運命的な幻想恋物語
西暦2026年。数年間に世界初のVRMMOが発売されてから、これまで多くの《仮想世界》が生まれてきた。だが、その多くがRPG――剣と魔法の世界で占められていたことに、不満を抱くユーザーは少なくはなかったはずだ。
そもそも、MMOの利点とは何か?
《Massively Multiplayer Online》……『大規模多人数同時参加型オンライン』MMOの最大の利点は、対戦・協力と言った――『大人数でプレイできる』ここに尽きた。
《仮想世界》一つを作り上げたからと言って、《住人》が居なければその世界は潰れてしまう。
『数千規模のユーザー』を獲得できるジャンルは限られていた。
《Role-Playing Game》……家庭用ゲーム機時代から、RPGというジャンルは多くのゲーマーに愛され続けてきた。剣と魔法の世界は、少年少女たちにとってまさに夢の世界。世界初のVRMMOのジャンルもまた、RPGだった。
現在のVRMMOユーザーの殆どが、複数のRPG作品によって占められている。極少数の規模ではあるが、ボードゲーム等の、古くから愛され続けたジャンルのVRMMOも存在する。ユーザー数はおよそ500人を下回るが、根強いファンが多い作品は廃れることなく現在も稼働中だ。
現在市販されているVRMMOは、RPGが9割を占めていた。だがその中でも『数千規模のユーザー』を獲得できた作品は10を超えはしない。
最早、『数千規模のユーザー』を獲得するには、新規のRPGでは手が届かないまでになっていた。
そんな折、遂に僕たち一角のゲーマーが望んで止まなかったジャンルがVRMMOとなって発売されるというニュースが飛び込んできた。
西暦2026年。
ゲーム会社《link》が発売するVRMMOの名は――《リアカノ・オンライン》
ジャンルは……『恋愛シュミレーション』
「だから僕は思うんだ。ハーレムを語るのであるなら、二人では足りないと!」
「また始まったわ、カイトの節操無し発言が。そうやって私を嫉妬させておろおろする姿を見て悦ぼうとしているのね。全く、困った性癖よね…………じゅるり」
いつも以上に強く訴える僕に対し、こちらもいつも以上に冷たい視線を向けてくれる。
彼女の名前は《紫苑》。腰まで伸びたストレートロングの黒髪。切れ目で整った顔立ち、長身細見のスタイルに……どの角度で見ても残念なことに変わりはない貧乳。
――属性『貧乳娘』、個性『両立に成功したSとM』。
紫苑は、この《仮想世界》で僕の最初のヒロインとなった美少女ちゃんだ。しかしその実態は――超高性能AIによってプログラミングされたNPCだったりする。
NPCだからと言っても、彼女たちの仕草からセリフ・行動の何まで、“本物”とたがわぬものであることは、この《仮想世界》に四か月以上も浸り続けている僕自身が何よりの証拠である。
「確かに、紫苑の嫉妬する姿は見ていて興奮を覚えることもある。だけど、先の発言にはそういった意図があった訳ではなく、やっぱり健全な男子としては美少女を侍らせたいという切なる願い――いででででででっっ!!!??」
隣に座る紫苑に熱く語りかけようとした刹那、反対側から強く頬を抓られた。
「もう、ほんっとうに節操がないんだから、このバカはっ」
「痛いっ、痛いたから! マジで痛覚に『やんわりと頬っぺたを抓れる刺激』が入って来てるからっ!」
必死に訴えかけながら、抓られた方へと向きかえる。
果たして、そこには冷めた顔の金髪ツインテール幼馴染(設定)がいらっしゃいました。
属性設定が『幼馴染』ということもあって紫苑とは違い、彼女《菜月》は遠慮が無い。胸はそこそこ大きいが、個性『埋もれた一割のデレ』のおかげか、未だその胸にご厄介になれた日は無かった。
