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藤沢雅4

秋も、もう終わる。冬になったといってもいいのだろうか。

海斗が言っていた通り、奈央はウチに来るのは嫌じゃないみたいだ。むしろ、オレの部屋に居ることを好んでいるように感じる。

今も奈央が部屋に居る。オレと付き合うようになって成績が下がったら…と気になっていたが、こうやって会っていても勉強の時間を疎かにしない。頼もしくもあり、溺れてくれない寂しさも感じる。


~~~♪~~♪~♪~…歌ってる?


パソコンの手を止めてしばらく聴いてみる。

小学校で習った歌だ。

これは、ああ、アニソンみたいな曲調だな。

勉強を続ける集中力が無くなったオレは切り上げることにした。

椅子の向きをかえて奈央を見るとこちらに気付かずに歌っている。


あの顔はトリップ中だな。


1番だけだったり、フルコーラスだったり。それにしてもよく覚えているものだと感心する。前奏や間奏まで口ずさんでいる。出身校の校歌まで歌い始めた。笑いそうになるが、今のこの空気を壊したくないから耐えた。

あ、合唱の発表会で散々練習したやつだ。

たくさん歌ったその曲は、するりとオレの口からもでてきた。奈央が気付いた。目をまん丸く見開いたその顔が可愛い。嬉しそうに一緒に歌う姿にオレも嬉しくなった


歌の中にコスモスがでてきた。

そういえば大学のヤツが彼女の勧めでコスモスを見に行くとか行ったとか言っていた。その場所は覚えておいてもいいかなと思ってその時に調べてある。弟達には何が面白いんだと言われるが、オレは地図を見るのが割りと好きだ。場所を調べる時はそこまでの道も調べる。裏道や近道を調べて実際走って比べてみるのも楽しい。運転できるようになったら弟達もわかるかもしれない。

そんなわけで、コスモスを見に行こうと出発した。


楽しかった道中も駐車場に入ってがっくりした。

この場所を話していたヤツが今日来ている。この車、このナンバー。間違いない。悪いヤツではないのだが悪ノリしやすいところがあり、コイツの彼女の友達がオレの事を好きでけしかけてくる。自分では学校にいる時の自分に変化は無いと思っていたが、そこそこ付き合いのある人達にとってはそうではなかった様で、しつこく原因を聞かれた。

うっとおしいから正直に好きな子ができた事を言った。その時点から見てみたいとうるさかった。

付き合い始めたのも直ぐに気付かれた。そんなに変わっただろうか。

彼女の友達には奈央が彼女になった事は、自分を諦めさせる為の嘘だと思われ、本当にいるなら会わせろと。ソイツには好奇心で会ってみたいとしつこく言われていた。

ヤツにちゃちゃを入れられるのも御免こうむりたい事だった。

しかし、奈央の言葉で会った時はその時にどうにかすればいいと腹を決めた。奈央の言う通り、Wデート中なら実際オレのことなんかもう眼中にないかもしれない。そうだといいと思う。


昼時のせいか人が少なくオレ達にとっては、特にオレにとってはいい環境だ。

恥ずかしがりやで照れ屋な奈央も人目が無ければ多少過度なスキンシップも許してくれる。

今もおとなしくオレの膝の上に座って抱き寄せられている。他愛ないことでも楽しい。

大人っぽい見た目の中で時折みせてくれる可愛い表情や仕草にドキッとしてしまう。オレの中に閉じ込めて大切にしまっておきたい…程、側にいたい。オレと一緒にいる時はもうすっかり安心しきっている。どこまでなら許してくれるだろう。


そんな事を思っていると奈央と目が合った。周りに人がいないのは確認済みだ。欲しい。

奈央の唇をむさぼる。仕掛けるのはオレだが先に溺れ、飲み込まれてしまうのもオレだ。たどたどしくだが応えるそれにゾクリとする。奈央の顔を見たくて薄く開けた目の中に入ってきたのは学校のヤツらだった。

ニヤリとした顔、驚く顔、手で顔を覆っている姿が見える。

たかがキスと思うかもしれないが、もしオレがこんなねっとりとした場面をみせられたら情事を連想させられてしまうだろう。見せつける為に気が済むまで唇を重ねた。

――奈央は唇を食むようなキスより優しい方が好きだ。やり過ぎたかもしれないが、こんな顔をしてるくらいだ。問題無いだろう。



奈央が拗ねてしまった。一人で歩いていく。チラリとオレを振り返ったがそのまま行ってしまう。

見えなくなる前に追いかけた。

あれっきり振り返りもしない。顔を見れないのは寂しいが拗ねたのはオレのせいだししょうがない。見失わないように後を追う。急がなくてもオレより背の低い奈央に追いつくのは容易だ。

やっと止まった。

どんな事を考え、思っているのだろう。後ろ姿からははかりかねた。

ずっと喋らなかった奈央が漸く話してくれた。


「シュウメイギクの花言葉って何だったっけ…」


そんなのオレだって知らない。でもやっと機嫌が直りそうだと思い、携帯で調べてみる。オレがみた所は詳しくは書かれておらず、『忍耐』とだけ書かれていた。

