番外編2‐2
◆◇◆◇藤沢和維◆◇◆◇
俺って…。三人を前に語る。
昨日の夜、ミヤ兄は『ルン♪ルン♪♪』って音が聞こえてきそうな程、もうこれでもかって位の最上級の機嫌の良さで帰ってきたそうだ。
俺はミヤ兄が帰ってきた頃は自室に居たので顔を合わせることはなかった。おそらくそれは俺にとって幸運なことだったのだろうと思う。
ミヤ兄の理不尽な『八つ当たり』は今朝から始まった。
いつものように朝食を摂っている時に攻撃が開始した。
ミヤ兄がコーヒーを注いで俺の前に置いてくれた。
「和維の携帯と奈央の携帯ってさぁ、お揃いだよね」
俺の正面に座ってコーヒーを飲んでいる。
どこからか、カンカンカンカンと激しく鐘を打つ様な音がする。これってもしかして警鐘ってやつ?
返す言葉を間違ったらヤバイ?それとも既に手遅れ?ミヤ兄の笑顔がキレイ過ぎてコワイ。超コワイ。奈央ちゃんと居る時はもうちょっと人間味があるというか、作り物っぽさが無くなるからまだマシだ。
「しょうがないじゃん。ミヤ兄と俺の携帯が同じ機種なんだから」
「ふぅーん」
「翔兄だって同じ携帯じゃん」
隣りで食べている翔兄が俺の足を蹴ってきた。痛い。
「翔惟、和維、携帯替えたら?二人共スマホにしなよ」
「ちょっと雅、何言ってるの?私達が電話代払っているうちは勝手なことさせないわよ」
なんかヤバイ人になっているけど、壊れた?
「兄貴、昨日奈央ちゃんと何か良い事あったの?めっちゃ楽しかったみたいじゃん。幸せのお裾分けしてよ。なっ、母さん、和維」
父さんが冷蔵庫から箱を出して食卓に置いた。
「なぁなぁ雅。父さんもコレ食べたけど、うまいなぁ。
昨日、母さんと食べたんだけど、まだ残っているから、翔惟、和維、お前達も食べてみるといい」
父さんがにこやかに言っているけど俺達はプルプルと横に振る。父さん、それは食べちゃ駄目なヤツだよ。
わざわざ箱に紙が貼ってあるじゃん。
「父さん、小学校から通い直せば?母さん、役職降りた方がいいんじゃない?」
二人共、箱の貼紙をみてビクッとしたあと冷蔵庫に戻して居なくなった。わざとらしい言葉が離れた場所から聞こえてくる。
「父さん今日は朝から会議だから早めに行くからっ」
「お母さんも急ぐから後片付けお願いねっ。お金置いていくから今日のお昼は買って食べてちょうだい」
逃げた。子供置いて逃げたよ、あの人達。
ミヤ兄は、たった今仕舞われたケーキの箱を取り出し中を覗いている。
「まだ残っているし、ま、いっか。
ちゃんとオレの分を残しておくならお前達も食べていいよ。
奈央の手作りケーキ美味しかったよ。早く食べないと悪くなるから。勝手に食べたら怒るけど、そうじゃなきゃ別にいいんだよ?
あ、そうだ。今食べる?」
「「いただきます」」
そう答えるしかないよね。ミヤ兄がカットして出してくれた。ミヤ兄も食べるらしい。お盆には3皿のっている。
美味しそうだけど、食べてちゃんと味がするのだろうか。
気持ちにもっと味わうゆとりがある時に食べたかった。
「でさ、何で和維は知っていてオレは知らなかったのかな」
あ~それでか…と納得した。……でもそれは俺のせいか?はて?
「奈央ちゃんがミヤ兄の機種教えてくれって言ってきたんだよ。それで携帯持つ事にしたんだなって気が付いて。
内緒にして喜ばせたいって。
口止めされていたから言わなかっただけだよ」
「悪い和維。奈央から聞いているよ。わかってるんだ。
それでもね、気持ちはそう簡単にいかないんだよ」
その場は丸くおさまり、さっきまでのは何だったのかという程、何事もなかったかのように日常に戻った。
つくづく思う。奈央ちゃんは本当に俺にとって悪魔だと。
ミヤ兄と二人でリビングにいる。しばらくすると奈央ちゃんを迎えに行くそうで、テレビを見ながら時間を潰している。
俺の携帯が鳴った。
見ると知らないアドレスだが、タイトルを見ると奈央ちゃんからだった。素早く登録しながら話す。
「今、奈央ちゃんからメール来たよ。ミヤ兄、奈央ちゃんとメールし放題…」
「今日まだオレには来てないんだよね。和維には来たんだ」
ヤバイヤバイヤバイヤバイ。っつーか、だから何で、俺に先に送るんだっ。マジヤバイ。
俺は登録したばかりの奈央ちゃんに掛ける。焦りと苛立ちで手が震える。出ろ!出ろっ!出た!!
つい、言葉遣いが悪くなる。
ミヤ兄が、黒いミヤ兄が迫ってくる。
よけた拍子に切ってしまう。逃げながらもう1度掛ける。
「助けてっ奈央ちゃんっっ。お願いっ。早く来てっ。あっ…」
ミヤ兄に携帯を奪われる。
「オレまだ、今日、奈央の声聞いてないんだよね」
んな事知るかっ!もう完全に八つ当たりだ。なんて理不尽極まりない。心が狭すぎだろっ。有り得ない。
俺は携帯を取り戻す事は諦めて翔兄の元へ逃げ込んだ。