「こんな美少女を二人も侍らせといて、それでも満足しないなんて!」
「いででででえっっ!!!」
殺せない程度の痛み。怪我をしない程度の痛み。しかし、涙が出る程度の痛みが僕に襲い掛かってくる。
菜月は一割がデレで出来ている。では、残りの九割はなにで出来ているか? それは、『ツン』であったり『クー』であったり『ヤン』であったり……つまりデレ以外の要素で出来ていた。
『埋もれた一割』というのは伊達ではない。まさに、菜月のデレ要素は地中深くに埋もれていた。九割は怒るか無視されるか包丁を振りかざされるかだ。
菜月のフラグを立てるのにはとても苦労する。だが、僕は『一割のデレ』を拝むためだったら、いくら頬を抓られたって構わない。
「むしろご褒美だ!」
「なに訳わかんないこと言ってんのよ!!」
「い――――でええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
客観的に見てみれば、菜月は非常にめんどくさい女だと思う。暴力は振るうは、話し掛けても全く反応を示さないことが大半だ。でもこちらから話し掛けないと、拗ねたように僕を覗き見て来る。現実世界ではありえないことだった。
僕は昔、好きだった子との間でいろいろとあったため、リアル女が少し苦手だった。そうでなくとも元々モテる方ではないのだから、親しく話せる相手は一人も居らず、彼女なんてもってのほかだ。
僕は、リアルでは高校三年生。もうじき受験を迎える。
この三年間、灰色の高校生活だった……。その原因は、僕の女性不信――と言えば大袈裟だが、女性になれていないことが、灰色の原因なのは自分でも分かっていた。
そんな『現実の女性』と距離が掴めない男は、この《仮想世界》でNPCである彼女達を相手に“女性と接する練習”をしたりする。まあ、僕のようにどっぷりと彼女たちにはまってしまう廃人も中にはいるが。
菜月の怒りから逃げるように僕は二人の前から飛び出して行った。
美少女を相手に逃げ出すとは、ギャルゲーマーとしてあるまじき行為だけど、これ以上あの場に居続けると、光物が飛び出しかねないからね。
二人同時攻略でも生命の危機を感じているのに、これ以上ヒロインの枠は増やせるのだろうか? 少々不安する部分もあるが、他の美少女達に目移りしてしまうのだから仕方がない。美少女は何人侍らせても飽きないはずだ。
ハーレムエンド、――ありだと思います!
仮想世界の夕焼けに染まる空は、現実のそれよりも美しく輝いて見えた。
幻想は現実よりもやはり美しい。これが、実は目で見た光景ではなく、脳に直接送られてくる映像だなんて、僕は未だに信じられなかった。
適当な公園まで逃げ着いた僕は、空いていたブランコへと腰を下ろした。
隣には、希薄そうな美少女が座っていた。小柄な体格に、雪のように真っ白な髪をした彼女は、おそらく他のプレイヤーのヒロインなのだろう。僕が隣に座ったと言うのに、全く反応を示さなかった。
「…………」
「…………」
そして、無音の時間が続いた。
先に耐えられなくなった僕は、プレイヤーの許可なしに他人のヒロインにアクションを取ることはマナー違反だったが、思わず声を掛けてしまった。
「こんにちわ。相手の人は、今はログアウトしているのかい?」
待機状態に入っているのであれば、彼女たちは機械的な受け答えしかできない。もし触れようとしても、体が空けてすり抜けてしまう。セクハラは自動的に出来ない仕組みになっていた。
「………………ましろは……」
「え?」
ぼそぼそと小さく呟く少女。それは、機械的な回答……というよりも、どこかに消え去ってしまいそうな……まるで幽霊が喋っているみたいに感じられた。
「…………ましろは…………ましろは……」
先ほどから呟いているのは、少女の名前なのだろうか?
