出会い
晴天。僕を照らす、光。
これから夏休みが始まる。
……。
(絶対に尾けられてる……)
背中に視線を感じる。べっとりと睨みつけている。なんだろう、この邪悪な気配は。後ろを向くのが怖い。
人通りが少なくなってくる。やばい。やばいよ。確実に来る。
予感した時だ。
「!」
空間に一筋の風が巻き起こる。ドコっ、と鈍い音が耳の近くでした。
「グハァ!」
続いて、野太い悲鳴が響く。僕は驚いて頭を抱え、しゃがみこんだ。
一瞬沈黙が流れて、 ズシャー、と真後ろで音がする。
「ひいい、なんなんだ!?」
僕が振り向くと、そこには一人の人間がゴロゴロと転がっている。人間業じゃない! 人がこんなに転がるということは――“能力”を使ったものが……。
数メートル先では男が転がっていた。ピクリともしない。
身を引き締めて、周りをしきりに確認しようとした時だった。晴天のはずが、陰りが差す。ぬわーー上かあああ!
急いで、空を仰ぐと、そこには人間が急降下している最中だった。僕は時間がスローになった感覚を覚えた。
その人間のスカートの中が完全にめくれ、水玉模様のパンツが目に入った。
「おお……」
思考、行動ともに静止し、その素晴らしい足にまとわれた物を食い入るように見る。それは渇いた心を潤すのに充分であった。
そして、落ちてくる女の子の股が僕の顔と衝突した。
グキリと首がなる。
「う゛。むむむ……」
僕は仰向けになり、女の子の股が完全に顔面を覆う。
曇天。僕を覆う、陰。
なんていい匂――犯罪臭がするんだろう。
「あわわ、すいません」
その子はジャンプするように僕から楽園を引き離し、ジャンプするような軽い声で言った。
僕は両腕を両足を広げ仰向けになって、空を仰いでいる。
「大丈夫でしょうか……。おーい、おーい……」
僕はぼんやりと目を開いた。僕の眼前で手を振って、僕の生存を確認する少女。
――天使だ。
パッチリと大きく開いた目。その目には優しさがこもる。黒目の部分が、なぜだか知らないが、銀色をしている。その銀色は真珠のように輝いている。髪はロングでサラサラとしていると思われる。
正座を崩したような座りをしている。全体的にムッチリとしていて、座っていても分かるくらい長いと足が、眼前にある。スカートの中の水玉模様がもう一度見たくなった。
敵なのだろうか? いや、この子にならメッタメタにされても構わない!
「あの、鼻血出てますよ……まさかダメージが?」
「い、いや、大丈夫です。それより君は何者なの?」
僕は大慌てで起きて、鼻を抑えた。なぜ空から降ってきたんだろう。真正面に女の子を見る。やはり天使か。鼻が熱い。
「私、ステビアと言いまし――」
そこで女の子は言葉を区切ると、フッっと土煙を舞って消えた。座った状態から? 速すぎる。僕は何歩も遅れながら周りを見回そうとした。そして、後ろを向いてぎょっとした。
そこには女の子の手の甲が、僕に触れんと存在していたからだ。その向こうには見るからにヤバそうな男が迫っていた。その男の額には星型の刺青があった。こえええ! 何でこんな人に僕が狙われているの?
女の子が手でそいつのパンチを防いでくれなかったら、僕は殴られていただろう。声も出なかった。ついて行けない世界だ。
「この――」
男が低い声を出した瞬間、
「はっ」
と鋭い声が響き、女の子は右のパンチを繰り出していた。これまた速い。全く軌道が見えないパンチは、体重がありそうな相手を数メートル吹き飛ばす。
「あ、あ」
思わず変な声を出してしまった。
男は顔を伏せた。それ以来顔を上げなかった。
「あれ、あれれ何が起こったのだろう」
僕が放心していると、
「もう大丈夫のはずです。ふぅ、怪我はないですね」
どうやら、この子は僕を守ってくれたようだ。
「あの……」
何かを言わないと……と声を出したが、何を言えば……。
「私、ステビアって言うんです」
ステビア? 珍しい名前だ。不思議な子だ。
「あのー、ステビアさん?」
「呼び捨てにしてください」
「ん?」
え、いきなり呼び捨て?
「ステビアで良いですよ」
「えええ、……ステビア?」
「ふふ、はあい」
と言って、ステビアはいきなりおどけて、満面の笑みを見せる。はあああ! ――天使。
「僕らと同じ学校ではないよねえ。すると、他校さん……」
僕が思案していると、
「あなたのお名前は?」
とステビアは聞いてくる。
「僕は佐村雪斗って言います」
「そう、雪斗って呼びますね?」
「はえ! どうぞどうぞ――」
おう、割と積極的な子だ。見た感じには、内気な子かなあと思ったんだけど。杞憂だった。
「それで、ステビアは何者なの?」
見たところ同い年っぽいけど。
「それは……」
なぜか言いにくそうなステビア。
「――私は、あなたと共同体なのです」
「……」
?
僕は笑ったが、頬が引きつった。