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LOST  作者: 深水 紺
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第4章 ロスト チャイルド - lost child

今回はちょっとしたbreak time回です。



「暑い! 暑いー! 暑いよぅぅぅぅ!」


 ぐったりと道端に座り込んでしまったライラを横目に、ケルヴィンは袖で汗を拭った。

 午後三時を過ぎたあたり。

 強い夏の日差しが降り注いでいる。


「どうします? ちょっと休みましょうか?」


 地図を片手に先頭を歩くトマは、一人涼しい顔で振り返った。

 ライラは素晴らしい反射速度で手をぴんと上げる。


「休憩賛成! 出して、さっきの出して!」

「はいはい。ちょっと待ってくださいね」


 トマは立ち止まると、道から少し外れた草地のうえにリュックを下ろした。

 何やら荷物で膨らんだリュックの中をごそごそと探った後、苗のようなものを取り出す。

 興味津々といった様子のライラを横に苗を地面に植えると、小瓶から粘性のある液体をその上に垂らした。


「下がってください」

「了解!」


 二人が少し下がってから数秒後、不意にミシミシと何かがきしむ音が響く。

 次の瞬間、苗を植えた場所から木の幹が上空へすごい速度で突き出すと、あっという間に枝を張り、葉が茂り、数人が木陰で休める程度まで成長した。


「すごい! 何度見てもすごいねぇ」

「トマ、貴重なものなのにすまないな」

「いえいえ、ケルヴィンさん、どうせ記憶の村の使ってない備品を廃棄前に頂いてきただけですし。とりあえず、休みましょう。トリアまでは、あと二時間といったところですし」


 トマは腰を下ろせるように、ちょっとしたシートを敷くと水筒を取り出し、冷たい紅茶を二人へ差し出した。


「ディア産の茶葉を使ったアイスティです。これから向かおうとする場所ですし、気分から入るのも悪くないかと思って」

「ところでトマ、この木って、どんなギフトを使って大きくなってるの?」

「ああ、これは時間操作のギフトは多少使ってると思いますけど、基本的には生化学を応用したサイエンス・テクノロジーを用いているはずです」

「サイエンス・テクノロジー?」

「ええ、ギフト以前の時代からある、いわゆる『アナログ・テクノロジー』ですよ。化学反応や自然物理学を人為的に再現することで、技術開発を行っていた時代が遥か昔にはあったんです。今でも、多くのものにその技術は取り入れられていますが、あんまり実感することはないですよね」


 分かったのかどうか、ライラは首を(かし)げながら、ふーんと何度か頷いた。


「ちなみに、この『the Shade of a Tree4』は、馬鹿苗病(ばかなえびょう)の原理を使っています」

「バカな絵? ……落書きってこと?」

「え? ……何か、勘違いが発生しているようですけども、馬鹿苗病っていうのは稲の病気の一つですよ。感染すると際限なく巨大化してしまうんですが、これは植物成長促進ホルモンのジベレリンがですね――」

