続15話. これからも宜しくお願いします
お待たせしました。
それから私は、私達は恥ずかしさに身をちぢ込ませながらこの「誕生日事件」の始まりを話す事になった。
ただでさえどこかに隠れてしまいたいような気持ちになりながら話しているというのに、そこへ千里が返ってきたことで簡潔に纏めた内容をお母さんが話し、中断したことで夕飯の支度の時間になったことに気付いたお母さんが雅さんに一緒に食べていく事を勧め。それを雅さんが了承し、藤沢家へ連絡すると恭子さん達も作った物を持って三人で家へ来る事になり…。お父さんも帰って来て、八人が揃った。
そこで、夕飯を食べながら大きな家族会議が始まり…。
当然、また同じ話から始まり…私と雅さんに開き直る元気は無く、「二人とも魂が抜けたかの様な顔してるよ」と和維くんに言われ、「雅兄ちゃん、姉ちゃん、骨は拾ってあげるよ」と千里に頭を撫でられた。
海斗お兄ちゃんじゃなく千里に撫でられたなんていうのが驚きと共に新鮮な喜びを齎してくれた。
そして…。
なんだろう…この「やってられない」という雰囲気。
あんなに頑張って、恥を忍んで…いや、忍べていないか。頑張って話したのに。話せって言うから話したんですけど。口には出せないけど、言いたい事があるなら言ってみなさい!という心境、です。
気まずい。誰が最初に言葉を発するのだろうか。
経験したことはないけど、これが判決を待つ人の気持ちなのだろうか。いいや、本当にそうならこんな風に思ったり考えたりすることができる余裕なんてないのだろう。
お母さん達の手で食器も片付けられた。テーブルの上にはお茶が置かれている。
ここに座っている事に限界を感じる前に…。
帰宅後、なんだかんだで水分を多く摂っていた為、私はお手洗いへ席をたった。
「戻りたくないなぁ」
◇◆◇
「雅、あんた達、卒業したら籍いれちゃえば?井上さんも、もう覚悟はできているでしょう?」
視線が集まる。オレはここで頷いていいのだろうか。
願ったり叶ったりではあるが、それは奈央も望むことなのだろうか。
こうして話して気付いたのは、オレの方が頭がお花畑であったという、目を背けたい現実。
一緒に居たい。ただそれだけ。全てをオレのものにしたいという欲求。
変に格好つけて奈央の希望を叶えようとしたばっかりに中途半端に奈央に手を出し、奈央がそれを持て余すことになってしまった。
オレがやたらと触り、抱き締め、舐めまわすようなキスで煽ったばっかりにこうなってしまった。スキンシップが過ぎた。もっと弁えていれば奈央だったらこうはならなかったであろうと簡単に答えが出る。
安易に行った中途半端な体の関係。最後までしなければ奈央の望みが守られているなんて、そんなわけがないと知っていて行った行為。
小説や漫画である、これだけはオレは絶対に選ばない!と思っていた「暫く離れる」という言葉が頭をよぎった。よぎっただけで、絶対口には出さないし実行もしない。するだけ無駄だし。
こういう風に頭を冷やさなければならない出来事が起きてしまったが、お互い、不思議と意外と簡単に冷静になることもできるし。何より、こうやって心配してくれる人達、本気で悩みを一緒に解決しようとしてくれる家族もいる。
自分達二人だけの小さな世界に閉じこもる必要なんてないのだから。
つい、自分の世界に入ってしまった。頭を軽く振る。
母さんの考えに乗りたい。そう思う事は正解なのだろうか。正解なんてあるのだろうか。
ああ、オレの思うまま…、そう、おれの思うまま考えるままに。そう出来たらどんなにいいだろう。でもそれがお互いの幸せに繋がるかはまた別で。
長く、そして永く、愛しさと優しさを持ち合わせたまま、お互い与え合いながら添い遂げたい。
考えても考えても、オレ自身の想いと答えしか持ち合わせていない。
振った頭でもまだこうやってぐるぐる回り続ける思考。
これじゃ本当に進まない、ともう一度頭を振った。
奈央が御手洗いから戻っている。そこそこの時間、黙考していたようだ。
肝心の奈央の意見はどうなんだろう。
ここまでの感じと今までの二人の付き合いの中で、奈央もオレとずっと一緒にって考えているのは分かった。夢、希望、描く未来にオレが居る。オレの存在は揺るがないものだと、疑うなと何かが伝えてくる。
奈央はどうしたい?したい事を出来るだけ叶えさせたい。少しは社会に出て世の中を知ることも大事だ。
勉強だってやれる時にやっておくほうがいい。
「奈央は?奈央はどうしたい?」
ああ、この尋ね方では駄目だ。
「奈央は将来、どんな職業を希望している?母さんが結婚とか言ってるけど、それは置いておいて。もし、オレと出会ってなかったら…って想像した方が浮かべ易いかな?」
握った手を顎に当てて少しだけ考え話し始めた。
「うん。現実的じゃないって思われそうだけど、書道塾のおばあちゃん先生みたいに習字の先生になりたい。えっと、教える技術だけはもうあるんだよ?えっと、これでも師範なんだっていえばわかる?」
和維達が前に言っていた教えられるくらい上手いんだっていうのはそういうことだったのか。ちゃんと奈央に尋ねておけばよかった。知っているつもりで知らなかったな。やっぱり、会話が足りていないんだ。
お互いが色々しっくりくることが多いものだから、こうやっていざという時に情報不足になっている。
こういう失敗をアホみたいに繰り返さなければいい。きちんと経験として積重ねられ、足元を固めていくんだ。簡単に揺らぐ事はない絆作りが一朝一夕でできるわけがない。
そう、この話し合いだってその大事な一歩なんだ。
公開処刑のようになっているが、こんなこと恥じゃない。未熟なオレ達が周りの助力を得る。力を貸してと言える相手がいる。こうやって手を差し出してもらえる。
恵まれている事に感謝しよう。いや、感謝している。
この状況を理解してしまったら目頭が熱くなってきてしまった。心は熱く、頭は冷静に。酔いしれるな、オレ。今は、そうじゃない。
大きく息を吸って吐く。
さて、個人で開きたいのだろうか。高校の書道担当の先生でもいいのだろうか。別に書道家になりたいわけではなさそうだ。
「具体的な展望は?」
井上家の方に視線が向いた。
「正直、そこまで考えていなかったの。でもね!…簿記?とか経理とかそういう専門学校に行きたいっていうのと、肩書きとして教員免許があったらいいのかなとか思っていて。だから、一応選択は四年制受験できるようにっていう感じで準備はしてました。
けどもう、自分でもちょっとパッパラパーになってきているかもとか…少しだけだけど、思っていたから。だから相談した方がいい事は分かっていたつもり、です」
「でも、つもりだけ。いや、相談はしたけど、それとは全く違う内容の相談だって聞いているけど?」
香織さんから突込みが入った。
…奈央?
