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受付嬢にも色々と事情がある。

 

 私の父親は冒険者だった。

 過去形なのは引退したからじゃない。行方不明になっているからだ。

 父親がいなくなって早10年。少女だった私は大人になりギルドの受付嬢になっている。

 この事情を知っている人は、勝手に涙ぐみながら勝手に納得する。

 曰く、


「お父さんの情報を探す為に、一日も早い帰還の為に、あなたはギルドで働いているのね」


 と。

 んな訳ない。

 私は女でひとつで育てられた。同じ境遇の子供が全てそうであるとは言わないが、だいたいの子供は安定を望むのではないだろうか。

 冒険者の父親が行方不明になる。

 この散文的な事象が現実世界に降りかかると何が起こるのか。

 全ての悲劇的な事象が押しなべてそうであるように、まずは圧倒的な憐憫が寄せられる。

 冒険者という稼業の不安定さ。粗野で乱暴ではあるが、その力を持ってして市民生活を安定させるべく外敵と戦うという稼業。

 妻があり、娘が幼く、一家の大黒柱を失うという悲劇。

 その境遇に対しての憐憫と同情。家族はそれに守られて数年を過ごす。

 そして、どうやらその家族が大黒柱なくして生活が成り立ちだすと、今度はひそひそとしたうわさ話の対象となる。

 どこそこで女を連れて歩くその冒険者を見た、とか、あの母親は夫の帰りを信じられずに別の男をくわえ込んだ、とか、実はギルドの不正を見抜いて消されたのだ、とか、いやいやギルドがその冒険者の悪事を知り消したのだ、とか。

 どこの三流小説だ、という噂が立ち数年は道を歩いても好奇な目に晒される。

 そして、それが過ぎると凪いだ生活に戻るのだ。たまに思い出したように1つ2つの噂がまことしやかに蘇って、また風化して。


 そうして就職活動の際に面接官に聞かれるのだ。


「お父様が行方不明だそうですね」


 と。

 そうやって私は安定した職業の城の侍女も、公爵家の侍女も伯爵家の侍女も、あまつさえ子爵家の下女すら落ちたのだ。

 もちろん、それだけが理由ではないのだろう。気働きのなさを見抜かれたのかもしれない。根性がないように見えたのかもしれない。容姿がレベルに達していなかったのかもしれない。

 でも、された質問がことごとくひとつだけで、同じ台詞なら、まぁ、それ自体が理由だと判断しても仕方ないのではなかろうか。

 安定した職業を目指すなら、あとはギルドしかない。

 そこでギルドの職員として面接し、今の主任と人事の面接官に


 「お父様の帰還を一緒に待ちましょう」


というお涙頂戴の台詞で採用されたのだ。

 まったくなんてことだ。


 ギルド職員になって、最初は内勤を希望した。お世辞にも愛想がいいほうではないし、人当たりが良いとも言えない。

 だが、ギルドの仕事はとくかくクエストの受注が中心で、それには受付をまず覚えるのが一番早い。

 魔物の種類、攻略方法、詳細な地形の把握、冒険者という生き物、市民のギルドへの期待、それらに真正面から取り組むのがギルドの受付嬢である。

 そして、どうやら男性というのは女性が相手だと少し軟化する。

 見栄を張って、格好つけたとしても、女性にうまいこと言われるとどうやら軟化する。

 これは女性の年も美醜も関係ないらしい。もちろん、妙齢の美女が一番だろう。

 しかし、男性社会である鍛冶屋の職人になった幼馴染は飲みの席でこう言った。


「例え、もう花の盛りも過ぎに過ぎた年の太ったおばあさんだとしても、工場に入ってくれば少しだけ華やぐのだ」


と。

 よくわからないが、そういうものらしい。

 だからギルドの受付は受付嬢なのだ。そして、愛玩用以外の受付嬢に求められる資質は愛想でも愛嬌でも美貌でもなく、ギルドの運営を円滑に進めるべくギルドと冒険者の契約を粛々として結び、ギルドの人的被害を最小限にし、市民の期待に応え、何より冒険者に萎縮しない、

そういう女性が好まれるのだ。

 だから私は入社してこの方受付嬢なのである。



「ねぇ、あーちゃん」

 

 はい、なんでしょう、母上様。


「いつ素敵な彼を連れて来てくれるの?出会いならいっぱいあるでしょう??だってギルドの受付嬢だもの!!」


ねぇ、母上様、私がギルドの受付嬢なのは男を探す為でも父親を探す為でもましてや市民に奉仕したい為でもありません。


 安定した生活がしたいのです。




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