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101 激烈百合馬鹿!


『今日も色々なことがあった』


 なんて事をモノローグ的な呟きをして、飯を食って風呂に入って寝てしまうという俺の計画は、ある一本の電話によって潰されてしまう。

 俺は自分の部屋のベッドの上にいつもように寝転がりながらその電話に出た。

 この時、俺が着信者が誰なのかと確認しなかったことが後々の要因となる。


「今すぐ、この前の境内まで来い」


 ドスの利いた声だった。

 誰からの電話か? 考えるまでもなく、冴草契さえぐさちぎりである。

 怒りを露わにしているのではなく、ギューッと押し込めて圧縮させたような雰囲気が、電話越しからでも十二分に伝わってきた。


「えっと、もし行きたくないと言った場合は……」


 こちらは、ケージの隅っこに丸まって震えているハムスターのように弱々しい言葉で返す。

 冴草契も人間である。辛そうに見せれば『じゃ、今回は辞めておいてやる』なんてことになるかもしれない。


「今すぐ、この前の境内まで来い」


 一言一句同じ言葉を、まるで録音したものをもう一度再生したのかと思うほどに、正確に言い直されてしまった。


「もう夜ですし、遅いですし、危ないですし、おすし?」


「今すぐ、この前の境内まで来い」


 冴草契は、ロボットのように同じ言葉を繰り返すばかりだった。

 こいつはあれか、ドラクエとかで居る何を話しかけても『ここは◯◯の街だよ』しか答えない系のNPCにでもなってしまったのか!?

 ならば試してみようではないか……。


「いやー今日も暑かったですねー。アツはナツいな~なんてねー」


「今すぐ、この前の境内まで来い」


「実は俺、ショートパンツの微妙にできる、太ももの辺りのシワが大好きなんだ……」


「今すぐ、この前の境内まで来い」


「おちんちんぺろぺろー」


「……殺すぞ」


「ヒィィィィィィ」


 俺は電話を手に持ったまま悲鳴を上げた。

 この『殺すぞ』は、脅しの言葉などではなく、本当に俺を殺そうと心の奥底から思っている言葉だった。

 危うくおしっこをチビリかけてしまいそうになった俺は、身体の震えを何とかして抑えると、こう答えたのだった。


「よ、喜んで今すぐに向かわさせていただきます! 先ほどの妄言の数々は平に謝ります」


 スマホを片手に、土下座する男。それが今の俺だ!


「……」


 何の返事をすることもなく、冴草契の電話は切れた。

 急がねばならない、大至急で書ける準備を完了させて、境内に向かわなければならない。

 さもなければ、俺は殺される!

 何がどうなって、冴草契があそこまで大激怒してるのかさっぱりわからないが、事実そうなってしまっているのだから仕方がない。

 逃げるという選択肢も、無いわけではないのだが……。果たして逃げ切れることが出来るのか……。体力勝負になれば、百パーセント負けるのは目に見えている。

 本当ならば、何があっても良いように、万全の準備を整えてから向かいたいところだが、今はそれよりも速度を優先せねばならない。

 

『わたしの予想より三秒遅かったわね……殺すぞ』


 なんて事にならないとも限らないのだ。

 俺は取るものも取らずに、着の身着のままで家を出た。

 そして、マイ自転車にまたがると、ケイデンスを最高まであげて境内に向かったのだ。



 ※※※※


「ハァハァハァ……」


 息が切れる、今にも口から肺が飛び出しそうだ。

 自転車を最大速度で飛ばした後に、この境内までの石段を登っているのだから、元々体力のある方ではない俺が、ボロボロに疲弊するのは当然のことだった。

 それでも俺はこの石段を登らねばらない。

 登れ俺、殺されないために……。

 

「つ、着いた……」


 今すぐにその場に座り込んでしまいたいほどに、足腰は消耗していたのだが、気合を入れて顔を上げてみるとそこには……。


「……」


 無言で腕を組んでの仁王立ち、しかも出で立ちは空手道着。

 

「お、おう! い、急いできたんだぞ? 猛スピードできたんだぞ? 頑張ったんだぞ?」

 

 俺の超頑張ったアピールは、冴草契の心に届くどころか、視覚聴覚ともに届いていないようだった。


「今日、アンタがファミレスでやらかしたことが、どういう結果を招いたか……」


「え?」


「わかっないのよね? わかっているはずなんてあるわけ無いのよね……」


「あ、あの、その……」


「だから、それを身体に直接教えてあげる……」


「!?」


 冴草契が一歩前に踏み込んだ。と思った時には、すでに俺の目の前にいた。そしてそれに気がついた時には、冴草契の右拳が俺の腹にめり込んでいたのだ。

 俺の身体がくの字に曲がり、口の中から胃液が飛び出す。

 続けて、左の突きが同じく腹部に叩きこまれた……と思う。

 何故ならば、その時点で俺は気を失っていたからだ……。

 

 ……

 ……………

 …………………………


「うわっ!?」


 俺が目を覚ましたのは、顔面めがけて冷水をぶっかけられたからだ。

 冴草契は、小脇にどこからか持ってきた桶を抱えて俺の前に立っていた。


「目を覚ましたわね? なら、続きを始めましょうか」


「待て! 待ってくれ! り、理由を、理由を教えてくれ!」


「理由? アンタがあのファミレスで何をやらかしたかは、身体で教えてあげるって言ったでしょ?


