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第36話 イチョウとネコ

私の妙な噂は高杉さんが謝りに来た事で、あっという間に消えていきいつもの生活に戻った。


秋も深まってきたある日。


雅さんと待ち合わせて出掛ける事になっていた。待ち合わせの時間は朝10時だったが、何故か早く出掛けたくなった。今日はたくさん歩くお散歩デートぶらりコースの予定なので、カットソーにジャケット、ジーンズにスニーカーにリュックで出掛けた。


朝8時45分である。休日の今日のこの時間はまだ人通りが少ない。庭いじりをしている人、犬の散歩をしている人。代わり映えしない景色をぼーっと眺めながら歩いていた。


何かがフッと私の横を抜けた気がした。


「何だろう?…気のせいかな」


しばらく歩くと足下をネコが走っていった。

私の3メートル位先で立ち止まるとニャッと短く啼いて歩きだした。数歩進んでまた立ち止まる。

ニャアー!と今度は大きく啼いた。


ブワァーっと風が吹いてきた。強くて枯れ葉や砂が舞う。腕で顔を隠して砂が目に入らない様にした。風が強くて息ができない。どの位経ったかわからないけど、しばらくして風が収まった。

腕を下ろして目を開けると目の前に銀杏並木が存在していた。


「一体なに?ここはどこ?」


前を見ると銀杏並木、後ろを見ても銀杏並木。


「どうして…?」


住宅街を歩いていたはずなのに。不安になったが、心の奥の方では何故か大丈夫だと分かっていた。

落ちている銀杏の葉を拾ってみる。キレイなものを何枚か拾うとティッシュでくるんでリュックにそっとしまった。

葉が落ちるとその落ちた音が聞こえる。


どこからかネコが現れた。さっきのネコだ。

抱き上げようとすると捕まるのは嫌みたいで私から離れてしまった。

振り返って立ち止まっている。まさかね、と思うけど話しかけてみる。


「私のコト待ってる?ついて来いって言ってるのかなぁ?」


そうだと言わんばかりにニャアと啼くとてくてくと歩きだした。ネコが歩く速さに追いつけない。同じ距離を保ちながら進んでいく。


「夢でもみてるのかなぁ」


振り返ったネコの顔が笑ってるような気がした。

そういえば今何時なんだろう。結構歩いたから時間が気になる。腕時計を見ると、針が消えていた。文字盤だけになっている。「!」ビックリだ。ビックリも続くと言葉が出なくなるのだろうか。


雅さん心配してるかなぁ。そんな事を考えていると、ネコがニャッニャッ♪と機嫌の良さそうな声を出して走り出した。


「待ってっ、置いてかないでっ」


ネコは走っていって見えなくなってしまった。

大丈夫な気がしていても途端に心細くなる。歩くのが嫌になりその場に座ってしまった。

体育座りをして膝の上に額をつける。


「雅さーん。どこですかー」


こんな所で返事があるわけないのは分かっている。だから声が小さくなる。


「雅さぁ~ん、会いたいよぉ」


目の前にはジーンズの青しかみえない。


「ネコー、雅さん連れて来てよ。雅さんに会いたいよぉ」


しんと静かな中に銀杏の葉を踏む音が聞こえてきた。急いで立ち上がる。


「誰かっ、誰か居ますか?」


空気が揺れたと思ったら二匹のネコと人影が現れた。

ネコの一匹が私の方へ来る。さっきのネコだ。


「置いてかないでよ。どこに行ってたのよ」


ネコは悪かったとでも言う様にヒョイヒョイと軽やかに私の肩に登ると顔を頬に擦り付けてきた。


「奈央?」


その声に前を見ると雅さんが立っていた。


「雅さんどうして?」

「オレもわかんない。歩いてたらここに居た」


肩に居たネコが音もなく飛び降りた。もう一匹のネコと寄り添う様に歩き始めた。

私と雅さんは手を繋ぐとネコの後ろをついて歩く。

二匹のネコが同時に宙返りをした。すると目の前にたくさんの鳥居が現れた。


「今度は何?」


握る手に力が入る。雅さんに「行こう」と言われ鳥居をくぐった。

ネコ達も恋人同士なのかな。そんなことを思うと、まるで心の声が聞こえたかの様にネコ達が互いの鼻先をちょんとつけてニャッと啼くと、チラリと私を見た。


階段が現れた。低い段がたった10段程なのに、その先が見えない。

手を繋いだまま上がっていく。

登りきった先は広くひらけていた。地面は銀杏の葉で埋め尽くされている。

そこに誰かが居るのがわかった。居るけど見えない。


「奈央、あの人の所まで行ってみよう」

「居るのは感じるけど見えません」

「オレもだよ」

「でも、人のカタチだって確信できるのは何故でしょう」


その人に近付くとそれ以上進めなくなった。


【約束を果たすことができた幸運な結ばれし者たち】


どこからか声が聞こえた。意味を考えて、もしかしてと手を見ると、お互いの指から何本も赤い糸が出ていた。


【愛しい子達。愛に溢れる世界を】


何本もある糸の中で最も太いものが雅さんと繋がっている。

先が見えない糸もある。もう切れている糸もある。


【忘れてはいけない。持ってかえれるのは愛だけ。心だけであることを】


繋いでいる手が光った。手の中に何かがあるのを感じた。確かめたい。でも手は離したくない。

ネコ達がニャアッと一声大きく啼いた。


また強い風が吹いた。


「奈央っ」


雅さんが私を抱きしめた。私も息ができないが雅さんも苦しそうだ。

風が止んだ。ゆっくり目を開ける。


そこはカレンデュラ公園の中にある小さな祠の前だった。


「雅さんありがとうございます。大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。奈央は?」

「はい、大丈夫です」


二人で顔を合わせ茫然とする。

腕時計を見ると10時だ。針が戻っている。


「何だったんでしょうね」

「神様の祝福?」


掌の中には銀杏の殻でつくられた御守りらしきものが2つあった。雅さんと1つずつわける。


「夢じゃないですよね」

「じゃないね。見た?オレ達赤い糸で結ばれていたね」


そう言って笑った。


「そうですね。嬉しいです」

「糸が切れないようにしようね。言われたから言うわけじゃないけど、愛溢れる世界(家庭)をつくろうね」

「はいっ」


私達は手を繋いで歩きだした。

銀杏の葉は全部押し花にして本の栞にした。

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