*9.甘い雰囲気と、罪悪感
あの後──学校を出て携帯を見たら、着信履歴に数件のミサの名前があった。
私は電話をかけなおそうと、ダイヤルボタンを押す。
2コールもせず電話に出たミサの第一声は、やはり怒り声だった。
すごい剣幕でどうしようもなかったので、とりあえず今から会うということで話をつけた。
ということで、私とミサと悠真くんの3人は学校近くの洋菓子店「ドトアール」で待ち合わせることになった。
ミサと、私は向かい合って座る。もちろん、悠真くんはミサの隣だ。
「アイツを模擬店に誘った?!!!!」
「恥ずかしいんだけど」
「そうだよ、みさきちゃん。女の子なんだからもうちょっとね」
私は、ドトアール新作のアップルパイを食べながら。悠真くんは、ドトアールのチョコレートケーキを食べながら。
「煩いわよ!!!」
大声で話すミサに抑えるように言うが、それどころではないと、ミサの勢いが止まることはなかった。
「そんなことだとは思ったけど、あんたね!」
「いいじゃん……見てもらいたいと思ったんだもん」
私は、拗ねたように口を尖らせる。
好きな人に見てもらいたいと思うのが、そんなに駄目だろうか。
ちょっと落ち込みそうになっていた私だったが、悠真くんは私の言葉にうんうんと頷いてくれた。
「涼音、トロンボーン上手いもんね」
これでも、中学の時は県大会でソロコンテストでトロンボーン部門で好成績を取った腕前だ。
高校ではまったりと放課後を過ごしたと思い、帰宅部だけど。
このままいくと、小言が長引きそうだ。
ミサからこの話から逸らさせようと、無理やり話題を変えた。
「まぁーね。ミサはそろそろ家庭科部の方はいいの?今年はなにするんだっけ」
ミサは家庭部に所属していて、モノづくりだけではなく、料理もとてもうまい。
正に”母”である。
「2年生は普通に私服を作るの。そして、販売しようって。3年生は、ミニドレスを作って展示」
「1年の時は小物作ってたよね」
確か1年の時ミサが作ったのは、ポーチだった。
外は黒で、中がピンク。ゴシックな感じで、とてもかわいかったのを覚えている。
どうやら悠真くんも覚えているのか、楽しそうに笑ってミサを見つめていた。
「みさきちゃんが作るものは全部かわいい、みさきちゃんはもっとかわいい」
「……」
甘い悠真くんの言葉に、ミサは怒ってるようにみせているけど、頬が緩んでいるのに気が付いていない。
(……本当は嬉しいんだろうな)
ミサの表情を見て、そう確信する。
また、夫婦漫才が始まったらたまったもんじゃないと、私は溜息を飲み込んで、話を続けた。
「で、悠真くんは今年も”あれ”にでるの?」
「うん、断れなくてね」
悠真くんは困ったように、目尻を下げて、苦々しく笑う。
”あれ”というのは美男子コンテストだ。
毎年、学園祭1か月前に美男子コンテストに出てほしい人をアンケートを取って、上位10名がでるコンテストだ。
それに悠真くんが、選ばれたのである。ちなみに去年も1年生ながら候補に選ばれていた。
「今年のテーマは何?去年はおとぎの国の王子様で、だったよね」
サブとして、私が悠真くんのお姫様役をしたのだ。
ミサが適任と思ったが、当の本人が断固拒否していたのでしょうがない。
「あぁ、今年はね。女装だよ」
「女装!?」
女装って言葉に、私もミサも驚いた。
「そう。だから相手役は男なんだよねー」
悠真くんは、少し落胆しているようで、小さく溜息をついた。
今年も王子様系だったら、お姫様はミサにやってもらいたかったのだろう。
多分、またミサに拒否されるだろうけど。
「クラスの女子張り切りそうだね」
悠真くんは何気にクラスの女子たちから人気なのだ。見た目もだが、性格もかっこいい!とファンが先輩にも後輩にもいると聞いたことがある。
「なんで、悠真なんか……」
ミサもなぜか溜息交じりに言葉を吐き出した。
そんなミサをみて、私はわざと余計なことを口にする。
「悠真くん、中性的美形だから女装似合いそうじゃない?」
その言葉に、ミサは敏感に反応した。
「は?悠真の女装とか絶対ありえない」
思惑通り。
「またこれで、女子にモテモテだね悠真くん!」
「涼音っ!!」
怒気を含んだ声に、私はミサには気づかれないように、頬を綻ばせた。
(小学生の恋愛みたい……というか、小学生の時のままなんだな、この二人は)
「いや……さすがに女装はちょっと怖いかな」
悠真くんの心情を知って知らず振り、私は適当に励ましの言葉を贈る。
「未知だもんね、頑張ってー」
「うん、なんかすごく棒読みな応援だけど、ありがと涼音」
複雑そうに笑う悠真くん。
自分でも今日のテンションは高いな思っていたが、なにやらミサは察知したらしく、私に怪訝な視線を送ってくる。
「……なんか、涼音楽しそうじゃない?」
それに、私は今日一番の笑みを返した。
「うんっ楽しいよー?」
ミサの反応を見るのも、悠真くんの反応を見るのも。
お馴染みの夫婦漫才は惚気にしか聞こえないけど、こういう嫉妬みたいなものがみれるのは、ちょっと楽しい。
意地が悪いかもしれないけど。
ミサはいつも悠真くんに強く当たっている。
確かに、あんなに甘い言葉を面前に堂々で言われれば、照れるなっていう方が無理だ。
悠真くんにあたることが、照れ隠しなのだろう。
見ていて、本当に微笑ましいと思う。
──私は、そっと窓に方へと視線を向けた。
なんだかんだいって、ミサはいつも悠真くんと一緒にいる。
どこからどうみても、両思いなのに。
幼馴染の私ですら、入れない二人の空間ができることがある。それにさえも気づいていないだろう。
二人の話を聞いていて、楽しいというのは本当だ。
だけど、ちょっとだけ寂しくもあり、羨ましかった。
付き合っていないけど、二人からはそういう甘い雰囲気が漂ってくる。
それは、私にとって、少しばかり苦しいものでもあった。
私は、先生との二人の時間を掴もうと必死なのに、ミサに行動を真っ向から否定されて、ちょっとだけずるいと思ってしまった。
好きな人と一緒にいる時間が、当たり前になっている、ミサと悠真くんが。
だからちょっとの意地悪くらい、許してほしい。
「それより!あんた、アイツの!」
どうやらミサは本題を思い出したのか、私と先生の話題に戻されそうになるが、ミサの言葉を遮るように、私は追加注文をした。
「すみませーん!アップルパイ追加でー!」
「あ、僕もアップルパイ追加で」
「りょうねえええええええええ!」
そして、振り出しに戻ったのであった。
お久しぶりです。柏木那湯です。
書き方迷走中だったりします。
ちょっと今回は、涼音が意地悪なことを言ってますね。
いつもはさばさばしているのに(先生関係を除いては)
悪気はないのです。
友達でも幼馴染でも、恋愛話が絡むと、しかも間近でイチャイチャ(無自覚)されれば、ちょっと捻くれたり羨んじゃったりするかなと思いまして、今回はこんな感じの話にしてみました。
次回からは本格的に学園祭雰囲気モードです。
相変わらず亀更新ですが、よろしくお願いします。