そして老龍とであう 異界と金龍とおじいちゃん
その後、なるべくドラゴン達から離れたところに降り立ったツバサはいくつかの装備を外し、その全てを軽く放る。通常ならば粗末に扱って……と注意が飛ぶかもしれないが彼の、彼らの場合は違った。
「投げるのはいいがもう少し高く放ってくれ、着地が間に合わん」と虹マントが赤髪の20程の青年に変化すれば
「そういってちゃんと着地してるんだからいいじゃないっすか、兄さん」と紫翼が紫髪の16程の少女に変わり
「流石に慣れたじゃろ、いつものことじゃ」と黒手甲が黒髪の19程の眠たげな瞳をした女性へと変わる。
九十九種ドラゴン、便宜上物から変化した龍ということで九十九種と呼ばれているが、武器と人と龍、どれでもあってどれでもない者である。
3人の変化を確認し、「コウ、ユカリ、クロガネ!」と集合をかけたツバサに、軽く体をほぐしながらコウが尋ねる。
「……他の奴らは外さないのか?」
「まだよくわかってない土地だからね、不用意に移動や攻撃を減らすことはないでしょ?」
「ハクオウがいれば空中でも走って逃げれるっすからね」
「それはいいのじゃが、当てもなく彷徨うわけにもいくまい。ひーちゃんは何かわからんのかえ?」
「それなんだけど……」
ツバサがポケットから金箔押しの書物を取出し真っ白なページを開いて見せる。傍から見ればふざけているようにも見えるかもしれないがこれがこの本の使い方なのである。
この世界について、とツバサが呟くと次第に空白のページに文字が浮かび上がってきた。
『今はまだ情報不足、流石の僕にもわからないよ。ただこの近くに僕らの先輩がいるみたい』
「「先輩?」」
二人が首をひねると書物に『……めんどくさい』と文字が浮かび上がり、ポン、と弾けるような音と煙を上げて書物が金髪の少年に変化した。
「はぁーやっぱ話すときはこっちが楽だね」
「唐突に変わるなよ、心臓に悪いだろ、ひーちゃん」
両手を上げて体を伸ばす少年にコウが呆れたような目を向けて言う。
「それは置いとくとしても、先輩とは何のことじゃ」
「だから近くに……ほら、後ろ」
ひーちゃんがクロガネの背後を指差し、全員がつられてそっちを見た。
…ただの黒い壁だった。上を見上げても何もいない、もちろん左右を見ても壁が続いているだけ。
ただ奇妙なことに壁の表面はとてもなめらかで磨き抜かれたように美しいものだった。
……さっきまでこんな壁あったっけ?とツバサが首をひねると
「触るのは構わんが、ちとくすぐったいのう」
唐突に壁から声が聞こえた。4人が壁から飛びのき、警戒して構えをとる。
そんな中でもひーちゃんだけがにこにこと笑いながら壁に話しかける。
「おじーちゃんも他の世界からここに引きずり込まれたんでしょ?あ、皆、大丈夫だよ。この人(?)こっちを襲う気はないから」
「わしをおじーちゃんと呼ぶか……。まぁそれもよかろう、老いておるのは事実じゃ」
壁が消えた、と認識した瞬間にはそこに一人の男が立っていた。人のよさそうな笑みを浮かべこちらを見ているのだが、正体が正体だからかオーラが隠しきれていない。
「そこな小僧どもも気を抜け、金色の小僧が言うとおりじゃ、向かってこん相手に向ける牙は持ち合わせておらんでな」
「……まぁ確かに襲うならさっき触ってる間にもできたわけだしな」
「龍って、ここまで、大きく、なるんだ」
「…………うぬぅ」
「どうしたクロガネ、顎に手を添えて唸って」
「画面の前でわしとこの龍の見分けが掴んで唸ってるものがおりそうな気がしてのう」
「深く気にしたら負けだぞ」
真面目な顔して訳が分からないことをいう二人を無視してひーちゃんが続ける。
「おじーちゃんはここがどういう世界だか知ってる?僕達はきたばっかだから良ければ教えてほしいんだけど」
「全てを理解したわけではないがの、まぁお主等よりは知ってることは多いじゃろう。しかし、何から話したものか」
「時間はあるしおじーちゃんの体験談を聞かせてほしいかな」
「ひーちゃん、記録をとるのは許可を取ってからにしてくれよ、失礼だからな」
「記憶するのに記録がダメと言ってどうするのじゃ、気にせずにするといい」
「あー…待たれよ、ご老体。主の言う記録とひーちゃんの記録では多少意味合いが違うのじゃ」
