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井上海斗1

留守電に母さんからの伝言があった。


『もしもし、お母さんです。元気でやってる? お盆は帰って来ますか?お盆に帰ってくるなら電車代だすよ。バイト無い時にでも電話下さいねー。じゃあね』


お盆に帰ろうかとも考えたが、お盆はむしろ稼ぎ時なので、家に帰るのは諦めることにしていた。でも、夏休み中に帰っておきたいと考えている。大学に行くなら学費と家賃は出すけど生活費は自分で何とかしてほしいと、中学生の時から言われていたのでずっと覚悟はしていた。だからバイトをする事に不満は無い。

せっかくできた彼女が、あまり会えないのが理由で別れることになったのは残念であったが。…あまりショックを受けず立直りが早かったから、実はそんなに好きじゃなかったのかもなんて思ったりもした。その事の方がショックだった位だ。

何はともあれ、充実した生活を送れていると感じている。




夜、母さんに電話をすることにした。


『もしも~し、お母さんです。海斗元気にしてる?きちんと食べてる?』

「うん、元気にやってるよ。ご飯もちゃんと食ってるから。

母さんも父さんも皆元気にやってる?」

『うん、うん、元気よ~。誰も風邪もひいてないし、夏バテもしてないわ』


久しぶりに聞く母さんの声と皆の無事を聞いて安心する。


『ところで、お盆には帰ってくるんでしょ?』

「バイト休めなかったからお盆は帰らない。その代わり、月末頃に帰るから。帰った時に色々きかせてよ」

『そう。残念だけど来る時を楽しみにしているから。

あ、そうそう。奈央に彼氏ができそうよ。

奈央と相手のコに話聞いた感じだと、海斗も知ってるんじゃないかしら?』

「えっ、何なに?俺、その話、超ききたいんだけど」


あの妹に彼氏ができそうとか、知人かもしれないとか気になってしょうがない。


『う~ん、どうしよっかなぁ~。教えてあげようかなぁ~』


母さんが焦らしてくる。誰だ?誰だ?色々な知り合いの顔が浮かんでくる。


「ヒント!!」

『そうねぇ。サッカー部の先輩らしいわよ』


誰だ?全くわからない。奈央が弁当を届けに来た時に、奈央を見て可愛いと騒いでいた先輩達がいたけどそいつらか?誰だかサッパリわからないが、幾つか名前を挙げてみる。


「えー、小宮先輩?高橋先輩?井口先輩?鈴木先輩?小林先輩?紅林先輩?えー、あとはー…」

『ぶっぶー。残念。今挙げた人の中にはいません』


くっそーと、次の名前を挙げようとしたら遮られてしまう。


『第2ヒントです。超イケメンです』

「えっ、俺?」

『海斗、アンタ、バカ?』

「………」


サッカー部にイケメンはそれなりに居たと思う。

でも、『超イケメン』となると、俺の他には一人しか思い浮かばない。


「藤沢雅先輩?」

『正解でーす。雅くんの猛アタックがホントすごいのよ。目の前の私達の存在なんてものともしないわ。お父さんも半ば諦めて覚悟してるもの。

奈央も見てるこっちがびっくりする位すんなり受け入れちゃってるのよね。

色々心配にもなっちゃうわ。

まぁこっちで変わった事って言ったらそれ位ね。続きは帰ってからにしましょ。何か変化あるかもしれないし』


まさかの相手にただ驚くだけだ。


「うん、ホントびっくりだけど。うん、分かった。じゃ、おやすみなさい」

『はい、おやすみなさい』


電話を切ると、俺は『藤沢雅』という人を思い出していた。

俺の記憶にある藤沢先輩は―――

俺が1年生だった時の先輩は、付き合っては別れを繰り返していた。

奈央が弁当を届けに来た時は見なかったらしくて、「そんなに可愛いなら見たかったな」なんて言っていたのを覚えている。先輩が3年生のある時期から、付き合ってくれと言われても全部断るようになったのを不思議に思ったものだ。受験勉強のせいか、好きな女でもできたのかなんて先輩達が藤沢先輩にきいていたけど、「どれも違うけど、説明するのも面倒臭い」と本当にうざそうな顔で返事をしていた。

周りのしつこさに「うっせぇな。もう好きになった女としか付き合わねぇんだよっ」とキレたのも、生徒の間ではちょっとした事件として扱われた。

その発言のせいで、やっぱり恋人ができたんじゃないか、好きな女ができたんじゃないか等々憶測が飛んでいたが、俺の知る限り、在学中はその後ずっとフリーだったし、誰かにアプローチしているのも見たことがなかった。


学校での成績や部活への取り組み方、後輩として直接会って話して藤沢先輩の人となりはよく知っているつもりだ。

ある時を境に女との付き合い方が変わった事を考えれば、本来の藤沢先輩は女にだらしないわけでもなく、逆に前の時が何かワケ有りだったのかもしれない。奈央に対して本気なんだろうなというのも想像できる。

…奈央、美人でカワイイ性格だしな。


群がる男を追い払う為に奈央の彼氏のフリをして、しつこい男共の前にでたり、部活が終わった後わざわざ奈央と待ち合わせして腕を組んで歩いたり、出先で食い物半分こして食べたりとデートっぽい事もよくしたものだ。

比較対象にされていた奈央の同年代の男には多少可哀想だと思うが、俺を頼り俺に甘えてくる奈央が「やっぱり海斗お兄ちゃんが1番大好き」なんて言ってくれていたのは今でも心温まる良い思い出だ。

ややシスコン気味だとは思うが、少し年の離れた妹を可愛いと思うのは当然だろう。

すっかり兄離れしてしまったのかも…と思うと寂しいが、奈央と藤沢先輩を応援するかは実家に帰った時に先輩と会ってみてから考えよう。

実家に帰る楽しみができたことを嬉しく思う。

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