ためしに、その名前を呼んでみた。
「ねえ、ましろちゃん」
「…………」
ゆっくりと、少女は顔をこちらへ向けてくる。
虚ろな表情に、光の灯らない瞳――。
もしや彼女は…………僕は重大なことに気付きはしたが、それはもはや手の施しようのないことだった。
「……ご、しゅじん、さま……ですか?」
光の灯らない瞳で僕を見つめてくる《ましろ》。きっと彼女の見る先にいるのは、僕ではない誰かなのだろう。
「ああ、ただいま、ましろ」
それでも僕は、その誰かになりきった。
消えゆくましろに対して、最後にご褒美を上げたかったから。
「うれ、しいです……やっと、ごしゅじんさま、に、むかえ、きて、もらえ……」
僕は、触れられないはずのましろのことを、力強く抱きしめた。
ヒロインになった少女達は、主人公であるプレイヤー以外の男に振り向いたりはしないようにあらかじめ設定されていた。プレイヤーが《ログアウト》している間も、彼女たちはずっと仮想世界で主人公の帰りを待ち続けるのだ。
しかし、プレイヤーの中には、長期間戻ってこない者もいれば、二度と帰って来ることのない者もいた。
――三ヶ月。それが、ヒロインに与えられた有余だった。
最後にログアウトしてから三ヶ月が過ぎた時、プレイヤーのプレイデーターは全て抹消され、再びこの世界に戻って来た時はまた一からのプレイし直しとなってしまう、という強制処置が働くようになっていた。
そのような仕様になっている原因の一つに、NPCの数に限りがあることが上げられる。飽きられた・捨てられてしまったNPCを初期化し、新たにユーザーに気に入られる設定に変更されるよう、なっている。一カ月以上どのプレイヤーのヒロインにもなることのできなかったNPCにも同様の処置が行われる……。
ましろの本当の主人公は、ちょうど三か月前から今日までこの世界に戻って来ることはなかったはずだ。
その間ましろは、この公園のブランコに乗りながら、ただひたすらご主人様の帰りを待ち続けていたのだろう。現実世界とこっちの世界を行き来できる僕たちと違い、ましろたちはこっちの世界から出ることはできないのだ。
果たしてましろの主人公だった人物は、ましろに飽きてしまったのか、それともリアルの事情でこっちに戻ってくることができなくなったのか……それは僕には分からないことだった。
「ましろ、は、ごしゅじんさま、が、だい、すき、で……」
でも――この子が今日まで頑張ってきたことだけは、僕だけがわかってやることができるだ。
「僕も、ましろのことが大好きだよ」
「…………うれ、しい、です」
「お疲れ様、ましろ」
「……………………はい」
幻想色の夕陽が暮れてしまうと同時に、ましろの小さな体は溶けて消え去っていった。
最後の最後に、僕は彼女の柔らかな笑顔を見ることができた。
翌日、祝日と言うこともあり、僕は朝から“こっちの世界”に来ていた。
「だから僕は思うんだ。ハーレムって言うのは、やはり三人以上を指す言葉であると!」
「二日連続ね。そろそろ私のサディスティックな炎が点火してしまいそうなのだけれど、そこの暴力ツインテールは私と協力タッグを組んでカイトを監禁して見る気はないかしら?」
「そろそろこのバカの頭を割る――冷やす必要があるわねぇ。良いわよ、その話乗ったわ」
「くそっ、ハーレムエンドにたどり着く前に、このままだとデットエンドに直行しそうだ!」
ヤンデレ二人の腕を振りほどくと、僕は颯爽と街道を駆け抜ける。
「「待ちなさい、カイト!!!」」
「待てるか――――――――っ!」
真剣に生命の危機を感じながら街角を曲がろうとしたとき――
「ふぎゃぁ!!!」
「おっと!」
何か、小さいもの衝突してしまった。
「ご、ごめんっ、怪我はなか……」
「痛たたた~っ。ま、ましろの方こそ、前方不注意でごめんなさい……? あ、あの、ましろの顔に何かついていますか?」
「……い、いや、なにも付いてないよ」
慌てて僕は、転んだ少女に手を差し出す。
「あ、ありがとうございます」
少女が僕の手を掴んで立ち上がったその時、
「「カイトーーー!!!」」
背後には僕を追いかけてきた二人の姿が。
まずい、このまま行けばNice boat的な展開が待っている!
「逃げるよ!」
「はぎゃあ!??」
僕は少女の手を取ったまま走り出す。
「なな、なんでましろまで逃げないとですか~!?」
「決まってるよ、そんなの――」
ましろのことが好きだから!
僕は絶対に、君を手離したりしないよ――。




