第17話 これがうちの普通です
家に着くとお互いの両親と千里が待っていた。
「姉ちゃん達遅いよ」
「雅、奈央ちゃんと一緒だったんだから、もっと早く帰って来なさい」
「ああ、いいんですよ、藤沢さん。雅くんは奈央によからぬ事はしないでしょうから。ね、雅くん」
「ええ、もちろんです。お義父さんが心配するような事はありませんよ」
お父さんの顔がヒクヒクしている。隣りにいる雅さんを見るのも怖くて、そそっとお母さんの方へ移動しようとした。雅さんの手が私の腕を掴んできた。腕がビンッと張り、行かせてもらえない事を知る。諦めて元の距離に戻る。
雅さんの隣りに座らせられると話が始まった。
「玲奈ちゃんの親御さんにお願いして、1泊することにしたから。お父さん達呑みたいっていうし、雅くんも呑むでしょう?」
「お気遣いありがとうございます。嬉しいです」
「そうそう、奈央ちゃん。うちの翔惟も行くからよろしくね。同じ高校の3年生だから知ってるかも知れないね」
藤沢パパがきいてきたが、生憎分からなかった。
大人数での海水浴。賑やかになりそうだ。
「どこに泊まるの?」
私がきくと
「伯母さんのとこ?」
と雅さんがきいた。
「いつも部屋余らせているし、丁度いいでしょう?」
と恭子さんが答えた。
きいてみると、恭子さんのお姉さんの嫁ぎ先が別荘を持っていて、使わないと傷むからと、掃除さえちゃんとすれば、水道・光熱費だけで貸してくれるそうだ。今回お借りする了承はすでにいただいたそうだ。
別荘から海まで徒歩20分かかるという事で、海水浴の季節なのに、借りるのはいつも藤沢家だけだという。
因みに別荘に自転車は置いてなく、海水浴場まで車で行くと、駐車場の空きを探すのに時間がかかって大変らしい。
我が井上家の海水浴というのは、ドラマでみるような、砂浜でキャッキャ、ビーチボールで遊ぶ、ゴムボートで優雅に…なんていう事は、全くない。
お父さんが言うには、「海水浴とは泳ぎに行くもんだ」だそうだ。文字を見ると海水を浴びるだと思うんだけど。―――だから家族で行くと、ひたすら泳がされる。
もし、海に行く日にケガをしてたり、女の子の事情で泳げない時は留守番になる。
我が家に水泳で上を目指す人は誰もいない。もちろん、プールと違うから練習にならないけど。どうしてこうなったか不思議である。
そんな事を考えていても謎は解けない。準備の都合があるのできいてみる事にした。
「ねぇ、お父さん。いつも通りの準備でいいの?」
お父さんじゃなくて藤沢パパが答えた。
「ビーチパラソルは2本あるし、ゴムボートも子供の頃雅達が欲しがって買ったのがあるよ。イスは幾つあったかなぁ?」
お父さんが口を挟む。
「藤沢さん、海に行くのにそんなもの要らないでしょう。泳ぐのに、ゴーグルとキャップ。泳げないならウキワ。
タオルに着替え、休憩の時の飲食物に財布。あとせいぜいビーチサンダルに日焼け止め。そんなものでしょう!!」
思ったいた通り、認識が齟齬する。
お父さんの言葉に目をまんまるくしている雅さんを見て、掴まれている腕を素早く抜き、さっと千里の隣りへ移動した。
その後の『父対パパ』の舌戦は聞くにたえないものだった。
パパは、「将来の嫁と息子がボートに乗ってウフフアハハするのを期待したい」(私か?玲奈か?他の誰か?)「若い女性の麗しさを楽しむべき」(このエロオヤジ)「砂浜で一緒に遊びたい」(勝手にやって)「パラソルの下で恭子さんにオイル等塗ってもらって、仲の良さを見せつけたい」(誰にみせたいのさ?)
など、心にしまっておいて欲しい(私のツッコミも心にしまいました)言葉を並べ、
父は、「船が転覆した時の為にも海では泳いでおくべき」(そうなの?)「いくら見られるつもりでいても、女性の水着姿をまじまじ見るなんて破廉恥だ」(もっともだ)「奈央はお宅には絶対嫁にやらん」(未来はわからないのです)「わざわざ見せなくていい。うちの方が仲良しだ」(競うな!)
などと応戦していた。
私と千里は呆れて二人の舌戦を眺めていた。
「総司さんっっ」
荒海を背負うお母さん。
「弘至さんっっ!」
吹雪を起こす恭子さん。
「父さん…」
と雅さん。
「いい加減にしなさい、親父どもっ!」
波がザブンとかかる。
「子供達の前で、なんて恥ずかしい。情けないわ」
氷柱が飛んでいく。
「父さん達は来なくていい。オレと母さん達で引率する」
「留守番してなさい」
海水で凍り漬けにされ、
「決定です」
氷と共に砕けた。
短い時間に恐ろしい幻をみた。千里にもみえていたようで、知らぬ間に二人でお互いの手を握り合っていた。
海水浴に行く前日に、雅さんに電話をしてみた。
「そういえば、恭子さんのお怒りとけましたか?」
『あ~、父さんに灸をすえる為に、まだ怒ったフリしてるよ』
反省せよ、親父達。




