海の上に浮かぶ少女
「はぁーい」
声をかけてきたのは、月の光に照らされた長い髪と、その声色から少女と思われる。
だけど、ここは夜の海に浮かぶ船の外。
そこそこ大きな船なので、海面までかなりの高さがあるはずなのに、甲板と同じ高さに少女が浮いている。
「とぉーっ!」
俺達が驚き戸惑っているうちに、謎の少女が少しかがんで、大きく跳ぶ。
よく目をこらすと、浮いていたわけではなく、海から突き出た柱のようなものに乗っていたようだ。少女が跳んで離れた後、その柱がどんどん海面に沈んでいく。
「きよちゃーん! おっかえりー!」
謎の少女が叫びながら、俺に向かってダイブする。
きよちゃん? 俺か? 俺のことなのか?
「ごめん!」
ごしゃぁっ!
そこはかとなく嫌な予感がしたので、とりあえず避けてみた。一応、謝ったから許して欲しい。
その結果、壮大な音を立てて、謎の少女が顔面から甲板にダイブしたけど、大丈夫だろうか。
「あの……大丈夫ですか?」
真がおそるおそる声をかける。
少女がゆっくりと上体を起こす。
「えーん。きよちゃん酷いよー」
とりあえず、おそらく俺のことを指しているであろう、『きよちゃん』をやめて欲しい。
「知り合いなの?」
「いや、こんな真夜中の海の上でダイブしてくるような知り合いは居ない」
「そうだよね……なっ! 清継離れてっ」
いきなり真が、俺と謎の少女の間に割って入る。
「足を見て! こいつ、セイレーンだよ!」
セイレーン――西の海に出没する妖魔。その歌声で船を沈めるという。
謎の少女の少女の足を見ると、その下半身が魚の尾ひれになっていた。
「清継! 今こそ修行の成果を出す時だよ!」
「違うわー!」
剣を抜いて臨戦態勢になっている真の頭がはたかれる。
さっきまで倒れていたはずの少女が、いつの間にか真の横に立っていた。2本の足で。
「ちょっとー! 誰がセイレーンよ。玲奈ちゃんはれっきとした人間よ、人間。
それもピッチピチの16歳。水も滴るイイ女よ」
「まぁ海から出てきたし、水も滴りますよね」
……
場が凍る。真の不用意な一言で、静寂が周囲を包み込む。
「いや、あの……魚だけに、ピッチピチですよね」
……
「まぁ、それはさておき。きよちゃんったら酷いんだからー」
言いながら、ちょっとずつ俺に近寄ってくる。
完全に無視された真が落ち込んでいるが、今はそっとしておこう。
「えっと、俺のことを知っているみたいだけど、誰だっけ?」
「えー! きよちゃん玲奈ちゃんのこと忘れちゃったのー?!」
玲奈ちゃんと名乗る少女。海から出てきたはずなのに、もう髪の毛が乾いている。
そして、東大陸の伝統衣装――着物と呼ばれる服を着ている。膝上くらいまでスカートのように生地があり、そこからすらっと綺麗な2本の足が見えている。
「ごめん、覚えてないや」
「きよちゃんと玲奈ちゃんはー、何度もデートしたんだよー。夢の中でー」
いや、夢の中かよ。
「えっと、夢の中って?」
「え? そのままの意味だよー。はじめましてだよー」
だめだ。この少女の話が全く理解出来ない。
「もー、玲奈ったら……だから1人で行くなっつったのに」
また新しい声が増えた。
「どーも、はじめましてっ! ウチは不知火茜、14歳! あんたの将来の嫁なんで、よろしくっ!」
……
「えーっ!」
いつの間にか、着物姿のちっちゃい女の子が立っていた。