「えっと?」
そんなにわざとらしく目を逸らさない。
「はぁ。………奈央」
「ハイ!」
オレの呼びかけに威勢のいい返事が返ってきた。香織さんの目がバトンタッチだといっている。お渡しします。
あ、オレもう放置かな。用無しの気配が濃厚になってきた気がする。な~んて、気を抜くと不意を突かれてバトンが可笑しな所に突き刺さりそうで怖いかも。
気を緩めずに見守りましょうか。
◇◆◇
お母さんの目が!凄い眼力!!背筋を伸ばさずにはいられない。自分の心臓から尋常じゃないくらいの拍動がする。皆にも聞こえていたりする?そんなわけないか。
「したいことはそれだけ?」
「ハイ!」
多分。
「雅くん、奈央はそれだけだそうよ」
雅さんが自分の名前が出たことに驚きの表情を浮かべた、が。
それはすぐに、ブラック雅の表情へと変化した。
「前提が変わってもオレと、とは言ってくれないんだね。残念」
ちょっ!!ちょっと、それは酷い。騙し討ちだと思う。この流れでそれは無い!
すぅっと、熱くなった頭の中が急激に下がったのを感じる。
「そんな意地悪を言うなんて酷い…!」
声は絞り出したような細いものにしかならなかった。
なんでこんな風になったんだろう。雅さんを喜ばせるにはって、ただそれだけだったのに。
こんな風に「いじる」なんて。悪ノリし過ぎだよ。
「お母さんも雅さんも嫌い!!」
和維くんと千里の腕を掴んでリビングを出ると自室に引き入れた。二人は「おっ」「うおっ」っと驚いた声こそ出したけど、抵抗しないで付いて来てくれた。男の子二人だから、二人がその気になれば、私はこうやって自室に入ることは出来なかっただろう。二人とも優しいから、私の手を振り払う事をしないでくれた。
「奈央ちゃん、さすがに香織さんとミヤ兄、やりすぎだったね」
「あんた達小学生かよとか思っちゃったよ」
気が昂ぶって涙が溢れてきた。
「うう、ぐすっ、ひくっ」
「姉ちゃん、はい、ティッシュ。気が済むまで泣いたらいいんじゃない?」
「お姉ちゃん、千里と海斗お兄ちゃんと結婚するぅ~」
「はいはい」
「はいはい、なんだ」
「和維くんも入れてあげるぅ~。特別だよ」
「しないよ!超こえーじゃん。恐怖の世界へようこそとか無いから!!」
「何それ~。ふふ」
和維くんの突っ込みに小さく笑いが漏れ出た。
「なんだかなぁ。笑われ損じゃないみたいだから、ま、いっか」
「姉ちゃん。夫婦喧嘩の度に実家へ帰ります!ってやつはナシにしてね」
「ならないもん」
「奈央ちゃん、ミヤ兄と結婚するつもりでいるんだ」
「うん。…変?駄目?和維くん、嫌?」
「ううん。全然。あんなのでいいなら是非嫁いでやってよ」
そう言ってくれた和維くんの顔は、兄弟だけあって雅さんにも似ていた。
「和維くんは私が義理のお姉さんになってもいいの?」
「姉さんとは呼ばないよ。親戚になっても奈央ちゃんは奈央ちゃんかな」
「ねぇねぇ。オレ、和兄って呼んでもいい?」
「え。嫌」
「え~、マジで~!」
「うん」
「健人のことも兄呼びするならギリギリOKだすけど」
「う~ん…それはオレの何かがやめろと訴えてくる…のでナシだぁ」
こういう軽いやり取りが楽しい。
「和維くんと千里はそのまま素直で真っ直ぐ優しいままでいてね」
「うん?うんでいいのか?」
「いいんじゃないっすか?」
「よく分かんないけど。奈央ちゃん、今後も変わらずよろしくってことで」
「うん。こちらこそ、これからもよろしくね」
私の部屋はあったかい雰囲気で、階下のことはすっかり忘れ去られていた。
よろしくの相手、雅だと思いましたか?




