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Love tears*  作者: 茶色ゆづ
9/10

*8.学園祭への誘い。

 ぽかぽか陽気、窓の外は雲一つもない快晴。

 山の向こうから日が少しずつ陰り始めていた。

 暑すぎず寒すぎず、ちょうど良い眠気が私を誘う。

(はぁ……ねっむい)

 大きな欠伸(あくび)をひとつ。

 私は咄嗟に担任に欠伸がばれないように口元を手で添えた。

 1日の授業が全て終わって、帰りのSHR(ショートホームルーム)の時間。担任の先生は「さて」と、話を始める。

「3週間後に学園祭ということで、明日から学園祭準備が始まります。浮かれすぎないように!」

 担任の固い言葉とは裏腹に、わぁっと浮かれたようにクラス内の雰囲気が盛り上がった。

 3週間後の木・金・土曜日と、本条学園の学園祭「本陶祭(ほんとうさい)」が行われる。明日から学園祭の前日まで5分短縮授業で、放課後は学園祭準備にあてられるのだ。

 学園祭の1日目は文化部門。主にパフォーマンスで、文化部の功績披露や3年生による劇やダンスが披露される。

 2日目は体育部門。障害物競走やムカデ競争、部活対抗リレーなどいろいろな体育競技が行われる。

 私は大玉ころがしとクラス対抗リレーに出場予定。

 3日目には模擬・展示部門がある。クラスで決めた模擬店の出店と、展示部門は模擬店の装飾の評価をするというものとなっている。

 全学年クラス合同で3日間の部門全部の点数を合わせた総合点が1位のクラスが優勝だ。優勝クラスは毎年いつも禁止とされている屋上をその日だけ解禁、打ち上げパーティーに使用できるという特典つきだ。

 屋上で告白すると95%で成就するなんてジンクスもあったり、全学年合同ということもあって打ち上げパーティーで別の学年の人と話す機会があるからか、そこで気が合ってその後付き合う人が毎年5カップルはいるとか。

 最初はいつも禁止されている場所に入るという優越感がいいというものから始まった特典だったらしいのだが、いつのまにか学園祭限定の恋愛穴場スポットになっていた。

 そういうこともあってか、学園中の生徒の優勝への力の入りようは半端なかった。

「で、模擬・展示部門では、私たちは教室で、喫茶店をします」

 いつの間にか、担任に変わってクラス会長の大和田さんが話を進めていた。

 去年はお化け屋敷をしたけど、この前のLHR(ロングホームルーム)で今年の私のクラスは喫茶店をすることが決まっていた。

 高校生だし本格的なコーヒーや軽食は出せない。インスタントコーヒーや市販のジュース、有名のお菓子やサンドイッチを出すことにしている。だが、それだけでは面白くない。

 一工夫しようと、考え付いたのがジャズ喫茶。

 なぜそうなったかというと、音楽の授業があった時にたまたま音楽鑑賞でジャズを聴くことになり、男子達が「かっこいい!」「俺たちもやりたい!」と言い出したのが始まりだ。

 そのときなんとなく楽器ができる人に挙手してもらったら、クラスに思った以上に楽器ができる人が多かったのだ。じゃあジャズを文化祭でやろうよ!ということで、ジャズ喫茶をすることになった。

「で、明日はメイド班はお店の飾りの買いだしお願いね。ジャズ班は本格的に練習していくからよろしく」

「はーい!」

 みんなの気合は十分。もちろん、私も楽しみだった。

 接客を主にするメイド班と、楽器を吹くジャズ班に分類される。

 私はジャズ班に所属だ。中学生の時に部活でトロンボーンをしていたのだ。マイトロンボーンは持っていなかったが、楽器を学校で借りられるということで、私もジャズ班になったのだ。

 高校では部活に入っていないので、吹くのは久々だ。

(先生にも聞いてもらいたいなぁ)

「……よしっ」

「どうしたの、涼音?」

 前の席の悠真くんが私の方へ振り向いて声をかけてきた。

「うん?な、なんでもないよ」

「ふーん?」

 悠真くんはちょっとあわてた私を見て探るような視線を向けたが、納得したのか「そっか」と言って、ふっと笑い、前を向きなおした。

 これは多分、私の考えていることがばれた。本当悠真くんはこういうことに(さと)い。

(誘ってみようっ!)

