていた冴草契があまりにも隙だらけだったんで、そんなんじゃ空手家として立派になれないぞ! という意味で、活を入れたんだよ! まぁつい興奮して叫んじゃったから、変なふうに聞こえちゃったのかもねー』


 頑張った。俺ってば超頑張った。自分で自分をイイコイイコしてあげたい。

 人事は尽くした、あとは天命を待つのみ……。俺は桜木さんからの返信メールを待った。


『そうなんですねー。じゃ、わたしそろそろ勉強をしないといけないので、またですよー』


 このメールから『可哀想だからそういうことにしておいてあげる。あと、もう言及しないから気にしないでね』的なオーラを感じるのは俺の深読みのし過ぎだろうか……。

 兎に角、勉強をしている相手に、これ以上メールをするわけにも行かず、俺は先ほど異常に疲れきった足取りで自転車の回収に向かうのだった……。



 ※※※※


「いてててっ」


 足の筋が突っ張っているのがわかる。

 昨日の大逃走劇で、俺の貧弱な身体はもうぼろぼろだった。

 それでも、高校生という身分である俺は、学校へと通わないといけないわけで……。こうして、今日も男子だらけのクラスの中に、無個性の塊として椅子の上に鎮座しているのである。

 どうやら、クラス内での話題は、すぐそこまでに迫ってきている一学期末のテストのことで持ちきりだった。

 

「そう言えば、桜木さんも勉強頑張ってるみたいだったなぁ……」


 俺は机の上に肘をついて、自分はまるでテストと無関係ですという風を装っていた。

 ちなみに、俺の成績は中の中といったところだ。可もなく不可もなく。このままで行けばFランク大学ならば、ギリギリで滑り込めるかといったところなのだ。


「お前えらく余裕だよな」


 俺の背後からウホウホと現れて、声をかけるのは向日斑むこうぶちだ。

 

「余裕っていうか、なるようにしかならないっていうかな……。まぁ潔い男だと思ってくれ」


「褒める要素皆無なのに、何でお前はそんなに上から目線なんだ……。ある意味尊敬するわ」


 ちなみに、このゴリラはゴリラのくせに成績は優秀である。クラスで五位以内にはいつも入っている。能あるゴリラはバナナを隠すのである。隠されてるバナナって……なんかイヤラシイな……。


「高校二年にもなったことだし、少しくらいは将来を考えて、勉強をした方がいいんじゃないのか?」


「はぁ、そんなもんかねぇ……」


 将来?

 俺の将来は、オーラロードに導かれて、異世界に行くことだったんだが……。それが叶わぬと分かった以上、何をして良いのか未だにまるで検討がつかない。

 今日の放課後にでも、オーラロードが開いてくれないだろうか……。

 


 ※※※※


「お勉強会をひらきましょう!」


 開かれたのは、オーラロードではなく、金剛院家でのお勉強会だった。

 放課後、いつもの様に待ち構えていたセレスは、俺と向日斑から期末テストの話を聞くと、自宅でのお勉強会を提案したのだ。

 

「うちのメイドの赤炎せきえんは、調教する……コホン、お勉強を教えるのがとても得意なのですわよ」


 今なんか、SMの女王様っぽいワードが飛び出た気がするのは気のせいだろうか。


「ウホウホ、勉強も教えてもらえて、さらに七桜璃さんにも会える! なんて素晴らしいんだお勉強会!」


「え? あなたも来るんですの?」


「え?」


「え?」


 セレスと向日斑は顔を見合わせてしばしフリーズする。

 どうやら、セレスのやつは俺と二人っきりというのを狙っているようだった。


「え? 花梨かりんは? ねぇねぇ、花梨は入ってるのぉー?」


 何処からともなく現れた、巨乳美少女中学生花梨は、セレスと向日斑の間に強引に割り込んで、自己主張を始めだしていた。

 

「ねぇーねぇー。花梨はー?」


 鬱陶しく左右にピョンピョンと飛び跳ねる花梨。その度に、オッパイがプリンのようにプルルンプルルンとするのはもはやお約束と言えよう。

 俺はその素晴らしい光景を目を細めて眺めていた。

 

「もぉー、鬱陶しいですわ! 好きになさいなさいな!」


「わぁい、花梨も行っちゃうんだぜい」


「そう言えば、向日斑」


「なんだ、神住?」


「花梨は勉強はできるのか?」


「……俺が思うにだな、脳みそはオッパイとお尻に吸い取られたんだと思うんだよ……」


「なるほど……」


 どうやら、花梨は類まれなる美貌と引き換えに、あまり頭が良くないようだった。

 こうして、俺とセレス、そして向日斑と花梨。この四人での勉強会が開かれることになったのだ。


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