序章 ロスト ユグドラシル - lost Yggdrasil
「ユグドラシルは、失われたものを甦らせる」
小さいころに一度は聞いた御伽噺。
人々はいつしかこの伝承を捨ててしまった。
なぜなら、失ったものを忘れるくらい、新たなものを手に入れたから。
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それは「ギフト」と名づけられた。
およそ300年前、突如として「特異な能力」を持つ新生児が誕生し始めた。
例えば、電球に触れるだけで灯りをつけるといったものから、物体を空中に浮遊させるといったものまで、多種多様な能力。
当然、それまでに築き上げられた科学体系は瓦解し、「ギフト」の研究・分類・管理に、人類の知が全て注がれることとなった。
しかし、現在に至っても、そのメカニズムを論理的に説明できていない。
幾度かの大戦を経て、国境線を引きなおした各国は、「ギフト」により新たに生み出された技術を用い、思い思いの方向へ進化を遂げた。
全ての人間が何らかのギフトを手にした今、何かを失ったものは「ロスト」と呼ばれ、大いに忌み嫌われた。
せっかく手に入れたギフトを、ロストすることは、想像を絶する恐怖であったから。
こんな時代に、ユグドラシルは不要だ。
失ったものなど、甦らせなくていい。
ただ、手に入れたものを、失わなければそれでいい。
ユグドラシルを忘れることで、人々は失う恐怖を封印した。