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103 電波じゃなくて言葉で。


「ここからどれくらいで着くんだ?」


「運が良かったな、ここからなら五分ほどで着く」


 俺は全力疾走を続けながら、迫り来る冴草契に怯えていた。

 忍者のばらまいた桜木さくらぎさんの写真をすべて回収した冴草契は、目をサーチライトの様に光らせて、口からはフシュルルルル~と暗黒魔界の瘴気のような空気を吐き出しながら、こちらを追走してくる。

 もはやこれは女子高生どころか、人ですら無い。

 愛や恋は人を変えるとよく言うが、人を人でないものにまで変えるとは思っても見なかった……。


「なんでこうなった……」


 ファミレスで俺が忍者の仮面をかぶらなければ、桜木さんを変に意識しなければ、こんな事にはならなかった。


「知っているか神住。お前の選んだ選択肢はだいたいカオスに繋がると相場が決まっているんだぞ……」


 そう言えば、俺はギャルゲーをプレイしていていても攻略サイトを見ない場合だと、いつもバッドエンドに突入していたっけ……。

 女性との付き合い方に才能があるとするならば、俺にはそれが欠落しているに違いない。

 しかし、今はそんなことを悲観している場合ではない。

 命がかかっているのだ!


「かーみーすーみーーーーーっ。オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」


 どこぞのスタンド使いのような怒声を上げながら、冴草契はグングンこちらに近づいてくる。

 だが、俺と忍者も確実に桜木さんの家に近づいているのは確かだ。俺たちが捕まるのが先か、ゴールの到着するのが先か……。スリリングなゲーム展開に、俺の身体からは嫌な汗が出ずっぱりだ。


「見えた! あそこがそうだぞ!」


 忍者の指差す先に見えるのが、俺たちのゴール桜木邸だ。

 ゴールを視認して安心したのか、ここで俺の正常な判断力が戻ってくる。


「こんな夜中に、汗だくになってハァハァ言っているような男子高校生が訪ねて行ったら、確実に変質者扱いされるんじゃないだろうか……」


 もし俺が、桜木さんの親だったならば、娘に合わせるどころか、すぐさま追い出して警察に通報だろう。

 

「ふん、そこはボクに任せておけ……」


 忍者は某変身ヒロインのようにクルリとターンを決めると、まるで体中にロープが絡まりつくようにして忍者装束から一瞬にしてゴスロリサマーヴァージョンへと変身を完了させたのだ。

 変身を完了させた時に、かわいく決めポーズを取ることも勿論忘れてはいない。

 俺は無意識の内に感動の涙を流していた。だが惜しむらくは、あまりにも変身スピードが早すぎて、着替えの一部始終を視認することは出来なかったことだった。くそぅ、老紳士ブラッドさんならば、確実に録画してスロー再生で編集するだろうに……。


「ってか、変身したのはさておいても、どうしてゴスロリ衣装を持ち歩いているんだよ」


「こ、これはだな……。もし、またあのゴリラに遭遇した時のために、い、一応持っているだけなんだからな! 勘違いするなよ! 女装が気に入ったとかそういうわけじゃないんだからな!」

 

「これが生ツンデレか……」


「誰がツンデレだ! ボクは本心から言っているんだからな!」


「そうだな、ツンデレはみんなそう言うよな」


「バーカ! バーカ! ウルトラバーカ!」


 かわいい忍者とお馬鹿なやり取りをしている間にも、冴草契は迫り来る足を緩めてはくれない。

 

「桜木さんを呼び出すのは、お前に任せた! 俺は少しでも冴草契の足止めをする!」


「死ぬなよ? もし死んだら、ボクがお嬢様に怒られるんだからな!」


 忍者は桜木邸の門を開けて、玄関へと向かう。

 俺は足を止めて、目前まで迫る冴草契に対峙することにした。

 みるみるうちに迫り来る冴草契は、まさに死神だった。俺の小さい頃からの記憶が、走馬灯のように蘇ってくる。

 冴草契は拳を弓のように引き絞りながらこちらに向かって疾走を続けてきている。この速度で拳を叩き込まれた日には、俺の顔は原型を留めないこと必至だろう。 

 数秒でもいい、時間を稼がなければ……。

 冴草契の足を止める一言を、意識の外からくる意表をつく一言を……。

 脳内のシナプスがスパークして熱を上げる。もうこうなったら、なんとでもなれや!

 

「お前が好きだあああああああああっ!!」


 俺は叫んだ。心の篭っていない愛の叫びを……。

 何故こんなことを叫んだのか、勿論わかるはずもない。なんとなく、なんとなく口から出てきた言葉なのだから仕方がない。

 だが、予想外にも効果はあった。

 怒りに満ちた冴草契の足が、俺の目の前で止まったのだ。

 

「あ、アンタ、何言ってんのよ! ば、馬鹿じゃないの! そ、そう言うの冗談でもやめてもらいたいんですけど!!」


 頬を赤らめているのは、きっと全力疾走を続けてきたからに違いないし。なんだか、照れてどもっているものも、息が整っていないからに違いない。魔神から女らしい顔立ちになっているのも、きっと夜だからよく見えていないからに違いない。

 そう言えば、面と向かってこんな盛大に『愛している』なんて事を言ったのはこれが初めてだ。まさか、その相手が冴草契になろうとは……人生とは本当にままならないものである。

 

「安心してくれ、冗談だから」


「……」


 俺は真実を伝えて、相手を安心させてやろうという、優しさから言ったのだ。なのにどうだろうか、冴草契は今までを凌駕するほどの、暗黒魔界の王のような禍々しいオーラを身にまといだしているではないか。

 

