続18話. 会社の人々
◇◆◇会社の先輩◆◇◆
キラキラした奴が2年連続で入ってきた。最初のキラキラが同じチームに配属になった。
見た目とは違って軽くもなく、付き合いやすい奴だ。ただ、こいつを餌に女の子を釣ろうと合コンに誘っても愛する大事な人がいると全て断られた。騙し討ちのように参加させた合コンは、相手が会社関係で無いと知ると始まる前に速攻で帰った。
よくよく話を聞くと、まさかの既婚者だった。指輪しているけど、いやまさか本当に結婚しているなんて思わないだろ!デキ婚なのかと思えば違うし、嫁はまだ大学生だとかいうしだ会わせろと言ってみるが紹介はない。分かった事は別居しているということだ。なんじゃそりゃ。
それでも少しずつだが状況を知ることができた。そして、幸運な事に偶然二人で居る所に出くわし、挨拶することができた。
並んだ姿がお似合いで、独身の俺でもこの二人は上手くいっているんだろう、夫婦ってこういうものなんだろうなって納得させられた。雰囲気がいい。───羨ましく思えた。チッ。
あの通りの見てくれと既婚者独特の自信と余裕。それは奴の人柄を更に良く見せ、人を惹きつける。勿論、女もだ。寧ろ女こそを、だ。
それでも靡かない。表面に騙されない。相手が女だろうとしっかり釘も刺すしやり返す。敵が出来ないわけじゃないが、仕掛けた側が引くしかない。そういう風に持っていく……のが上手くなった。もう一人のキラキラ後輩井上、部署は違うが仲がいい。こいつが策を授けているようだ。そして、藤沢の嫁さんが井上の妹だと知った。世の中狭いもんだ。
で、だ。
藤沢が俺が教えた店に予約を入れているのを見た。相手は嫁さんだ。藤沢だから納得である。
──湧きあがった好奇心。擽られる興味。嫁さんと普段どんななのか盗み見てやろう。だらけたり駄目な感じを見られるかもしれない。尻に敷かれていたりして?本気で敷かれているんじゃない?
楽しみで笑みが零れる。
「不気味にニヤついて、まじキモイ」
いつの間にか休憩室の入り口に同僚達が立っていた。
先頭に立つこいつを始め、少なからず藤沢に好意を持っている奴は俺が知っているだけでも複数居る。
余計なお世話かとも思うが、藤沢の為には見せた方がいいだろうし、女達も藤沢の現実を知って他に目を向けさせる方がいい。決して、俺の好奇心と小さな嫉妬ではない。厚意だ。うん。好きな子が混ざっているやっかみではない。
俺は囁く。皆の平和と新たな多くの幸せの為に。
「藤沢のオンナ、見たくないか?」
◇◆◇同僚1◆◇◆
藤沢くんの事なら何でも知りたかった。その欲に負けてわざわざ隣の個室を予約した先輩に付いてきてしまった。かっこいいんだもの。言い訳っぽくなるけどあたしだけじゃない。みんなが彼に興味がある。仕方ないんだよ。人気者のさだめってやつだよ。
「で?本当なんでしょうね。ただ一緒に飲みたいが為の口実じゃないでしょうね?」
「違うって。まあ、もうちょっと待てって」
まだ来ない藤沢くんを待たずに先に注文する。別のグループだもん、当たり前か。せっかくだもの。上手く合流できないかな。…誰か、誘ってくれないかな。
あたしは藤沢くんに対して行動を起こせずにいた。でも、ほかの子は一緒にお昼食べようとかお弁当作ってきてあげるとか、休みに会う約束を取り付けようと頑張っている。お昼を一緒にだけは成功者多数だが、それ以外は玉砕だ。理由もはっきりしている。恋人の存在だ。週の前半は手作り弁当。まぁ、あの顔だもん、彼女が居て当たり前。だから、特別ショックは受けない。
寂しいのは否定できないけど。あたしは見ているだけでいい。
ううん、うそ。
可能性がゼロじゃないなら。彼女と別れたら。あたしの事も見て欲しい。
藤沢くんが…男の子が多分結婚を考えるであろう20代後半、30歳前後。その頃には意識してほしい。出来たらあたしが彼女でありたい。
そんな希望を持ってここに紛れている。
そんな事を思っていると藤沢くん達がやってきた。本当に女連れだ。分かっていたいたけど、心が小さく悲鳴を上げる。苦しい。痛い。泣きたい。痛む心がこれはやっぱり恋なんだと知らしめて来た。恋に恋する少女時代はちゃんと終わっていたのだ。
最初は聞き耳を立てていた。後悔。その甘さはあたしの想像を超えていた。
大きな勘違いに胸が壊れそうだ。聞きたくない。信じたくない。嘘だ!