 そうと決まれば、即実行。

「はい。じゃあ今日は解散!」

 SHRが終わった瞬間、私はドアの方へと走けていこうとする──が、それをみたミサは私を呼びとめる。

「涼音!どこいくの?」

「うん?ちょっと玄関の方に」

「玄関の”方”に?……ってまさか!」

 普通に用事があるだのトイレに行くだの言えばよかったものを、いい淀んだせいでミサは私がどこに行くかどうやら気付いたらしい。

 ぎくっと思った瞬間、悠真くんの助け船がでる。

「みさきちゃん、僕たちは先に帰ろうか」

(さすが悠真くん……!)

 悠真くんはミサのかばんを持ち上げて、先に帰ろうと促してくれる。

「はぁ?」

 あからさまに嫌そうにしているミサを余所に悠真くんは話を続ける。

「僕、ドドアールの新作のアップルパイが早く食べたいから、ドトアール寄って帰ろう」

「悠真、ちょっと黙ってなさいよ!」

「はいはい帰ろうね、みさきちゃん」

 そういいながら、悠真くんはミサを抱きかかえた。

「え、ちょっと悠真!」

 これはいわゆるお姫様だっこというやつだ。

 クラスメイトのおお!っという歓声がわき、ミサは恥ずかしいと悠真くんの腕の中で暴れるが、お姫様だっこをした本人は平然としたものだ。

「涼音、また明日ー」

 悠真くんはそう言って、ミサをお姫様だっこしながらドアの方へ向かっていた。

「ちょっと離しなさいよ!離してってば!」

 ミサは悠真に抱きかかえられて、そのまま帰っていった。

「うん、また明日ねー」

 楽しそうな悠真くんと恥ずかしそうに反抗するミサを見送りながら、私は小さく手を振った。

「涼音ー」

 一連のやりとりを見ていたらしいクラスメートが何人か私の方にやってきた。

「あの夫婦はほんとーうに仲がいいこと!」

「ねーほんとほんと」

 さすがクラス公認カップルならぬ、クラス公認夫婦である。

「あの二人の一人娘ちゃんも頑張ってね」

 これは私のことであろう。

 私が斎藤先生大好きっ子ということは、多くのクラスメートに知られていた。

 みんなのニヤニヤ顔が私に向けられる。

 それがなんだか気恥かしくなって、私はクラスメイトに背を向けた。

「うん!頑張るよ!じゃあ行ってくるね」

「いってらっしゃーい」

(よーし!)

 私は勢いよく玄関近くの保健室へと走りだす。

 途中、廊下を走っているところを教育主任に見つかってしまい怒られてしまったが、はやる気持ちは止まらなかった。

 正直なんとなく先生の返答は想像つく。

 断られる言葉しか思い浮かばないところ、それでも誘いに行くのだから、自分でも相当先生のことが好きなんだなと思う。

 だが、だからこそ諦められない。

 もしかしたら……という望みにかけて。

「斎藤先生いますかー!」

 勢いよく保健室のドアを開けて聞いて返っててきたのは、淡々とした先生の声だった。

「いません」

 それに私は大きく溜息を吐いた。

「返事してるじゃないですか」

 パソコンのキーボードをたたいていた手を止めて、先生は私の方へ振り向く。

「で、なんですか」

 面倒くさいとばかりに、溜息交じりの声で問いかけられる。

 ちょっと憤慨。

 いつものことながら、この対応はちょっとショックだったりするのだが、先生はきっと気づいていないんだろうなと苦笑い。

「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないですか」

 あからさまにショックを表現してみるも、先生にはそんなものが効く訳もなく……私はさりげなく先生に一番近い椅子に座った。

「忙しいんです。学園祭の準備が始まって」

(あ、そっか。先生も参加するんだっけ)