「トマの話、難しいー」

「いやいや、ここからが面白いところで、このジベレリンと、時間圧縮ギフトを上手く融合させて商品化させた――」

「うわぁぁ、頭が爆発するぅ」


 頭を押さえて地面を転げるライラと、しつこく説明を続けようとするトマを見ながら、ケルヴィンはアイスティに口をつけた。


 ディア共和国のヨルムンガンド出版に、ユグドラシルへと繋がるヒントが隠されている。

 ここまではいい。

 空便を使って向かうのは、どう考えても予算が許さないだろうから、定期船を用いるという話をここまでの道中で確認していた。


 しかし、地理に(うと)いケルヴィンには、それがどの程度の距離感なのか掴めない。

 ピアニスト時代の蓄えに、スノッリからもらった退職金を合わせても大した金額にならない中、これからの旅路は大丈夫なのだろうか。


 幸か不幸か、不安を感じることのないケルヴィンではあるが、半ば勢いでスタートした旅ながら、何とか完遂させたい。

 そのためには、圧倒的な情報不足をどう補うか、それを考えていた。


 ふと、トマの持っている地図が目に入る。


 ハルシオンフォレストを抜けるにあたっては、ケルヴィンとライラが来たルートでなく、途中でいくつか水場を通る経路が選択された。

 おそらく異形が侵入してきたのは二人の匂いを辿ったのであろうという判断があったからだ。

 水場を通ることで匂いを遮断し、これ以上の侵入者を許さないことが優先され、トリアの港町からは離れた森の出口となった。

 そのため、少しばかりの遠足を強いられている。


 ケルヴィンは思った。

 この土地のことすらよく知らない中で、果たしてユグドラシルを世界のどこかから探し出すことなど、出来るのだろうか。


 未だじゃれあう二人に、ケルヴィンは声をかけた。


「トマ」

「え、あ、はい。なんですか、ケルヴィンさん?」

「いや、ちょっとその地図で、現在地やトリアの港の場所を教えてくれないか?」

「ええ、もちろんいいですよ」


 トマは自分の知識がケルヴィンから必要とされていることに、大いに気をよくして折りたたまれていた地図を地面に広げた。


「これ、実は世界地図なんですよ。全部広げるとすごい広さになるんですけど、空間圧縮のギフトで、どれだけ折りたたんでも厚みが出ないようになっているんです」

「なるほど。便利だな」

「で、ちょっとここを見てください。これが今、僕たちのいるトリア諸島の本島、大トリア島です。この東端にあるのが『トリア港湾都市』で、ちょっと西に行って記憶の村のある森。僕らは北のほうから出てきたので、今はこのあたりですね。ちなみに、森の西にあるのは、ディバイ山脈と小都市群で、この辺に州立ディバイ大学、西端にはサンゴ礁で有名なリアフ海岸。海を隔てて、その横にある大きめの島がメガラニカ島です」


 地図には名称が書かれていないが、トマはすらすらと地名を口にする。


「ちょっと待ってください、もう少し地図を広げますね。……はい。で、ここがディア共和国のある、ゴンド半島です。トリア諸島から見ると北西、高速船で三日ばかりの距離ですかね」

「なるほど、意外と遠いな」

「いえいえ、世界は狭いようで、意外と広いですからね。それから比べるとそんなにですよ」


 胸を張るトマの説明を聞き流しながら、ライラは寝転がったまま声をかけた。


「それよりトマー、何でそんな紙の地図使ってるの?」

「え? このほうが雰囲気出るじゃないですか! 旅だぁ、って感じで」

「でも、端末(たんまつ)の地図のほうが便利じゃない? 現在地も分かるし」

「それが僕は端末を持ってないんですよ」

「え!? ほんとに?」


 ライラは、トマの返答に驚き、身体を起こした。


「お金とかどうしてるの? トリアは電子キャッシュしか使えないよ?」

「必要なものはラナさんが揃えてくれましたし、あの村で暮らしてる分には今まで必要がなくてですね、それに、ほら、端末って国連登録の個人情報が必要ですけど、僕、迷子ですし」

「じゃあ、個人識別IDとか持ってないの?」

「ええ、いわゆる『ロストID』ですよ。僕、記憶と一緒にいろいろロストしてるみたいでして。……でも、ライラさん、全世界でID登録されていない人間は、亜人種を含めると推計でおよそ全体の20%、五人に一人は『ロストID』です」

「いやいや、そうだけど、でも、どうするの? 国外に出れないんじゃ?」

「そうなんですよね。……まあ、厳密に言えば、トリア諸島連合は自由貿易都市群ですから、国家でないので出入りは自由です。でも、問題はディアに入国できないってことですか。……とりあえず、トリアにある国連窓口に言って、何とかしてもらいましょう」

