カエデ
僕は、ステビアをリビングに上げ、話を聞くことにした。
「で、さっきのはどういうことなの?」
真顔で冗談でも言ったのだろうか。共同体ってどういう意味なのだ? ステビアと僕は対面してソファに座っている。ステビアはソファだというのに背もたれを使わず、背筋を伸ばしきっている。
「えっと私、この世界の住民じゃないんです」
「へぇ――――ってなるか! 平然と言われても困っちゃうよ。重大事項っぽいこと、そんなサラッと言っちゃうんだ」
ステビアは至って真面目そうに言う。まさか頭が少し弱い人なのかな。
「本当なんです。なんか、黒い渦が現れて、これは“次元”だなって分かったんですけど、でも、何もできなくて、テイムの策略なんだろうなあ。いやこれは流星団ですよ。そんなこんなで、ソルとリンとはぐれちゃいました……。しかし、雪斗のオーラが、方向が、分かるんですけど、その方向に雪斗がいて、あ、これが運命共同体だと気づいて感激したのも束の間でした。雪斗を攻撃するものが現れたのです。直感したような感じでしたが、私を間接的に殺そうとしているようでした……」
「うん。全く状況がわからないよ」
やっぱり、少し頭が弱いのかも……。いや、僕も相当バカだからなあ。だから、わからないのかな。
「でも、本当なんです」
「いや、本当か嘘かではなくて、状況がわからないんだ」
「へぇ、そうなんですかあ」
いやいや、ステビア。微笑むところじゃないよ。なぜ納得顔なんだ?
「……」
「……」
ふとステビアは、僕が出したお茶に手をかける。
「ブーーーッ! 苦! 苦いです。これは毒!?」
!?
いきなり、口に含んだお茶を噴き出す。ステビアはよほど驚いたようだ。驚いているのはこっちなんだけど。
「これは緑茶なんだけど、口に合わなかったかな……?」
「はい、ごめんなさい。毒ではないんですね?」
「まぁ、違うんです」
なんか敬語になっちゃった。一気にステビアが遠くに行っちゃったような。
「じゃあ、床にこぼしちゃったの全部飲んじゃいますね、ペロッと」
「! え、ちょっと待って待って、良いって!」
「そうですか?」
ビックリした。いきなりぶっこんでくるんだもの。何なんだこの子は。
そこで、いきなり玄関チャイムが鳴り響く。
「ステビアちょっと待ってて……。――いや着いてきて」
この子何をしでかすかわかったもんじゃない……。手を離しちゃダメだ。僕はステビアの手を引いて玄関に向かう。
「ちょっとおお、雪斗いるわよね」
この尖った声は……。俺は玄関を開く。
「カエデ。どうしたの」
やはりカエデだった。
「ちょっと、暇だから来てやっただけだ…………し」
三葉史カエデだ。ツインテールを振りまき、少し鋭い目つきをしている。ステビアとは打って変わって小柄で細い。黙っていれば可愛いのだが、
「って、ちょっとまてえええい! 雪斗誰だその女ああ! 手繋いじゃってる!?」
「どうしたカエデ、いきなりわめいて」
カエデはステビアを見ると、血相を変えていきり立った。このようにうるさいのが残念だろう。
ステビアはというと、私? と問わんばかりに長い人差し指で、自分を指している。
「そうだよ。アンタだよアンタ。ちょっと雪斗とどういう関係か言ってもらえる?」
やばい、カエデの攻撃モードだ。僕に対しても良く攻撃的な女の子なんだけど、今日は獲物を狩る鷲の様に鋭さを増している。原始時代なら激モテ間違いなし。
「カエデお前は勘違いしてるぞ」
僕が弁明しようとしたところ、
「え、私は、雪斗と運命共同体ですけど……」
ステビアの言葉にカエデは固まった。口をポカンと開いている。そして、
「ふふ、あっそ、どうでもいいし、正直なとこ。うん、いいし」
とカエデは自分に言い聞かせ、玄関ドアを開き外へ出た。そして、うわあああ、と絶叫しながら走り出す。僕はカエデを追うため、外へ出た。カエデは左手の方へ走って逃げている。突き当たりで階段を駆け下りる。ここは2階建てアパートで、横に階段がついているのだ。
カエデは階段を駆け下り、アパートの敷地から出ようとするところだ。
畜生速い。というか僕が遅いだけか。
――走るの苦手なんだよ。
なんとか階段を駆け下り、アパートの正面へと回ったところで、俺の横を何かが凄い速度で駆ける。まるで新幹線が横を通ったような威圧感と速度だった。僕は思わず立ち止まってしまった。よく見ると、ステビアだった。速すぎる!
