藤沢雅3
平日の昼間、電話が鳴った。奈央かと思って出ると、奈央の兄でオレの後輩である海斗だった。
その電話の内容は、オレの思いもよらぬものだった。
奈央とは付き合い始めたばかりだし関係も上手くいっていると思っていたのに、オレが彼女を悩ませているらしい。
電話中なのに考えてしまう。心あたりがない。
直接オレには言えない事を海斗には簡単に言う。そんなに信用されていないのか。信頼されていなかったのか。
オレの好きと奈央の好きの差を突き付けられた気がする。
落ち込んでいく気持ちを必死に引き上げる。
今悩んでいても何も解決しない。元々、深めていくには長期戦を覚悟していたんだ。情けないが海斗から聞こうと決めた。
海斗に笑われた。大笑いだ。何がそんなにおかしいんだろう?
Tシャツを見ろ?…マジか。海斗とお揃いだ。超笑える。
けど、それが奈央がどれだけ海斗とオレを重ねているかを教える様に感じた。おかしいのと悲しいので笑うしかなかった。
飲み物を聞くとコーヒー以外がいいという。奈央のコーヒー好きは海斗の影響か?
オレに気を遣ってくれたようだが、残念な事に奈央はここには来たがらない。家だと同じクラスの和維がいるからかと思っていたけど、違うのかもしれない。付き合いの長さが違うから、知らない事が多いのは仕方ないとわかっている。それでも、あまりにも奈央の気持ちを汲めて居ない自分にがっかりした。
海斗は、来るのは嫌じゃないって言うけど、今はそう思えない。心が痛む。
奈央との出会いを話していく。
あの日、奈央と話した時の事を思い出す。思い出すだけで心が温まる。
「台所に行ったらさ、奈央が居たんだよ。海斗で美形慣れしているせいもあるんだろうけど、ちょっと驚いただけで普通だったんだよね。色目も使われないし、探られたり見下される感じもしないし、気分が良かったんだ。それに、『あの子』と話せる事が嬉しくてね。
和維と同じ年だというのはわかっていたし、和維が家に呼ぶ位だから彼女かと思ったんだ。そう思ったらびっくりする位心臓が痛くなったね」
今ならわかる。あの時もう好きだったんだと。
「彼女だと思ったんだけど、わざと友達かってきいてみたんだ。そしたら軽く『はい』って返ってきてね。顔には出さなかったけど、心踊る様だったよ。
まぁ、あとは、押して押して、ね」
詳細は思い出としてしまっておきたい事も多いので省かせてもらおう。
「俺が兄で良かったですねー、先輩」
ある部分に於てはその通りだ。海斗のおかげで自然体で接してくれてるのだろう。だが、それが兄の代わりの証明になるのでは?
「先輩、相談内容教えるのとは別に、何かききたい事あります?」
ある。気になる2つをきいておこう。
「オレが奈央と付き合うのどう思う?」
我ながらなんて弱気な質問だろう。海斗を不快にさせただろうか。つまらなそうな顔で答えた。
「いいんじゃないんですか?俺も先輩好きですよ」
ありがとうと答えておく。つまらなそうな顔で好意的な答えで少々面食らう。次いで尋ねる。
「オレってさぁ、奈央にとって海斗の代わりだと思う?」
何か嫌そうな顔をしている。
「あ~、ナイナイナイ。120%無いです。絶対無いです。
先輩に兄っぽい言動が出た時は、俺にもされたな位には思い出すかもしれませんが、俺の代わりではないですね。
そもそも代わりなんか求めてないし、先輩が思っているほど奈央はブラコンじゃないですよ」
そんな訳ない。少なくとも最初の頃の態度は兄へのものだろう?