「……ってことは、結局、トマは一文無しなんだね」


 いやぁ、と言いながら、トマは頭を掻いた。


「その負い目があったんで、こうやって色々とアイテムを持ってきたんですよ」

「もう! ライラもそんなにお金はないんだから、船賃が足りなかったら大変だよぅ」

「ちなみに、俺も貧乏ピアニストに見合った蓄えしかないぞ」


 三人は(しば)し顔を見合わせた。

 お金がない。

 あまりにも初歩的な困難を前に、少しばかり仲間を当てにしていた面々は、やっと現状を認識したのか。


 ケルヴィンは、言葉を失う二人に向け、口を開いた。


「……まあ、何とかなるだろう」

「嫌だー、貧乏は嫌だー!」

「ライラ、落ち着け。どうしても、必要ならば俺が何とかしよう」

「どうするの?」

「お金を奪われても仕方ない悪人を夜討ちして、その人が暮らすには困らない程度のお金を頂戴するとか」

「何言ってるの、ケルヴィン! それって、ものすごく犯罪だよ!!」

「いや、まあ、俺はほら、感情がないから、良心の呵責(かしゃく)もないし」

「駄目、絶対! 私の目が黒いうちは、ケルヴィンを犯罪者にさせないよ!」

「ライラさんの目は、黒じゃなくて赤ですよ」

「トマは黙ってて!」


 再び、沈黙。

 少しずつ傾いていく太陽につられてか、涼しげな夕刻の風が吹き始めた。


「ライラ、トマ。とにかくトリアに戻ってから、詳しいことは相談しよう。まずは、トマのID登録をどうするのか。あと、船賃を調べて、それから、今後の旅の資金をどうするのか、色々と考えるべきことは多そうだな」

「まあ、どうしても困ったら何かバイトでもしましょう」

「トマ、簡単に言うけど、ロストとか亜人種って、仕事を探すの、ほんっとうに大変なんだからね!」

「ええ、分かってますよ」

「分かってないよ!」

「まあまあ、ライラ。取り敢えず、ここで議論していても仕方ないし、トリアに向かおう。日が暮れると何かと面倒だ」


 ケルヴィンはそう言いながら立ち上がった。

 トマが慌てて、水筒などをリュックにしまい出す。


「そういえば、トマ」

「なんですか、ライラさん」

「この木って、さっきも放ってきちゃったけど、大丈夫なの?」

「ええ。今日中には落葉して、枯れちゃいますからね。成長があれだけのスピードです。当然枯れるのも早いですよ。ちなみに、ちゃんと分解されやすい分子構造になってますから、明日にはこのへんの土地にとって、いい養分になっているはずです」


 シートをしまい終わると、トマは大きなリュックを背負いなおした。

 ライラは転げまわった際にスカートについた草を払っている。


 ケルヴィンは進行方向に目を向けた。

 あと二時間ほどの距離ということだが、まだ草原に続く道はずっと伸びて、海の香りはしない。


 先ほど、トマが言った「世界は狭いようで、意外と広い」との言葉を思い出す。

 確かに地図で見ると世界は狭いが、眼前に広がる景色は、無限に広がっているように思える。

 たった二時間歩けば到着するはずの都市は、まだその姿を見せない。


 ケルヴィンは思った。

 これから先、この果てしてない世界を旅する中で、必ずユグドラシルを見つけなければならない。

 その広大さに足をすくませるのでなく、一歩ずつ進んでいくしかない。


 傾いた太陽が、進むべき道の先にある山々の連なりへと、少しずつ落ちていく。


 進むしかない。


 

 ……………



 ……進むしか、



 ……………



 …あれ?



 ケルヴィンは、何かとてつもない違和感を覚えた。

 この休憩中に色々な話をした。

 何かが矛盾している。


 ケルヴィンは再び地図をコンパクトに折りたたみ、二人を先導しようとするトマに声をかけた。


「なあ、トマ」

「はい?」

「今、俺たちはトリア港湾都市に向かっている」

「え? そうですよ」

「トリア港湾都市は、大トリア島の東端にある」

「ええ」

「ハルシオンフォレストは、都市の西にある」

「そうです。…どうしたんですか?」

「俺たちは、東へと進んでいる」

「だから、そうですよ」

「太陽は東に沈む?」

「はい? なにを言ってるんですか? 太陽が東に沈むって、何の漫画の話ですか」


 ケルヴィンは進行方向に沈み行く太陽を指差した。

 トマとライラが、指の先をじっと見つめる。


 沈黙。


 暫し後、ケルヴィンは手を下ろし、二人を見つめた。


「東に進む俺たち。進行方向に沈む太陽。……トマ、つまりこれは?」

「天体法則を捻じ曲げる、トンデモギフト使いが誕生していない限り、あれですね」

「そうだ、あれだ」

「……」

「……」

「……僕たち、迷子になってしまいましたね」

「トマぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 草原にライラの怒声が響き渡った。

 

 世界は狭いようで、意外と広い。

 そして、その世界を再現する地図も、小さいようで意外と大きい。


 その広大さを前にして、一同は沈み行く太陽を背に、(きびす)を返すことしか出来なかった。




※作中に出てきた端末とは、本人認証や財布・パスポートなどの機能を集中させたモバイルコンピュータのことです。

形状は、腕時計などのアクセサリ型から、モバイルフォン型等々、いろいろあります。

ライラはネックレス型端末、ケルヴィンは腕時計型の端末を所持!

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