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番外編2‐4

わりと勢いよく飛び込んでしまった私をしっかりと受け止めてくれた。私の名前を呼ぶ声に戸惑いの色が感じられたけど、そのまま包まれる事をゆるしてくれた。

体の間から腕を抜いて背中に回す。私の背中と腰に回されている腕の力が強くなった。

胸につけていた顔を上げると目が合う。顎先を上に向けると顔が近付いてきて唇が重ね合わされた。その感触と温かさにホッとする。私よりも20cmも高いから立ったまま長い時間重ねているのは少し疲れてしまう。それでも今はこの温もりを放したくなかった。




二階にいる三人が下に来る気配はない。

まだまだ離れたくないけど、そうも言っていられない。やらなければいけないことがあるのだから。


「和維くん達に謝りに行きましょうか」

「そうだね」


謝りに行くのに何故かお互い笑ってしまう。朝から何やっているんだろう私達。

ふと思い出す。

滅多に見ないが、たまに家族で恋愛ドラマを見ている時にお母さんが色々と突っ込みを入れている―――結婚はスタートなのよ。遅くなればなるほど、価値観や生活習慣のすり合わせが大変になるんだからあんまり遅くならないようにね―――そんな事を言っていたこともあった。―――男の人の子供が好きは気をつけなさい。子供と遊ぶのが好きであって、面倒な所は女性に任せきりにするんだから―――そんな事を言ってお父さんを困らせていた事もあった。

改めて知る。私達はまだスタートラインにさえ立てていないと。

すっかりトリップモードだったらしく、周りの音が全く聞こえてなかった私の耳を雅さんがパクッとしてきた。驚き過ぎて声も出ないで目を見開く私に、「オレを置いて行かないで」と悲しそうな声で耳元に囁いた。悲しそうな声で遊ばないで下さい。声と行動が合っていません。そんな事じゃ騙されませんよ。

フゥと一呼吸つく。


「結婚がスタートなら、スタート地点に立つだけでも大変なんだなって。ちょっとそんな事を考えていました」

「ふふっ、唐突だね。

その辺はタイミングと勢いもあるよね。けど、大丈夫な自信あるよ」

「そうですね」


言ってはみたものの、今はそれを考える時じゃないと思い、肯定の返事を返しておいたけどおざなりだったのは見え見えだった様で…。


「はぁ~っ…。まだ早いのは分かっているけど、ちょっとは夢見るそぶり見せてよ。そんな所も奈央らしくて嫌いじゃない所が悔しいね」


そんな返事に苦笑いが出た。




只今、五人で向かい合って座っています。8畳ある部屋も五人で居ると狭く感じる。

二人で謝ったら簡単に許してもらえたけど、退出するタイミングを逃してしまい、何とも居心地が悪い…のは私だけでしょうか?


「あの…」


四人が一斉にこちらを見る。声を発したのは私だからいいんだけど、皆さん目付きがややコワイです。


「…えっと、そろそろ解散でいいですか?」


何か言おうとした和維くんを千里が制した。


「姉ちゃん、今、その言葉の意味を正しく理解できたのはオレだけと思う。…和維さん、姉ちゃんは、『きちんと反省も謝罪もした。用は済んだ。だからこれからは雅さんと二人だけの時間にしたいから、そろそろこの場を解散してもいいでしょう』と言ったんです」

「奈央、それはしょり過ぎ」


…約束していたじゃないですか。楽しみにしていたんですよ。


「俺も。さすが千里」

「奈央ちゃん、本当に反省できてるの?」


あまりの信用の低さに顔が引きつる。ちょっとイラッとする。

あれ?何だろう。この凄くバカにされた感じとか、可哀想な感じが漂う雰囲気。色々うやむやにされている感じ…私だけが悪いの?落ち着かなきゃって思うのに、イラつきが増す。


「私も残念なコになってる?」


思わず口からポロリと出た言葉に翔惟先輩が噴き出す。つられて他の三人が大笑いし始めた。

プチっ……小さな音が聞こえた。

隣りに座る雅さんから順番にでこピンをくらわすと雅さんの部屋へ逃げ込んだ。二人で過ごそうと思ったけど、鞄と上着を持つと階段を駆け降りて急いで靴を履き、玲奈の家へ向うことにした。

きっと私は自宅へ帰ったか公園にでもいるって考えるだろうから。

走りながら玲奈へ電話する。走りながらだから息も絶え絶えで酷いものだが、きっと玲奈だから笑って済ませてくれる。


「玲奈っ、おはよっ…はぁっはぁっ…、今から、行っても…はぁっはぁっ、いい?…はぁっはぁっ、今、走っていて…はぁっはぁっはぁっ、ゴメン、聞き苦しい…よねっ…はぁっはぁっ」

『イヒヒヒヒヒ、奈央~、朝から元気ー。いいよ~、程よく冷たい飲み物用意して待ってるね』

「よろしくっ」


電話を切るとそのまま電源も落としてしまう。

あー、もう、なんだかイライラする。生理前だからかな。走るのを止めて、呼吸を整えながら歩く事にした。

おかしいなぁ。そう思いながら左手の小指にはまっている指輪を見る。昨日の事を思い出し、一気に幸せな気持ちが膨らんだが、それもほんの一瞬のことで、瞬く間に萎んでしまう。

本当に何やってんだろう私。

余りに無様な空回り具合に、溜息も渇いた笑いも何も出なかった。

ほんの少し前は雅さんの胸に腕に包まれていたのに。昨日はあんなに楽しくて、温かくて、幸せだったのに。

寒さと息苦しさと、悔しさと苛立ち、玲奈に会える安堵で涙の膜が厚みを増した。

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