怪訝な顔をするオレに続ける。
「幾つか勘違いがあるんで説明します。なので落ち着いて下さい」
オレは深呼吸をして、コーヒーを飲んだ。
「聞きたいことがあれば後で答えるんで、まずは聞いて下さい。
お兄ちゃん子だとは思うけど、もう兄離れしてます。多分、先輩が彼氏だと思っていた男、俺です。お互いに虫除けにちょうど良かったんですよ。
臆測…っていうほどいい加減ではないですけど、先輩は奈央にとって最初から男だったと思いますよ。しかも本人自覚無しの一目惚れ」
オレは納得がいかなくてきく。
「2つ目の彼氏が海斗はそうかと思える。あとは違うんじゃないか?」
海斗は首を横に振る。
「相手が先輩だとは思わなかったですけど、千里からきいた『あーんと鬼の幻影事件』『別荘ブリザード事件』、あと何だったかな?『嫁宣言事件』だったかな?その辺、先輩絡みでしょ?
家族で千里が1番多く電話してくるんすよ。意外でしょ?
で、そうそう。奈央がそうやってあっさり受け入れたり、心乱されたりって特別なんですよ。好きなのを認めるのが怖いかなんかで兄みたいだとごまかしていたんじゃないですかね。
ある一定以上の好きがないと、スキンシップは物凄く嫌がります。ほっぺにチュとかでも下手するとビンタもんです」
それでも納得いかない。っていうかよく判らない。
海斗が人差し指をビシッと立てた。
「ここで、今回の奈央の悩みが関係してきます」
オレはやっぱり理解できなかったが、1番聞きたいことを漸く聞けるらしいのでよしとする。
「先輩、心の準備はいいですか?
…奈央は、先輩の男の性で悩んでるんです」
思わず首が左に倒れてしまう。は?ナンダそりゃ。首を元に戻す。
「俺も男ですからわかります。好きな女に服の上からでも密着すれば、ムラムラっときて反応しちゃいますよね」
心あたりが有り過ぎる。っつーか、そんな事も相談できるのか、この兄妹は。
「今時は情報溢れてますから、あたれば何かわかるわけで。どういう時にそうなるか知ってるわけで」
ああ~、と頭を抱える。奈央の行動にも思いあたる節がある。
「先輩、まだですよ。
これから死刑宣告と女神の言葉がありますから。どっちを先に聞きたいですか?」
「女神の言葉で」
考えるまでもない。少し生き返らせてくれ。
「好きな人とはしたいみたいです。だから先輩に我慢させてるのが申し訳ないと。けど、自分はまだしたくないしどうしたらいいかというのが奈央の悩みです」
言い方は悪いが、思ったほど深刻な悩みでなくて良かったと思う。そんなのは、あと3ヶ月でも半年でもゆっくり待てばいいだけの話である。
奈央の気持ちが一番大事だ。
「じゃ、次は死刑宣告を。
結婚するまで守りたいそうです」
うっ。確かに死刑宣告だ。長い。さすがに我慢できるか不安だ。
「兄としては嬉しいんですけど、同じ男としちゃ残酷すぎて同情しかないですね」
そう言いながらケラケラと笑っている。クソッ、他人事だもんな。
「奈央にとって先輩がそういう事を考えることができる対象だって忘れないで下さいね。先輩は特別なんですよ」
嬉しいけど嬉しくない。海斗が奈央へどう返答したのかきく。
「自然に任せるなり、最後までしないなり話し合えば?って言っときましたよ。結局生殺しですけどね」
楽しそうに笑う海斗を睨むとニヤリと返された。
「先輩いいんですか?午後から奈央と会うんでしょ?
早く先輩に話せって言ったから、きっと午後からこの話ですよ。大人の余裕っぷりをみせてやって下さいね」
「お前イイ性格してるなぁ」
「そうですか?夢を叶える為に苦学生をやってる位ですから。この位じゃないとやっていけませんよ」
オレは午後に備えて大急ぎで対策を考えることにした。
この『井上海斗』という男。お互い学ぶ分野は違うが目指す所が一緒で、社会人になってから仕事のパートナーとして本当に長い付き合いになることをこの時はまだ知らない。




