第30話 空気読めてます
とろけるような顔を私に向けている…のだと思う。後ろから抱きしめられているので顔が見えない。熱い吐息が顔や首にかかる。時々色っぽい声までして、ちょっと危機を感じている。
「あの、雅さん。離していただけません?」
「イヤ」
これみよがしに溜息をついてみせる。しかし効果ナシ。
「告白しておいてナンデスケド、人呼ぶのと嫌いになるのどっちがイイデスカ?」
「どっちもイヤ。お願い、今日だけだから。バイト行かなきゃだし」
顔を後ろに向けて雅さんにチュッとする。
「奈央~、ヤメて欲しいの?焚付けてるの?
これでもオレ葛藤中なんだけど」
うん、それは分かってます。……あえて声には出さない。
だって、あたってるもの。いくら私でも分かります。
でもゴメンナサイ。今日だけじゃなく無理です。―――初めては結婚する人としたいから。
今後はどうなるかわからないけど、今はそう思っている。雅さんが落ち着いたら言わなきゃだなぁなんて、熱い雅さんと対照的に今後の事を考える私。
壁の時計を見る。今がいいタイミングだと思いこの空気を壊すことにした。
「雅さん、そろそろバイトに行く準備した方がいいですよ?お昼ご飯食べたり、着替えたり、色々?」
「……そうだね。……ハァ」
「あ、雅さん、すいませんが和維くんにも用事があるので呼んでもらえますか?」
「…奈央ってこういう子だったよね」
苦笑する雅さんは、私が天然を発揮したのだろうと勘違いしているようなので言っておく。
「私別に今のは天然じゃないです。わざとです。あえての発言です。身の危険を感じましたので。和維くんに用があるのも本当ですよ?
雅さんのこと大好きです。私もずっと一緒にいたいって思ってます」
あざといと思ったが、上目遣いでみつめる。付き合い始めた初日から勘違いとか嫌なので、想いだけはしっかり伝えようと思ったが伝わっただろうか?
「~~~っ。…呼んでくる」
私に顔を見せないようにしていたが、真っ赤な耳が見えた。「勝った」と思った。勝負してたわけじゃないんだけどね。
自分の部屋から和維くんが出てきてくれた。まずは報告をしようと立ち上がる。
「和維くんおはよう。おかげさまで上手くいきました」
感謝を込めて頭を下げた。
「あ~、良かったよ。俺も肩の荷がおりた。あんな兄貴だけど、末永くよろしく頼むよ」
和維くんも頭を下げた。よろしく頼まれてしまった。こちらこそよろしくお願いしますだ。
「それでね、和維くん。ウチの分のコピー終わったんだ。次、和維くんよろしくね」
バッグからカードの入ったケースを渡した。
「えっと、これで用事済んだし、私帰るね」
和維くんに腕を掴まれた。力が強い。しかも何かすごい顔してる。
顔コワイデス。
「ちょっ、待っ、帰らないで。今帰られたらミヤ兄に殺される。ホンっとお願い。帰らないで下さい」
ああ~、和維くん泣きそうだ。
またやってしまったと「ゴメンゴメン」と和維くんの頭を撫でてあげた。和維くんが私と距離をとり、「そこに座りなさい」とソファーを指差した。
「奈央ちゃん。俺の寿命を縮めるようなことしないで。
まず、ミヤ兄はヤキモチ焼きだ。今みたいに俺の頭撫でた所見られたら、お・れ・が!!…殺される。そして、さっきみたいにミヤ兄のいない内に帰られたら…。独占欲の強いミヤ兄に、やっぱりお・れ・が!!殺られる。次に……………」
と、『藤沢雅取扱い説明書』が欲しくなる位説明が続いた。そんなに覚えられないからとほとんど聞き流している。
「早まったかなぁ」
私の呟きに和維くんがギョッとした。
「でも、好きなんだもん」
胸を撫で下ろす和維くん。
「だからさぁ、ホンッとお願い。俺の心臓止める気?実は嫌われてる?何か恨まれてる?」
和維くんは疲れ切った顔で笑い、私はおかしくてクスクス笑っていた。
その後、恭子さんが用意してくれたという昼食を三人でご馳走になり、バイトに行く雅さんと一緒に藤沢家を出た。
夜、家族に雅さんと付き合う事になったのを報告すると、近いうちにそうなると思っていたという答えが返ってきた。
「海斗より奈央が先かしら?」
お母さんがお父さんに言うと、お父さんが肩をおとしてしまった。千里が、
「まだ3年位は大丈夫だろ?」
と言ってる。
「あと3年…」
お父さんがポツリと言う。
何のことでしょう?