ステビアは敷地から出て、簡素な塀に姿を隠したかと思うと、直ぐにカエデを抱えて戻ってきた。
わきで担ぐ感じになっている。力持ちだ。
「離せええええ!」
とカエデがわめいているのが聞こえてくる。
何をやってるんだ……。
カエデは足をばたつかせるが、空を切るばかりで、ステビアには全く影響がなく、悠然と歩いてアパート脇から階段を上る。
再度僕の部屋に入った。
玄関入ってすぐ左のキッチンを無視して直進すると、リビングが広がっている。
リビングは12畳の長方形で、部屋奥の壁(東向きの壁)は、ほぼ全面窓になっており、太陽の光が存分に入ってくる。更に寝室の6畳部屋もあるので、一人暮らしには充分すぎる間取りなので、僕は満足している。
そう、僕はわけあって一人暮らしをしている。
このリビングの真ん中に位置するガラス机。透き通ったガラス机は大きなソファ二つにサンドイッチされている。
片方のソファに僕と不貞腐れたカエデが隣あわせで座り、向かいにステビアが座っている。
「…………だから、ステビアは運命共同体とかなんとか言ってるけど、この子とあったのはついさっきなんだ。誤解なんだよ」
僕が説得を試みると、
「え、そ、そうだったの。ふーん。なーんだ別にどうでもいいけど、そういうことだったのね。りょーかい、りょーかい♪」
なぜかカエデの顔には笑みが浮かんでいる。
「で、ステビアとか言ったっけ。わたしは三葉史カエデって言うの。よろしく」
笑顔の戻ったカエデ。僕は安心して溜息をつく。
「どうぞよろしく、カエデさん」
そして、二人は握手を交わす。が――
「痛うううう!?」
とつぜんカエデから苦しげな声が漏れる。ステビアは不思議そうにしている。
「おい、どうした。カエデ、大丈夫か」
僕は驚いてカエデを見る。
「あんた、やっぱりやろうって言うのね。つよく握りすぎよ! この女、微笑みながらケンカ売りやがってええ。少し胸がでかいからっていい気になりやがって! ……わ、わたしは小さいのに……(ブツブツ)」
「おい、最後は関係ないんじゃないか」
僕は突っ込むが、
「雪斗は黙ってて」
即座に睨みを効かされた。しかし、
「いやここは譲れない、少しばかりじゃないぞ、恐らくこの大きさは、そこらへんのスイカを上回ると確信して――ぐはあぁ……!」
「アホか!」
痛い。気合が一極集中された右パンチがカエデから繰り出された。横目でゴミを見るような一瞥を食らわせたカエデは、一瞬で僕から焦点を外し、ステビアを睨みつける。
「で、なんのつもり、本ッ気で握ってきたわよね。今!」
カエデはご立腹のようだ。もう僕は介在できないよ。
「いえ、そんなつもりは、あんまりないんです」
ステビアは片手をあげ、軽く左右に振った。
「少しはあるってことよね」
「ええ、まあ少し」
「上等だああ」
カエデはツインテールを逆立てる勢いで猛突進する。
「おい、カエデ!」
おいおい、ちょっと……どうしてこうなるの。僕の声など耳に届かずのカエデは、ステビアに弱々しい右パンチを突き出すが、ステビアは人差し指で、カエデの頭を押さえつけると、一切カエデの攻撃が届かない絶対範囲を作り出した。それでもなお突っ込もうとするカエデは段々顔が歪んでくる。
「こ、この! ……ぎゃーーー痛いよーー!」
頭を抑えて、涙目になりながらへたりこむカエデ。
「いやなんで、カエデがダメージ受けてるんだ」
僕が言う。ステビアは平然としている。頭の中は『?』が浮かんでそうだ。
さっき見た限りでステビアは異常な強さだった。勝てるわけがない。
「カエデ落ち着くんだ。ステビアの目をよく見て、この子普通じゃないんだよ」
「なん、なのよ。――銀色? ははあん。カラーコンタクトか」
なるほど、カラーコンタクトの線があったのか。さすが女の子だな。そういえば昔、カエデもカラーコンタクトしようとしてたな。目に異物を入れるのが怖くてやめていたっけ。
「これは生まれつきですよ」
「嘘つけえ。そんな目の奴がいるか! さっきからバカにしやがってええ!」
逆上しているカエデは、途端ニヤリと悪巧みを思いついた子供の様な笑みを見せると、“能力”を使い出した。
「おいカエデ、こんなところで……」
言うは遅し、カエデは一瞬にして空間から消えたのだ。さすがのステビアも驚きを隠せない。次の瞬間、ステビアの頭上に黒い禍々しい歪みの渦があらわれ、そこからカエデが飛び出した。
流石のステビアも予期していなかった。カエデはステビアに抱きつくと、地面に倒して、胸のあたりに馬乗りした。
「へっへーーん。やったああ。目、見せなさいよ。んー、どれどれ……」
そ~っとステビアの目に手を近づけ、親指と人差し指で大きな目を更に開いた。
「なんなんだ、この光景は」
異様な光景に思わず呟いてしまう。
「え! 本当に生まれつきなの、これ」
と、カエデから驚きの声が上がると同時に、ステビアは腹筋力だけで、仰向け状態から座る状態へと移行した。馬乗りだったカエデは、振り落とされて、後頭部を打つ。
「わわわ、ちょっと、いきなり何すんのよ、バカ!」
「それは、こっちのセリフですよ」
ステビアも悔しかったのか、片頬を風船のようにふくらませている。
「もう、二人共落ち着いてよ。さあステビア、ここに至るまでのいきさつをカエデにも話して上げて」
僕が理解できなかった話だ。
「なによ、いきさつって」
「見ただろうステビアの異常な力とこの銀目。普通じゃないよ」
「この辺にうろついてるんだから、能力者でしょ?」
確かにこの辺には能力者が集まっている。が、これはまた別な気がするんだ。
「取り敢えずさっきのこと話してくれるか、ステビア」
「はい。えっと、まず私、この世界の住民じゃないんです」
「は?」
カエデは眉を引き上げ、訝る。
「本当なんです。なんか、黒い渦が現れて、これは“次元”だなって分かったんですけど、でも、何もできなくて、テイムの策略なんだろうなあ。いやこれ――――」
「えええい、うるさい。もういい、もういい!」
「ギブアップ速いぞ、カエデ」
やはりカエデでも無理か。いつも僕とカエデがクラス最下位を争っているから仕方ない……か。