「た、頼む! 身体よりも、言葉で教えてもらえないだろうか……」


「……わかった。教えてあげる。アンタがファミレスで煙玉を投げたせいで……」


 いや待て待て、それを投げたのは忍者であって俺ではない。と、今ここで言っても仕方がないので黙って話を聞くことにした。


「驚いたひめが……倒れて頭を打って……」


「おい! それ本当なのか!?」


「わたしが姫のことで嘘をつくと思ってるの!」


「……」


 思わなかった。冴草契はもし自分が殺されるとしても、桜木さんに真実を伝え続けることだろう。


「わかった? わかったなら、続きは身体で教えてあげる!」


 冴草契は身体を後方へと捻り上げると、その反動を利用して蹴り足をこちらに向ける。後ろ回し蹴りというやつだ。

 そう理解した瞬間には、俺の身体は遥か彼方に吹き飛ばされている……はずだった。なのに、俺の身体は何のダメージもなくピンピンしている。

 それは……。


「ふんっ、どうしてボクがこんなことをしなきゃならないんだか……」


 その蹴り足は、突如現れた忍者によって完璧にガードされていたのだ。

 夜の闇に現れた夏用コスチュームの忍者。月明かりに照らされて、それはとても神秘的なもののように見えた。


「に、忍者ァァァァァ!!」


 目の前に現れた忍者を見た俺は、窮地を救ってくれた感謝の気持を込めて、飛びついて抱きしめてスリスリしようとしてしまった。そう、これは命の恩人に対する感謝の行動であって、他意はまるでないのだ!

 が、その愛の抱擁は忍者のカウンターアタックによって潰されることになった。

 

「うぐぅ……」


 俺は潰れたヒキガエルの様に、無様に地面を舐める形になった。

 

「アンタは邪魔しないでよ、わたしはそこで潰れてる糞男に用があるんだから」


「そうはいかない。ボクはお嬢様にこの糞男を守るように命じられているんでね。本当は、こんなやつギッタギタのメッタメタになったほうが良いんだけれど、お嬢様の命令は絶対なんだよ」


「いや、あの、事の発端は忍者の投げた煙玉なんだけども……」


「コホン! そんな訳で、これ以上この糞男に攻撃を続けるとするならば、ボクが相手をすることになるけれど、それでもいいのかい?」


 どうでもいいが、さっきからこいつら俺のことを、糞男、糞男と連呼しやがって、そのせいでウンコに行きたくなってきたじゃないか! どうしてくれるんだ! この辺りにトイレあるんだろうか……。

 俺がトイレを探そうとしてる時に、すでに両者の戦いは火花をきって落とされようとしていた。

 いけない、このままではどちらかの血を見ないでの決着はありえなくなってしまう。そうだ、俺のせいで、桜木さんが怪我をしたというのならば、俺が誠心誠意心を込めて桜木さん、または冴草契に謝罪をすれば良いのだ!

 

「ちょっと、ちょっと待ってくれ! もう少しだけでいいから、話をさせてくれ!」


 俺は嘆願書を持った田中正造のように、決死の覚悟で火花舞い散る二人の間に割って入った。

 両者から発せられる闘気のオーラに当てられて、俺は思わず身体が竦んでしまう。


「何? 助太刀まで呼んでおきながら、今度は時間稼ぎもするつもりなの?」


 俺の言葉など、聞く耳持たぬと言った風に、冴草契は構えを解こうとはしてくれない。


「違う! 俺が悪いならきっちりと謝りたいんだ! 桜木さんは今どうしているんだ? 病院に入院しているのか?」


「姫は……。今は家で寝ていると思うわ」


 冴草契は低い声で語った。


「寝込んでいるのか?」


「いいえ? 姫はいつも十時過ぎには寝るから、そろそろ就寝の時間なのよ」


「そ、そういうことじゃなくてだな、怪我の具合をだな……」


 何かがおかしい。そんな雰囲気を俺は冴草契の言葉から感じ始めていた。


「口にだすのも恐ろしいわ……。あんなかわいい姫の頭に……小さなコブが出来たなんて……」


「は? コブって、たんこぶの事なのか?」


「そうよ! 一ミリくらいは盛り上がっていたわ……。ああ、思い出しただけで痛々しい……」


 冴草契は、悲しい場面を頭の中から消そうと、左右に頭を振っては悲しみに暮れていた。


「い、一ミリ……。一ミリのたんこぶって、ほとんど外傷無いんじゃ……」


「はぁ? アンタ何言ってるの! 至高の姫の頭に一ミリのたんこぶ! それが大罪でなくて何が大罪だっていうの! そんなの確実に死刑でしょ!」


 そうだった、そうだったのだ! 忘れちゃいけない! こいつは激烈百合馬鹿なのだ!

 愛してやまない桜木さんが、ほんの少しの擦り傷を負っただけでも、相手を殺しかねないくらいの超絶百合百合キチ◯イなのだ。


「お、おい、神住。この女の人、なんだかとっても怖いんだけれど……。どうしたらいいんだ」


 あの忍者が、いつも冷静沈着を胸としている忍者が、怯えているではないか。こんなところを見るのは、スーパーゴリラ人となった向日斑むこうぶちが、抱きついた時以来だろう。

 どうやら、忍者といえども、ド変態には弱いようだ。

 

「どうしたら良いか聞きたいのは俺の方だ! と、兎に角、ここは一時撤退するのが得策だ!」


「そうそうだね。このままだと、わけがわからないことになりそうだし……」


 激烈百合馬鹿となった冴草契は、ジリジリと間合いを詰めてくる。その重圧が俺と忍者の肌にヒリヒリと伝わってくる。

 

「今だ!」


 忍者は懐に手を入れる。

 俺の視線はその手を入れられた時にほんの少し出来る隙間に集中される。

 そこから取り出したのは、あのファミレスで使ったものと同じ煙玉。

 忍者はそれを勢い良く石畳に投げつけると、みるみるうちに周囲は黒煙でみたされる。


「今のうちだ!」


 俺は忍者の小さな手を引かれて、境内を後にしたのだった。


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