「殺す」


 万策尽きた。

 遂に冴草契の拳は俺の顔面をとらえた……と思った刹那。


「ちーちゃんなにしてるの?」


 その言葉に、冴草契の拳が俺の鼻先スレスレで急ブレーキを掛けて静止する。


「え? あの? その? え? 姫!?」


「うん。ちーちゃん、どうしてそんな格好してるの?」


 空手道着を着ている冴草契を不思議に思った桜木さんは、口元に人差し指をあてがいながら、小首を傾げた。


「えっと、あの、その……と、トレーニングかなぁ……え、えへへ」


「そっかー。でも、どうして神住さんたちも一緒なの?」


 桜木さんの疑問は募るばかりだった。

 横には、ゴスロリ忍者が『ドヤァ』とばかりに、自慢げな顔をして立っている。どうやら、桜木さんを呼び出すことに成功したことを褒めろよ! と顔で語っているようである。

 

「ほんと、玄関でかわいい格好の七桜璃君を見てびっくりしちゃったよ。そんで、言われるままに外に出たら、神住さんと、ちーちゃんがいるんだもん」


「あ、あはははは」


 俺は笑うことで、細かいことを全部スルーしてかわそうと思った。

 しかし、俺のその場しのぎの為の『好きだああああ』発言は、聞かれずに済んだのだろうか? そこだけが心配だった。

 

「グ、偶然、トレーニング中に会っただけなんだよ。うんうん、そうなんだよ。な? 神住?」


「そうそう、本当に偶然」


 ここは冴草契に話を合わせておくのが得策だろう。余計な一言は、またしても死を招きかねない。

 

「それじゃ、七桜璃くんはどうしてそんな格好で、神住さんたちと居たの?」


「そ、それは……」


 忍者が返答の困って、助け舟を求めるようにこちらに視線を向ける。

 うむ、今まで助けられてばかりだったのだ、ここは一発俺の機転の効いた台詞で助けだしてやらなければ!

 

「あはははは、忍者……七桜璃くんは、あれ以降女装にはまっちゃってさー。夜にコッソリ女装して町を歩くというスルリがたまらないらしいんだよねぇ。でも、さすがに一人だと何かあるとまずいからっていうので、俺が着いてやっているんだよ!」


「な! キサマ! ボクはそんな趣味は……」


「へー。そうだったんだぁー。うんうん、いろんな趣味があるんだから、女装だって立派だと思うよ! だって、こんなにもかわいいだもん」


「いや、だから、違う……」


「だろー? 思わず抱きしめたくなる可愛さだろ?」


「うん。女のわたしでも抱きしめたくなっちゃうよー」


「……」


 忍者は観念したかのように、何も言わなくなってしまった。

 こうして、俺の機転の効いた台詞によって、忍者の不審な点はすべて問題なくなったのだ。

 ただ、気になるのは……。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」


 と、まるで呪文のようにつぶやいていることだった。

 あれ、一難去ってまた一難とはこの事なのかなぁ……。

 

「わ、わたしはトレーニングの続きするから、また明日ね!」


「うん、ちーちゃんまた明日ー」


 冴草契は逃げるようにこの場から走り去っていった。


「ボクもお嬢様のもとに戻らないといけないので……殺す。それじゃまた……殺す」


 まるで語尾に特徴のあるキャラにような話し方をしながら、忍者もまたこの場から去っていった。

 そして、ぽつんと取り残された、俺と桜木さんは……。


「あ、あのさぁ、今日はゴメンな」


「ん? どうして?」


「いや、冴草契から聞いたんだけど、頭を打ってコブが出来たって……」


「ああ、そんなの全然平気だよぉー。わたしそこまで弱い子じゃないよ」


 エイエイっとガッツポーズを取って、元気さをアピール。


「……神住さんには、そんなに弱い子に見えてるのかなぁ……」


「そ、そんなこと無いよ! でも、あの……。学校であんなことあったからさ……」


 俺の脳裏に、あの渡り廊下での出来事が鮮明に思い出される。

 きっと、桜木さんの頭の中にも同様に思い出されているに違いない。


「……電波テレパシーの事はね。もういいんだよ。それはね、わたしが勇気がなかったからなんだ。自分の口で言えばいいことも、全部電波テレパシーで伝わればいいなぁーって、そんな楽をしようと思っちゃってたんだもん」


 なにか遠い昔のことでも振り返るかのように、桜木さんは遠い目をしていた。


「そ、そんなこと無いさ。俺だって、もし魔法が使えたらとか、念力が使えたら、なんて事をよく思っていたもんだ」


 出来もしないものに頼りたくて、一人部屋にこもって修行と称して馬鹿なことに打ち込んだのは、今となっては完全に黒歴史だ。だが、どこかそんな自分が好きでもあった。


「あはっ、そうだと思った」


 桜木さんは悪戯っ子っぽく笑った。


「え?」


「なんかね、神住さんとわたしはそこら辺が少し似ているかなぁ~。なんて思ってたんだ」


「そこら辺は似ないほうが良いところだよな、多分」


「そうかも」


 お互い顔を見合わせて笑いあった。


「そうだ」


 思いついたように、桜木さんは手のひらをポンと鳴らした。


「どうした?」


「あのね、よく考えたら、電波テレパシー電波テレパシーって言ってて、わたし神住さんのメアドとか知らないなぁーって」


「そう言えばそうだったな」


「良かったら、あの……」

 

 もじもじとしながら、桜木さんはスマホを俺の方に差し出す。

 こうして、俺と桜木さんはメールアドレスを交換した。

 そして、他愛もない会話を数分続けると、そのままお別れの挨拶をしたのだった。


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