第31話 人生の先輩に教えを請います
雅さんとは、付き合い始めてからほとんど毎日会っている。雅さんは甘々だが私はあまり変わらない気がする。その事に対して、私は自分の想像通りである状態だが、雅さんにとっては不満なのではないかと少し不安になってきていた。お互い夏休み中なので本当に自由になる時間は今しかない。
どちらかの家で何をするでもなくゆっくりしたいと思う。でもやっぱり、男の本能を抑える雅さんを見てしまう事があるので、公園でお話したり、喫茶店で涼みながらお話したり、図書館で勉強したり、なるべく健全デートになるようにしてしまう。
そんな感じで、私の夏休みが終わりそうな頃、海斗お兄ちゃんが帰ってくるという知らせが来た。雅さんと年の近いお兄ちゃんなら、雅さんの気持ちも私の気持ちも両方理解できると考え相談にのってもらおうと決めた。
さすがに彼女持ちでも千里に相談しようとは思わない。
海斗お兄ちゃんが帰って来た。約半年ぶりだ。元々格好良くて頼りになる兄だったが、自活を始めたお兄ちゃんは益々格好良く男前になったようにみえる。
リビングでぐたぁーっとするお兄ちゃんの姿が懐しく思えた。
「やっぱ、ウチはいいわぁー」
今日は平日なので、まだお父さんもお母さんも仕事から帰ってきていない。今、家にいるのは私と千里だ。
「兄ちゃんお土産は?」
「ああ?そこにある。後で皆で食べるんだから先に食うなよ」
私は冷蔵庫から麦茶を出して注ぐとお兄ちゃんに出した。
「さんきゅ。奈央は優しいなぁ」
ゴクゴクと一気に飲み干した。
「お兄ちゃん、お昼は食べた?」
「まだ。何かある?」
「冷やし中華があるよ。1食分しかないけど足りる?」
「うん、足りる。もう運動部じゃないし、腹八分目というのを覚えたからな。作ってくれるの?」
「うん、待っててね」
千里に麦茶のおかわりを持って行かせると作り始めた。自分達の昼食用に錦糸玉子や野菜の千切りを切り過ぎたので、麺を茹でてトッピングして、あっという間に完成した。
「はい、どうぞ」
「おおー、人の手料理久しぶりだ」
「彼女できたって言ってなかった?」
「ん?もう別れた」
千里が「早っ」というのが聞こえた。私もそう思う。
「兄ちゃんフラれたの?」
「何でわかったんだ?
バイトが忙しくてあんまり会えなくて不満だったんだろうなぁ。でもさ、生活かかってるじゃん。バイト減らさず、ゴールデンウィークもしっかり稼いだら、休み明けにフラれた」
それをきいて考えてしまう。私ってお兄ちゃん寄りだ。彼女の気持ちよりお兄ちゃんの気持ちの方が理解しやすい。
千里は納得できないって顔をしている。
「おい千里。一応言い訳しておくけどな」
箸を置いて麦茶を飲んだ。
「俺だってちゃんと彼女のこと好きだったんだぜ?バイトが忙しくて、きっと付き合っても寂しい思いさせるのわかってたから俺からは告らなかったの。バイトの他に勉強も本気だからね、俺。
だから告られた時にこっちの事情話して、あまり会えないけどいいかって。絶対寂しい思いさせるけど我慢できる?って確認したんだけどなぁ」
少し遠くをみるような目をした後言った。
「別れたけどあんまり悲しくないし、全然引きずらなかったんだよ。むしろ気楽でさ。
思っていたより好きじゃなかったのかもな」
お兄ちゃんは私を見て続ける。
「奈央、俺に大事な報告あるだろ?」
「うん。時間がある時でいいの。相談したいことがあるんだ」
「『報告』じゃなくて『相談』ね。了ー解。
少し休ませて。その後きくから」
お兄ちゃんは私の頭を撫でるように軽くポンポンとすると自室へ行った。
「姉ちゃん、もう雅さんと上手くいってないの?」
「そういうわけじゃないんだけどね」
千里が心配そうに私を見ていた。
家の事を片付けて自室で勉強していた。
ドアがノックされ、お兄ちゃんの声がした。
部屋に招き入れ座ってもらう。
私はどうも話の前置きが苦手なようだ。
「お兄ちゃん、私、お兄ちゃんの先輩の藤沢雅さんと付き合い始めたの」
「うん、ちゃんと奈央が好きな人なんだろ?
お互い好きで付き合っているなら俺はいいと思うよ」
いざ話そうとしたら、頭の中がとっ散らかってきた。
お兄ちゃんが頭を撫でてくれる。落ち着いてきた。さすがお兄ちゃんだ。
「うん、まずね。私、雅さんのこと…好きなの」
お兄ちゃんをチラリとみると頷いた。それを視認して続ける。
「雅さん、私のことすごく大事にしてくれてるの。でも私、雅さんに我慢させてる」
「何を?」
「えっと、ナニっていうか。あの、そういうコト?」
顔を赤くして俯く私に、何を示すのか理解したようだ。
「………それは、しょうがないんじゃない?
まだ付き合い始めて間もないんだし、まだ高校生だし。
やっぱそこは藤沢先輩が良識を持って対応するのが大人の務めだと思うけどね」
答えてくれた後、何かブツブツ言ってるけどよく聞こえない。
チッという音がした。お兄ちゃんが舌打ちしてるんだ。
こんな相談受けたくなかったよね。でもきいて欲しい。
「まぁ、なんだ。そういうのは自然にしたくなると思うぞ。
そういう事に焦る必要も、今そこまで悩む必要もない」
私の言葉が足りなくて伝わらない。言葉じゃ難しい。ちーん♪
「お兄ちゃん、ちょっと床に胡座かいて座ってみて」
「?。これでいいんだな?」
「お兄ちゃん、恥ずかしいんだけど、ちょっとそこに座らせて」
私はいそいそとお兄ちゃんの胡座の中に座る。幼子みたいだ。
「あのね、雅さんにこういう感じで、椅子の上とかでもそうなんだけど…座ると当たるのっ!」
「……ちょっとごめんな。動くなよ?」
お兄ちゃんもピンときたようで後ろから抱きついてくる。体の位置を調整して納得すると離れた。
「どうしたらいいと思う?私、結婚する人としかしたくないって思っているの」
「おおっ!?…考えるなぁ。
俺が親父だったら、娘のその考えは喜ばしい。
彼氏の立場だと正直ツライなぁ。
……俺の考えだけどな。まず、藤沢先輩に早めにそれ言ってしまえ。その上で、自然に任せるなり、最後まではしないなり話し合えばいいんじゃないか?」
またお兄ちゃんはブツブツ言っていたけど、私がお礼を言うと部屋から出て行った。
解決はしてないけど話し合いを持つと決めた事で私は安心し、頼りになるお兄ちゃんがいる事を誇らしく思った。
バイトに行く前の雅さんから「明日午前中用事ができたから午後からでもいい?」と電話がきた。
よし、早速明日話そう。