ひーちゃんのいう記録は世界の一部を本に書き込むことによって、この世界という大きな記録の情報を読み取ること。つまり、語った内容以上の全てを読んでしまう可能性があるのだ。
その事を説明すると「おじーちゃん」はケラケラと笑い、なら後でわしにもわかったことを教えてくれればよい、と快諾してくれた。
●
そこからはひーちゃんとおじーちゃんだけの話し合いになってしまったので暇になった4人は周囲の見回り…という建前で散歩に出かけることにした。
行く先に宛てなどないがどうせ初めて見る場所だ、暇潰しには事欠かないだろう。
そう思って出発したのが太陽が一番高いところにあったお昼頃、日がとっぷりと沈んでから帰ってきた一行を迎えたのは
「かんぱーい♪」
どこから集めたのか大人数でパーティを開いているひーちゃんの姿だった。
「なぁ、ひーちゃん。何の騒ぎだこれは」
「あ、お帰り、皆。この世界に飛ばされてきた先輩方が新参者の歓迎パーティーしてくれるんだって♪」
「ってことはこの人達皆、ドラゴン?」
「あぁ、流石に他の種族の者はわし等を怖がって遠慮してしまったらしくてな」
苦笑しながら話すおじーちゃんに周囲の人たちがワインや料理のお代わりを持ってくる。強いのか人がいいのか、皆から一目置かれるような存在なのだろう。たくさんの仲間に囲まれて微笑む姿が少し羨ましい。そのうしろでこそっとひーちゃんを連れ出すリョクとユカリが分かった情報を聞き出す。
「つまり、ここはゲームの世界…ってことっすか?」
「うん、バーチャルリアリティとかいうもう一つの人生を夢の中で見るかんじらしいよ」
「あまりにも、リアルすぎて、もう一つ、世界、できた…?」
「よくわからないけど本当にファンタジ-な世界から引き込まれた『僕たちみたいなNPC』が結構いるらしいんだ。で、おじーちゃんはその古株」
じゃあ纏めおいとくからー、といってそのまま呼ばれていったひーちゃんはほっといてツバサ達は纏めを読み始める。
■NPC
ノンプレイヤーキャラクターの略。
街の標準店舗の従業員や、イベントクエストのキャラクターなどがこれに当たる。
しかし従来の単純なアルゴリズムのNPCとは違い、彼らもまた人間に比べては単純なものの
思考し感情を表現するAIを持ち、ヒモロギ列島に生活する先住民である。
また、PCはキルされてもセーブ地点から復活するが、NPCは完全に死んだものとしてデータが消滅し
また新しい担当者としてのNPCが担当位置に戻ってくることになる。
ボスとしての敵NPC(知性のあるドラゴン等)の場合はボスとして定位置に復活するが、クエストのボスとして出現してから倒されるまでの記憶が曖昧になってしまう。
■決闘
同國所属のPC、もしくはNPC同士でも意見の食い違いや戦わざるを得ない時がある。
そんなときに使用される特殊ルールが決闘である。
相手と同意しあうことで限定的に相手をエネミーとして認識し
決闘中に相手をキルしても犯罪者フラグは立たないようになっている。
NPCはキルされるとPCのように復活しないため、決闘には
相手をキルするまでとまらない『完全決着モード』
キルの瞬間HP10のみが残る『限定決着モード』
形式として初撃で決着をつける『初撃決着モード』がある。
■ステータス
プレイヤーの特性を現すパロメーターのこと。
HP=体力。一般的なRPGにおける定義と違わずこれを完全に削られると力つき、デスペナルティで経験値や復活料を奪われ街へと強制送還されてしまう。
MP=魔力。魔法を行使する際に必要となる項目であり、これの高さによって魔法を使う回数が制限される
TP=気合い。MPと同様に戦士系ジョブの剣義に使用される項目。
強化できるのは以下の5つである。
STR=筋力。腕力や攻撃力とも言う、物理攻撃の基本域を決める数値。HPの数値はこれに左右される。
DEX=器用度。行動の成功率に関わる要素である。TPはこれに左右される
VIT=防御力。物理攻撃に対するキャラクターの防御力を決める数値。
AGI=敏捷度。キャラクターの基本的な素早さを決める数値。
INT=知力。魔法攻撃の威力、もしくは魔法に対する防御力を決める数値。MPもまたこれに左右される。
■犯罪者フラグ
戦神楽Onlineでは決闘システムを除く同國所属同士でのPKを禁止している。
もし無抵抗のPCやNPCをキルしたり、不当な方法で金やアイテムを略奪したりすると