 養護教諭といっても本条学園の学園祭に参加だ。先生達だけで行うパフォーマンスもある。去年は先生たちが学生時代の時にあったあるあるネタの劇をしていた。

 それが結構好評で、今年はそれの第2弾をするとの噂が立っていた。

「先生たちの、すっごく楽しみですっ」

 先生は学園祭の内容を思い出しているのか、嫌そうに言葉を吐き出した。

「楽しみにしなくていいです。絶対に来ないでください」

「先生、冷たいー」

「どうでもいいです」

 余程やりたくないのだろう。先生は眉間にしわを寄せて、複雑そうな顔をしている。

 そんな先生の表情を見て、ますます楽しみになってくる。

(……あ、いけないっ)

 先生と話をしているのが楽しくて、ここに来た目的を忘れていた。

 私は軽く頬を叩いて、早速本題へとうつる。

「先生!私達は模擬店部門、ジャズ喫茶をするんです!」

 先生は少しだけ目を大きく開いて笑った。

「面白そうですね」

 思った以上に、好感触。

 私はそれとなく学園祭の話を続けた。

「先生、ジャズとか好きなんですか?」

「音楽聴くのが好きなんです」

 音楽好き。これはもしかしたらいけるかもしれない、と期待を持って思いきって誘ってみる。

「あのじゃあ、ジャズ喫茶来てもらえませんか!」

 勢い余って、顔が至近距離に──。

 一拍の間。

 先生は気まずそうに目線を逸らした。

「……い、忙しいので」

 一縷の望みも虚しくあっさりと断られてしまった。

(やっぱり駄目か……)

 ちょっとだけでも期待してしまっただけに、ショックが大きい。

 まだ借り練習をしただけだが、結構の出来になると思う。

 先生相手に期待するのもあれだったかもしれないが、素直に見に来てほしいと思った。

 なんでと問われても、具体的な理由は自分でもよくわからない。ただ”好きな人に見てもらいたい”それだけだ。

 きっと、先生だから。

(もう少し攻めてみよう……!)

 私は根気よく攻める。

「お願いします!ちょっとだけでも、ね!……駄目ですか?」

 お願い!となにかに祈るような気持ちで伝えた。

 すると、ふと先生が笑った。

「な、なんで笑うんですか!」

 真剣なのに……っと怒ってみせるが、先生は笑ったままだった。どうやら真剣すぎる顔が面白かったようだ。先生は何かを決めたのか深く頷いて、私の方へと向き直った。

「わかりました。忙しいのは本当だから。ほんの少しだけですけど、それでもよかったら」

「はい……!ありがとうございます!」

 承諾してくれたと嬉しさが込みあげてくると同時に、今更ながら不安が少しよぎった。

 ちょっと強引過ぎたか。

 我が儘なんていつもだったら絶対に言わないのに、先生のことだとなぜかそれが制御できないみたいだ。

(やっぱり迷惑だったかな……)

 だがそんな不安は、次の先生の言葉で吹き飛んでしまった。

「喫茶店、頑張ってくださいね。楽しみにしています」

 そういって先生は微笑んだ後、またパソコンに目を向けて、キーボードをカタカタとたたき始めた。

(……ほんと、先生はずるいな)

 私は苦笑した。

 無意識のそれが、私の心に突き刺さる。

 いつも冷たいくせに、たまにほんの少し見せる優しさ。

「……はい」

 鋭いパソコンのキーボード音が保険室内に響く。

 本当に忙しそうだ。もう邪魔はしたくない。

「失礼しましたー」

 先生の邪魔をしないようにドアをそっと閉めて、私は心の中で小さなガッツポーズをした。

 疲れていたのかいつも以上に冷たかったが、わざわざ時間を作ってほんの少しだけでも来てくれるということが嬉しかった。

「よーし!」

 そういって私はゆっくりと、玄関へ歩き出した。




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