番外編1 井上総司
子供達がリビングから居なくなり、俺と香織だけになった。
藤沢さん家で雅くんに会ってから、娘、奈央はすっかりあの青年に首ったけだ。
長男の海斗が大好きだと声高に言っていたのは何だったのか。
あれだけ海斗が好きで、同じ年頃の男は遠ざけていたから高校生のうちは彼氏なんて出来っこないとたかをくくっていたのに。高校生になって半年もしないうちに彼氏ができるとか、そりゃないだろ、奈央。
しかも男同士だからわかる。あいつは本気だ。あいつは蛇のように静かに近付いて奈央をからめていく。決して手放さないだろう。だからあいつに捕獲されたらきっと嫁行きが決まってしまう。
なのに、なのに!
あっという間に娘は落とされてしまった。
くそっ、一体どんな手を使ったのだ。あー、忌々しい。
そんな風に思っていた所へ、あいつはちゃんとアポをとって、スーツ姿に手土産まで持って家へやってきた。
緊張している様子は伺えるが、イヤミの一つも言えない程きちんと段取ってきた。うちの会社の若い奴よりずっとまともだ。部下だったらいいが、娘の彼氏だと苦々しく思う。あー、くそっ。
雅くんから出た話は、「奈央を嫁にもらう」という話だった。
…やっぱりそういうつもりだったか。
しかし、きけば、奈央の方はまだそんな気はなさそうだし、彼も直ぐに結婚したいわけではないようだ。しかも、この感じなら娘がひん剥かれる事もなさそうだ。まだ高校生の娘をくわれてたまるか。
俺は賭けを持ち掛ける。
俺の考えた内容は…まず、奈央の成績を落とさない。平均点と順位共にだ。学生なんだから当たり前である。次に、例え何かあって万が一娘に懇願されようとも、『奈央の学生が終わるまで』娘に手を出さない。そう提案する気でいた。学生が終わるまでにすれば4年制大学に進学すればまだまだ手元に置いておけるし、我慢の限界から破局するだろうと計算してだ。
だが、そこへ香織が割り込んできた。
そして条件を『携帯電話を高2になるまでに持たせること』にした。
これに俺は全く不安はなかった。あの頑固者が不要だとハッキリ言っている。自分の時間を大事にする娘は、いつでもどこでも相手の都合で捕まるというのが随分と不愉快な事らしい。わからないでもないが、俺は仕事で必要だし、与かる恩恵を考えるとそんな事はどうってことない。
彼が携帯を持って欲しいと願えば、逆にへそを曲げて意地でも持たないだろう。
何年奈央の親をやってきたと思っているんだ。そんな事は容易に想像がつく。だから、香織に女心の説明などされても俺の自信は揺らがなかった。
奈央は変わることなく固定電話で話している。たまに香織から携帯を借りてメールもしているようだが、それもいつも早々に切り上げている。親と一緒に使う携帯に連絡してくる友達は少ないようで、聞けば、玲奈ちゃんと内田くん、藤沢家の雅くんと和維くんしかいないそうだ。「他に友達がいないわけじゃないから心配しないで」と言われてしまったが本当だろうか。学校で孤立していないといい。
ほとんど思い出すことがないが、そういえば賭けをしていた。この様子じゃ、俺の勝ちは決まりだろう。
だから娘がクリスマスに雅くんと過ごしたいというのも快諾した。
内心、奈央から、『心の広いお父さん』と思ってもらえるだろうと想像し喜び、雅くんに優越感をいだきつつ。
「総司さんがあんなにアッサリ許すなんて思わなかったわ」
「そうかい?外泊を望んだわけじゃないし、9時や10時だったら、世間ではバイトしてる子供達だってその位の帰宅時間だろう」
香織は俺の答えに不満そうだ。
「まぁ、あの二人なら変に盛り上がって朝になっちゃったとかはないと思うけど、私は8時頃までに帰ってくるように言って欲しかったわ」
誰もみていないバラエティ番組からニュースにかえる。
香織がウィスキーを出してきた。ショットグラスを2つ出す。呑むなら夕飯の前に呑みたかったが香織に付き合おう。香織が注いでくれる手元をなんとはなしに眺める。いつの間にか強い酒もいけるようになったんだな。
「若い頃の総司さんは雅くんと同じ立場になった時、同じ様に振舞えた?」
心の中では直ぐに「無理だろうな」と答えが出る。しかし、口に出すのは癪である。
「時代が違うからな。比べ様がないだろ」
そんな事を言って濁してみる。しかし言ってみてからもっともらしい答えであると納得できた。
こんな話をしているせいであの時のことを思い出す。思い出すと笑いが込み上げてくる。
「フッフッフッフッ…、香織。
例え10時だろうが12時だろうが、雅くんは何もできないのだよ。
そうだろ?奈央が拒んでいるんだから。
どうせ何もできない男に、俺からのささやかなプレゼントだ。いや、奈央との時間…プレゼントじゃないな。今のは失言だ。
……そう、塩だよ。圧倒的に不利な雅くんに俺が塩をおくってやるんだ。『クリスマスイブ』なんていう最高のシチュエーションの塩だ。
どうだ、香織?俺の懐の深さに惚れ直しそうだろ?
ハッハッハッハッ!」
酒が入って気分良くなっていた俺は、奈央の変化にも、冷めた目で俺を見ている香織にも気付かなかった。