けどそれはあたしだけじゃなかった。
「…どういうこと?」
「聞き違い?」
「あん?」
お酒が入っているせいか空気もガラも悪くなってきた。届く声に靄がかかっている様に感じてしまう。
そんな中聞こえてきた会話に耳を塞ぎたくなった。
「ハァ?女って、奥さんじゃん!藤沢くんって結婚しているの?」
「そうだけど。知らなかったの?指輪してんじゃん」
やっぱり。違ってほしかった。あれはただのお揃いだと思っていた。
その後のあらゆる会話はあたしの耳をただの音となって通りすぎていった。
この日分かった事は、あたしの恋は終わったってことだった。
◇◆◇同僚2◆◇◆
驚いた。ただただ驚いた。
甘さもさることながら、桃色が洩れている。
本当に海斗の妹と結婚したのか。
隠したわけでもないだろうが、仲間内でちょっとだけ話題になった。顔は知っている。まだ大学生のはずだ。
デキたわけでもないのに結婚したその神経がわからなかった。
でも、無理やりでもなくお互いが望み求めあい一緒になったのだろう。それがよくわかる。
でもさ、聞く気があるから聞こえている程度の声だけど、ちょっと弁えようぜ。
あ~あ、どうすんだよこの空気。
固まっちゃって、誰も追加の注文出さないじゃん。っとに。なんだかなぁ。
「俺、頼むけど他に誰か頼む人居る?」
我に返った人がメニューを見る。散った気が戻ると隣の部屋の会話が耳に届く。
「長い夜になりそうで。月曜は艶々かゲッソリかどっちだろうな」
俺がぼそりと言った言葉は一瞬の静けさが訪れたそこにしっかりはまり。想像豊かな子があたあたとしグラスを倒す。
追加でぼそりと投下する。
「兄貴似の美人だぜ?」
女共からギロリと睨まれる。ただの情報提供だ。そこに言葉を続ける。俺って鬼畜?
「もう結婚して二年とかそんなじゃね?最近の話じゃないよ」
「お、知ってたかぁ」
「藤沢さん隠してないし、ベタ惚れで有名でしたよ」
「溺愛、だよなぁ」
「ですね」
思い出した話を言ってみる。
「手出すの、高校卒業するまで待ったらしいですよ。ヤラナイまま二年強も清い交際を続けたって…」
場の空気が変わった。みんなの視線を追う。
げ。
「お疲れ様です。余計な詮索は身を滅ぼしますよ」
奥さんがお手洗いに行っている間に藤沢さんがやってきた。
「噂の魔王サマ…」
「何それ」
藤沢さんの笑顔がコワイ。美形が怒った時にきれい過ぎて凄味が増すっていうけどコレかぁ。
「片桐さんと健人がそんな風に呼んでいたなぁ。少し懐かしく思うよ。で?」
ああ…。
「お疲れ様、藤沢」
えっと何だっけ、何だっけ、ありきたりな名前。あ、そうだ。
「奈央さんに宜しく」
「…知り合い?」
「いや。でも地元一緒だから。同じ学校の出身だし。顔と名前くらい知っているから…!」
「そう。では、お先に失礼しますね。月曜は艶々ですよ」
その後はまるでお通夜だ。
空耳だとわかっているが、チ~ンという音が響いた。
◇◆◇
バレているの気づいていないんだろうなぁ。嬉しそうに楽しそうに盛り上がっているし。
ここは先輩の厚意だと信じて様子をみよう。
オレより早く会社を出たのを見送り、奈央からの連絡を待つ。
下心がアリアリと丸見えの視線と態度。
慣れているとはいえ不快じゃないわけじゃない。
心配しすぎかもしれないが、万が一奈央に危害が加えられたら。考えるだけで殺気が出ているかもしれない。
予防線は張っておかなくちゃね。
知ったら、またあの時みたいに泣いてしまうかもしれない。
奈央は知らなくていい。
奈央の強さも知っている。
でも、守りたい。
チョットだけイタズラ心も入るけど、そこは、ね。
可愛い奈央はオレだけが知っていればいい…。
「雅さん?悪い顔してる」
「そう?」
「でも、それも雅さんらしいって思う」
「ありがとうでいいのかな?」
「うん」
腰に腕を回してオレ達の家へ急いだ。




