episode2 『咎人送り』
『誰だッ、俺の顔にクソ硬い物体ぶち込んでくれたのはッ!』
ユーリはなんとか体を起こし、いまだ見えない実行犯を睨み付ける。
自分でもなんとも滑稽な状況だろうと心中では思っていたりもするが、
今は醜態をさらす事となったきっかけを追い込む方が先決なのだ。
するとドアからひょこっと小さいものが覗いているのに気づいた。
それは何処からどう見ても、誰がどう見ても人の頭であって、
決して異世界からやって来たモンスターとか、おとぎの国から迷い込んできたお姫様だとか
そんなファンタジックなものではない。
いや、別にそういう展開を望んでいるわけではないのだか・・・
「ユーリ?そんなところで何してるの?」
心地よい高いキーの声が聞こえてきた。
それによりいままでユーリの心にのた打ち回っていた殺意という感情が一気に冷めた。
『・・・ルナ、おまえだったのか』
「えっ、なにが?」
『いや、こっちの話』
ルナだと分かっていたらここまでの殺意が芽生えることはなかっただろうに。
なぜか損した気分だ。
「それにしても2人とも早かったのね
任務に出たのって一昨日じゃなかった?」
『ああ、案外早く終わった』
「さすがは№1コンビね」
そう言って柔らかく笑うルナ。
見てて癒されるのだがあいにくルナが発した言葉には同意しかねない。
『ルナ、冗談はよしてくれ
俺とこいつは根本的な部分から人としての波長が合っていない』
「珍しく意見が合うな、ユーリ
俺もこの男がパートナーだとは今でも信じたくない事実だ」
『年中無休の戦闘馬鹿がよく言う
その無駄に白い毛引っこ抜かれたいのかよ?』
「黙れ、歩く生殖器め
俺はおまえと同じ空気を吸ってることが最大の屈辱だ」
「はいはい、相変わらず仲がよろしいことで」
この会話のどこをどう取ったらそういう解釈に至るかを教えてほしい。
第一、仲の良い奴がこんなに相手を罵るような暴言を吐くのだろうか・・・
「しかし、おまえも早かったな」
ヴァンが俺との会話を全てなかった事のように話をきり出す。
ちなみにヴァンから話を持ち出せる女はよほど親しい者でないとありえない。
ルナとは長い付き合いだからヴァンも信頼してるらしい。
「今回のはDランクの“咎人”だったからよ」
「それでか・・・」
Dというとかなりの低ランク者。
ユーリ達“咎人送り”は“咎人”を始末する存在。
世間にはあまり知られておらず、知っているのは国家の上層部や、
国の自治を取り締まる聖騎団ほんの一握り。
咎人送りは全てここを拠点とするフォーゲル、通称『神判の庭』と呼ばれる組織に属している。
しかし咎人送りは今はもう数えるほどしか存在しておらず、そのほとんどは一年中仕事に追われる日々を送っている。
それに比べ、咎人は減るどころか増すばかりで全てを始末するのは至難の業。
咎人というのは罪に罪を重ね、堕ちるところまで堕ちた者のこと。
そのほとんどが精神崩壊し人の形を保っている者はないに等しい。
そんな者達を始末し天に召すのが咎人送りの仕事だ。
「疲れたでしょ?紅茶でも淹れるね」
『さすがはルナ、どこぞの役立たずとは大違いだ』
「それは俺の事か?」
『おっ、自分で自覚してたのか?
おまえも知らない間に成長したなヴァン」
「ユーリごときが俺を馬鹿にしているのか?
表へ出ろ、その減らず口今に聞けないようにしてやる」
『今世紀最大レベルでめんどくさいので却下』
「・・・殺す」
「いい加減にしなさい!」
その後はお怒りのルナによってみっちり説教をくらったのは言うまでもない。
(続く)