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受付嬢と新人君と仕事の限界。


 「このクエスト受けたいんだけど」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、なんと件の新人冒険者マックス君が目の前に立っていた。

 これはびっくり。

 てっきり死んだものと思っていた。


 当ギルドの冒険者死亡率はそんなに高くない。しかし、例のいやらしい上位冒険者様グルエス様のおかげで、無鉄砲な新人冒険者の死亡者数だけは抜きん出て高い。

 彼は嗾けるだけ嗾けて放っておくという最悪の教育方針をとっており、またその教育方針に惹かれるのは周りが見えていない猪突猛進の新人冒険者だけなのである。

 たまにその扱きに耐えて強くなる冒険者もいるが、その両極端の結果に、ギルドとしてもどうにか手を打ちたいのだが今のところ良い方法は見つかっていない。

 自己責任という言葉が当たり前のこの冒険者の世界で、仕方ないことなのかも知れない。


 「このクエストは、まだあなたのレベルでは受けることは出来ませんね」


 用紙を一瞥すれば性懲りもなくまた自分よりも上の仕事を引き受けたがっている。

 某上位冒険者様の下についた新人冒険者の特徴だ。

 無理やりもぎ取った最初の難しい仕事をこなしたことで、さらに視野が狭くなり有頂天になっている。

 主張をすればどうにかギルド側が折れると学んでおり、それ以外の大事な客観性やら自己反省などは皆無なのだ。


 「だからなんだよ。前回のクエストも無事こなしてきただろ。怪我もない。早く仕事させろよ。体が鈍るだろ」


 知るか。トレーニングでもしてろ。


 「前回もお話した通り、当ギルドの規則としてレベル以上のクエストを受けることは出来ません。前回も上位冒険者の後見がある、ということで特例的に認められたのです」


 「なんだよ、金か?金ならあるんだよ、早くしろよ」


 うーわー更に会話が成り立たなくなってる。

 ここで死んでしまえ、とは流石に思えない。無責任に仕事を振るギルドも受付職員も中にはいるが、私は冒険者を生かすことも仕事に含まれると思っているのだ。


 「何をおっしゃられても許可しかねます。もう一度、グルエス様に頼んでみてはいかがですか?」


 可能性としては低いが、グルエスがもしかしたら一緒にクエストに行くかもしれない。

 一人で行かせるよりは何ぼか生きて帰る可能性が高い。


 「そんな格好悪いこと頼めるわけないだろ。もう十分お世話になってるんだから」


 お前の見栄など知るか。


 「そうですか、では諦めてください」


 「なんだよ!お前はただの受付なんだから冒険者に意見なんかするんじゃねぇよ!」


 「はいはい、そうですね。でも私が許可しなければ貴方は仕事にもありつけないのですよ?とにかく、話は済みました。次の方がお待ちなので、そこをどいて下さい。」


 ぶつくさ言いながらどいたマックス君の後ろでは、まだ学校に上がらないような子供がクエストの用紙を持って立っている。


 ギルドのクエストには、それはもうもはや雑用、としか言いようのないものもある。

 庭の雑草を刈ってほしい、とか、ペットの散歩をして欲しい、とか。それらの雑用はでは冒険者がやるかと言えばそうではなくて、近所の子供たちのお小遣い稼ぎとなる。

 この小遣い稼ぎ用のクエストがしかし侮れるものではなく、地方から出てきた新米冒険者と地元に住んでいて小さい頃からクエストをこなしていた冒険者では年が同じでも経験値もレベルも決して少なくない開きが出来る。

 それを悔しいと思うか、ちまちま下らない仕事しやがって、と思うかはその冒険者次第であるが、この雑用クエストをこなしてくれる小さな冒険者たちをギルドとしては大変重宝しまた大事に扱っているのである。


 ちなみにマックス君は後ろで聞こえよがしに「下らない」「ガキどもが」と悪態をつくタイプであるようだ。

 だが、子供たちはそんなことは気にしていない。

 もっと幼い頃からギルドに出入りしているのだ。いかつい冒険者や気の立った冒険者に難癖つけられたことも一度や二度ではないだろう。

 精神的にも、クエストの成功数的にもマックス君よりよほど上である。


 「このクエストをお願いします」


 「かしこまりました。人数はいつものように3人ですね?今回は薬草の採取数が多いけど、今から行くの?」


 「いいえ、明日の朝一で行きたいと思います」


 クエストへの誠実さも危機意識も新人君とは桁違いだ。


 「わかりました。では帰還報告は明日の夕方以降を予定しておきますね。無理をせず、何かあれば必ずギルドに報告してください。宜しくお願いします」


 頭を下げて帰って行く子供たちを見ると、少し荒んだ気持ちが落ち着いた。

 彼らが冒険者になるにしろ、ならないにしろ、この一連の経験は彼らに仕事というものを感じ取る良い経験となるだろう。


 「よぉ、珍しく本当に微笑んでるな」


 「いらっしゃいませ、エス様」


 エスは当ギルドの上位冒険者の一人。そして親分肌で新人教育にも力を入れている冒険者の一人だ。彼は子供の頃弟を亡くしており、若い冒険者を見るとどうしても放っておけないのだ、と以前言っていた。情の深い人物であるようだ。


 「あそこでお前を睨んでるのが例の新人君か?」


 「そうですよ、なんだか更におかしな方向に進んでいるらしくて」


 「あとで飲みにでも誘ってやるか」


 「本当ですか?宜しくお願いします」


 「今度デートしてくれよ?」


 「考えておきます」


 「考えておくだけな」


 苦笑しながらもクエストの手続きを済ませて帰っていくエス。彼のような存在は本当にありがたい。

 マックス君のような形でギルドで騒ぎを起こすと、まず同年代からは受け入れられない。また上についたのがグルエスのような上位冒険者ではその下の冒険者にも連帯感は生まれない。

 ただひたすら上を見るだけの日々、周りには誰もいない、それではどんどん荒んで独善的になっていく。そしてまた回りから人が減る。


 とにかく、エスが声をかけてくれるというそれだけを頼りにするのは情けなさ過ぎるが、仕方がない。



 私はただの受付嬢。それ以上でもそれ以下でもないのだ。


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