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第29話 熱さで記憶がなくなりそうです

お母さんが帰って来たので、雅さんにメールをした。


『件名//こんばんは、奈央です。


本文//こんばんは奈央です。

会ってお話したいので、ご都合の良い日を教えて下さい。』


今日はバイトの日だったのか、メールの返信はなかった。雅さんのバイトは夜9時までだと教えてもらった事がある。今までもメールを送ってくれていたのはバイトが休みの日だったようだ。いつも受信した物への返信ばかりで、あまり気にしていなかった。

私がお母さんと携帯を共用しているから、メールも電話も本当に一般の常識範囲内の夜9時までしかしてこない。

待つ身になって、初めてお母さんと共用である事が恨めしく思えた。思わず、「私のこと好きなら、常識なんか破って電話してくれればいいのに」なんていう自分勝手で筋違いなことを思ってしまい落ち込んだ。

浮かれ気分と告白する覚悟と勇気が萎んでいくのを感じる。

当たり前のことだけど、恋をするのは楽しい事ばかりではないんだと思い知り、先に想いを告げられていたから本当にいい気になっていたんだと、全く反省をいかせていなかった自分に呆れ自己嫌悪に陥った。

雅さんは私を想って眠れない夜を過ごした事があるのかな…なんて思いながら、私はあっさり眠りについた。



翌朝、雅さんが電話をくれた。昨日は日中出ている(パート?バイトの?)おばさまが急用で休んでしまい、急遽1日出る事になってしまったそうだ。そのおばさまから翌日は出勤できるかの連絡待ちで予定を決められず、先程連絡があったので直ぐに電話をしてくれたそうだ。

一晩眠って起きたら気分もスッキリしていた私は気を遣わせてしまったのを申し訳なく思った。


『奈央気付いてる?奈央から会いたいって言われたの初めてだよ。オレ嬉しいんだよ。

待ち切れなくて朝から電話する位に。

でもちょっと緊張もしてるんだけどね』


早速都合を聞くと、『今日の午前中か夜でも大丈夫?』という答えが返ってきた。シフトがお盆バージョンなんだそうだ。どこで会おうか悩む。二人でゆっくり話せる所…以外と思い浮かばない。いや、あるんですけどね。人様をお断りする時に使った場所ばかりなので縁起が悪い。


『奈央が嫌じゃなければウチに来る?両親は仕事で留守だけど、お盆は部活休みだから和維は家にいるよ?翔惟はわかんないけど』


悩む。うーんと唸る私。


「…雅さん、変なコトしない?」

『それ、誘ってるの?』

「違います。変なコトしないって約束してくれますか?って意味です」

『フフ、わかってるって。しないよ。奈央の嫌がるコトはしないよ。だから変なコト――だと思ったら嫌がってね?』


何とも微妙な約束をして藤沢邸へ伺う事になった。お母さんから携帯を借りると、玲奈と和維くんと健人くんに今日告白する事をメールした。

それぞれから『きっと大丈夫よ』『待機しておく』『報告待つ』と返事がきた。

雅さんとは午前9時少し前に迎えに来てもらうという約束をした。良くも悪くも胸一杯になってお昼を食べられる自信がなかったので、千里の分のお昼ご飯を作ると冷蔵庫の中に入れて書き置きをした。

気合いを入れて身支度を整えようかと思ったが、気合いが入り過ぎると空回りしそうだと思い直し、ワンピースにカーディガン、日焼け止めに粉をはたき、色付きリップを塗っただけの玲奈と会う時と変わらないいつもの格好にした。

私に覚悟と勇気をくれた昨日もらったアルバムもバッグに大事にしまった。




雅さんが迎えに来てくれた。緊張と恥ずかしさでいつもよりよそよそしくなっている私を面白そうにみてくる。いつもと変わらない雅さんに、だんだん私の緊張も解けていった。


「雅さん、何かお菓子や飲み物買いたいのでコンビニかスーパーに寄ってもらえませんか?」

「ウチにもあるよ?どうしても食べたいのがあるなら寄るけど、そうじゃなかったら寄らずに行こうよ」


どうしてもっていうわけではないので、お言葉に甘えさせてもらおう。

いざ着くと再び緊張してきた。決めた覚悟は揺らがないが、自分の心臓の音や強い脈動を感じ不安感が増してくる。そんな状態の中、案内されたのはリビングで安心した。私がホッとする様子に雅さんはクスリと笑った。


「ようこそ。さぁ座って。飲み物コーヒーでいいかな?」

「はい、ありがとうございます」


久しぶりの藤沢家のリビングだ。見たことある部屋だというのもあって無駄な力も抜けてきた…ような気がする。

雅さんが戻ってきて、私の前にコーヒーを置いてくれた。「いただきます」と口をつける。熱いけど美味しい。

何か世間話をしてから本題にと思わないでもなかったが、話に入ろうと姿勢を正した。それに釣られるように雅さんも背筋を伸ばす。


「今日はお時間をいただきありがとうございます」


バッグから昨日もらったばかりのアルバムを出してテーブルの上に置いた。「これは私のお守り」そう思って表紙を見て、雅さんの顔を見る。

もしかして返されるのかと思ったのか、悲しそうな顔になったような気がする。それでも私が話すのを待っていてくれる。さすが大人は違うななんて思う。こんな時にそんな事思うなんて「意外と余裕だな私」と感じ、すっかりいつもの自分に戻った。


「昨日は、これ、ありがとうございました。とても嬉しいです。大事にしますね」


笑いかけた私に雅さんの表情もやわらいだ。


「中でも、これがお気に入りなんです」


アルバムの向きをかえ、そのページを開き、雅さんと二人で写っている写真をさした。

雅さんが息をのんだ。静かな二人だけの部屋でその音は大きく聞こえた。

雅さんを見る。驚いていた顔が優しくなった。気付いてくれたみたいだ。目は逸らさない。


「雅さん。大好きです。私とお付き合いして下さい」


雅さんがいつの間にか私の元へ来ていて私を抱き締めた。


「オレも好きだよ。嬉しい。ありがとう」


しばらく私の事をぎゅっとしていたけど、一度私の顔を見ると


「大好きだよ。愛してる。ずっと一緒にいよう」


熱のこもった瞳で顔を近付けてきた。自然にそれに応えるように目を閉じた。

大人のキスに翻弄され、すっかり朦朧としてしまう。気持ちが通じ合った熱いキスと抱擁はうっとりする程心地良く、何か声が出ていたような気もしたが、そこは朦朧としていたから覚えていない。

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