犯罪者フラグと呼ばれるオレンジ色の旗と名前がキャラクターの頭上に浮かぶ、これを犯罪者フラグという。
乱南隊に捕まると数ヶ月間アカウントを停止される他、フラグはPCの意思で消したりできないため
これは戦神楽Onlineにおける重要な精神的抑止力となっている。
さらに、犯罪者フラグのたっているPCをキルしても、犯罪者フラグは立たないようになっている。
「…他にもいろいろあるけど僕たちはNPCに相当してるわけだからあんまり関係ないよね?」
「いや、ゲームっていうからにはレベルとかあるんじゃないか?」
「後は敵とかのってないっすかね?」
「レベルレートじゃが…これじゃの、どれどれ」
レベルレート
レベル0~ 平民の状態でゲームスタート。このレベルはチュートリアルを兼ねている。
レベル1~ 1次職の選択が可能になる。
ここから2次職に至るのは各ジョブの条件次第となる。
レベル10~ だいたい最初のダンジョンをソロで攻略できるようになる。
レベル40~ このあたりで確実に2次職になれる。選択をしていなければ最低0次職のままだが相当の努力が必要
レベル70~ だいたい本気を出せば大抵のボスモンスターとサシでやりあえるようになる。
レベル100~ 英雄と呼ばれるようになり、一撃で多くの敵をなぎ倒すなど常識離れした火力を持つようになる。
レベル120~ ドラゴン級のモンスターと同等と数えられ、レベル40~70程度では殆ど手出しできなくなる
「僕らはだいたい120以上みたいだね」
「敵、こっち、みたい」
■物の怪
動物、物体、現象、あらゆるものが魔法的要素によって狂い怪物化したもの。
物の怪(病気)と書いて物の怪である。病気であるがゆえに理性を失うものもあれば、失わないものもいる。
しかし何れにせよ無力な平民やNPCにとって脅威となりえるものだろう。
死んだ人間の怨念が成る『屍人
アンデッド
』もこれの一種である。
■魔物
物の怪の子孫であったり、魔法の実験の末に生まれたものであったり、起源は様々で本当の起源を知る者はだれもいないが
ヒモロギ列島の存在する世界において、どこかで進化の過程が狂い、怪物と呼ばれる生態にまで進化を遂げた生き物。
物の怪に比べヒモロギ列島においてはあまりメジャーではなく、主に異国から渡来して繁殖するものである。
■天狗教荒御霊派
異国由来の癒術師
プリースト
の一派である天狗教は一神教である。
その絶対的価値観にとらわれた狂信的な宗派を、ヒモロギ列島の神における和御霊荒御霊から取って荒御霊派と呼ぶ。
荒御霊派からみればヒモロギ列島に存在する八百万の神は悪魔であり、ヒモロギ列島は邪教の国なのである。
幸い、異国を含め多くの信徒を持つ天狗教の全体に比べ、荒御霊派はごく少数であるが
大小程度の違いこそあれ、ヒモロギ列島でテロ行為を画策している者がいる。
■追剥(PK)
厳密にいえば、彼らはゲームの敵キャラクターとして初めから用意
カリカチュアライズ
された敵ではない。
ゲームにおける…ひいては戦神楽Onlineの世界におけるモラルから逸脱し、PKや違法行為を好んで行う者がいる。
それはVR技術によって再現されたリアルな擬似的殺人行為に見入られた者であったり
モンスターを倒したり新しいダンジョンを攻略するよりも簡単に金や経験値が得られることに魅せられた卑怯者であったり。
あるいは、NPCを浚い奴隷商人的な行為を行う者もいる。
彼らは単体で行動する者もいれば、集団で盗賊団を形成することもある。
NPCやモンスターとは明らかに違う、VRMMOの完全な自由度が生み出す脅威とも言える。
ゲームとしての楽しさを優先する天帝は是を敵キャラクターとして、追剥の集団を退治する依頼を派遣することがある
「これらを踏まえて俺達がどうするか、だな」
「暫く、お世話になる、世界。気ままに、誰か、守る?」
「そうじゃの、暫くは皆散らばって遊ぶのもよいかもしれんのじゃ」
「組み合わせはいつものツーマンセルでいいよね」
「とりあえず残りの皆も呼び出してパーティに参加していいんじゃないっすかね?」
「よっし、今日は騒ぐぞー!!」
「「「「「「「「おぉーーー!!」」」」」」」」
なぜこの世界に呼ばれたのか、それはわからないけど。解らないなら普段通り、僕たちらしくいよう。
それがきっと道を示さなかった世界の望みだろうから。