教えようとした時に急に立ち上がられた。


「うわっ、びっくりした。『忍耐』だって」


聞かれたから教えたのに無視だ。まだ拗ねてるのか?困った子だ。


「奈央携帯もってないんだから一人で行かないでよ。はぐれたら困るでしょ」


奈央の機嫌が急降下だ。大人っぽくてもまだ高1だもんな。


「どうしたの?機嫌直してよ」


いつもの様に頭を撫でようとしたその手を払われた。意固地になってる姿にイラつきを感じた。


「いつまでもそんなだとオレも怒るよ」


何の返事もリアクションも無い。お互いちょっと頭を冷やせばいい。近くの自販機で甘いコーヒーを買うと一気に半分程飲んだ。

脳に糖分が補給されてきて今の状況に気付く。


「やばっ、奈央置いて来た。本当にはぐれたら困るじゃん」


残りを飲んで缶を捨てる。奈央にはミルクティーを買って急いで戻った。

急いで良かった。奈央が移動を始めたところだった。「勝手に動くなよ」と言いたかったが言葉を飲み込んだ。泣いた顔だった。

肩を抱いてひと気の無い方へ移動した。

泣いた顔を見るまで気付かなかった。


『オレが何か失敗したんだ』


まだ何も喋ってくれない。とりあえずミルクティーを渡す。


「はい、これ飲んで」


プルトップをあげて渡す。いつもだったらこういう小さな事にもお礼を言ってくれるのに無言のままだ。


何があった?ここに来てからの事を順番に思い出していく。奈央をここまでさせる何かがあっただろうか。

どこかでよみ間違えた。どこだろう。

奈央が拗ねた時の対応を間違えた?花言葉は調べなくて良かった?他に何があっただろう。何でオレがいない時に泣いたんだろう。

奈央は何も言わない。

何も言ってくれない理由もわからない。

奈央と付き合い始めてからまだ3ヶ月でしかないのか。一緒にいる時間が心地良いものだったから何でもわかっているつもりでいた。


「わかっているつもりだったんだけどな」


情けなくて泣きそうだ。オレの方が大人なのに頼りなくてごめん。


「ごめん。本当にわかんない。言ってくれないとわからない」


オレなんかには、もう何も話したくない程なのか。声が震えそうになるのを必死に抑える。


「奈央が怒っている理由も泣いている理由もわからない。話してほしい」


これだけ頼んでも話してくれない。奈央はもう別れる気なのかもしれない。悔しさと悲しさと後悔で胸が苦しい。

必死に耐えているのに、そんなの無駄な事だと笑うように風が吹いた。目に涙が滲む。泣かないように歯をくいしばった。


「雅さん、泣きそう?私のせい?」


奈央の声色には心配がみてとれた。

立っているオレの手を引いて近くの芝生に座らせた。でかい図体でされるがままだ。

奈央がオレを胸に抱き寄せた。何で?オレの背中をトントンとしてくる。

嫌われたわけじゃない?安心したオレは不覚にも涙を流していた。安堵していいのだろうか?

奈央がたまに口にする事を思い出した。


「どんなに忘れないようにしても、反省しても、いつの間にかいい気になってたり、思い上がってたりするんです。もうこれで懲りた。次はもう同じ失敗はしないって心に決めるのに、またやっちゃうんですよね」

「私、知らないうちにまた思い上がってましたね、ごめんなさい」


その言葉に奈央は謙虚だなぁなんて思っていたけど、その立場になってその言葉を吐く気持ちを知った。

まさに今オレがその時の奈央だ。

オレなんかいつも思い上がっていたという事だ。


「オレ、自信あったんだ。腑甲斐無いなぁ。随分思いあがっていたんだな」


奈央が笑ってくれた。何がおかしいんだろう。


「今何で笑われたのかもわからないよ」


オレが泣いたことに気付いているだろうが触れないでくれた。

笑顔が戻った奈央に聞く。


「キスしていい?」


もういい気になってるって思ったけど、奈央に惚れられている自信はあるんだから仕方ない。


「そういう事はきかないで下さい。激しくないのだったらいいですよ」


ほら、やっぱり惚れられている。今度こそ安堵した。





奈央は話してくれた。

オレのやり過ぎが原因だった。悪ノリしやすいのはオレもだったようだ。

追いかけて欲しかったなんて言われた時は可愛すぎて思わず顔がデレッとしてしまった。

しかし、オレの態度は底にある気持ちが筒抜けで、それを言葉にして聞くと、まるで奈央を物の様に扱っているように感じられて改めて自分の思いあがりっぷりに青くなった。


今日の事はかなりこたえたが起こってくれて良かった事なのだと思う。ヤツらに感謝はしないが、自分の心の在り方、向かい合い方など得ることが多かったことには感謝したい。

一緒に乗り越えてくれた奈央にも勿論、感謝と愛を贈る。

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