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人間はどこに行った?

誤字脱字を修正しました。ご指摘いただいた方ありがとうございます。


感想もたくさんいただけて嬉しいです。ありがとうございます。

=   =   =   =   =   =   =

  僕は産まれた頃から人間社会に居りました。

もちろん、それは当たり前なお話です。

人間社会に産まれたのですから、周りには、

あちらこちらに人間がおりました。


  駅の改札には駅員さんがいつも立っておりました。母から渡された切符を駅員さんにおそるおそる渡す。すると、駅員さんはひょいとそれを取り上げて、チョキンと変わった形の切れ込みが入れてくれました。


わが家は団地の二階にありました。窓を開けると、大きな楠が立っていました。そして楠の生い茂る葉の向こうには、大きな通りがありました。

棟と棟との間に流れるその通りには、同年代の子供たちがたくさんおりました。車は通れません。みな安心して遊びました。ひとつ上の子や、ひとつ下の子、もっと下の子もみんなでより集まって、野球やサッカー、鬼ごっこなどをやりました。

小さい男の子はみそっかすと呼ばれて、タッチされても鬼にならないようにしてあげていました。


 団地には、おばあさんがたくさんいました。ベージュの作業着に麦わら帽を武骨にかぶり、竹ぼうきを引っさげて歩いては、落ち葉だとかゴミだとかをぱっぱと片付けてくれていました。

スズメバチが出た、と騒いでいたら、ほうきを打ち払って、あっという間に退治してくれました。おばあさんはとても誇らしげに見えました。

蜂はミツバチとそうでない蜂があるということや、ついでに尻尾のことを尾っぽとも言うのだということをしわがれた大きな声で教えてくれました。


 団地の脇の大通りには、八百屋がトラックでやってきました。みかんや大根をたくさん積んでいました。お金は吊るされたザルの中に、無造作にほっぽり投げられていました。黒縁の眼鏡をかけた若旦那と、白髪頭のおじいさんでした。毎朝やってきては、大きな声で野菜を次々売っていました。どうしてなのか、スーパーの野菜より幾分おいしそうに思いました。


 団地には時々不可思議な人もやってきました。風呂敷ひとつ地面に敷いて、風呂敷の上にはおもちゃのパチンコ台が並べてありました。値札はついておらず、おじさんは僕の姿をためつすがめつしてから、値段は五百円だと言いました。その時の僕には大金だったけれど、どうしても欲しくなりました。

おうちに帰ってお年玉を取ってくるから待っていてよ、というと、ああそうかい、とおじさんは無愛想に答えました。

 母に話したら、お金は大事に使いなさいと叱られました。


 ある時迷子で、泣いていたら、おじいさんがお金をくれました。公衆電話で、母を呼びました。

子供の足では随分と遠い場所でしたけれど、母はすぐに駆けつけてくれました。


 またある時は、お腹が痛いという年下の男の子を見つけました。道端に座り込んで泣いていたので、これはどうにかしてあげようと思いました。僕は友達と替わりばんこにおんぶをして、男の子を家まで届けてあげました。


  

 今は。

駅は便利になりました。

駅員は個室の中です。

改札口は、ぴっぴと音を立てたら、もうそれでおしまいです。


 団地を歩いていても、電車に乗っても、人はたくさんいるのに、どうも、おかしいのです。


  人間が、どこにもおりません。

僕が例えば凄く悩んでいたって、それを話せる人はおりません。

泣いてる人もおりません。ただむっつり黙って、誰にもそれを訴えません。


 おばあさんに席を譲りました。

譲られると、なんだか譲られたのはいいのだけれど、会話はしたくなさそうです。

譲った僕もなんだか話したい気持ちもなくって、お互い目を背けたままでした。



  僕が今いるところが、都会だからなのでしょうか?

こんなに人間はたくさんいるのに、僕には。

僕には、人間が見当たりません。

一体全体、いつの間にこんな事態になったのか。

ずっと一緒に、同じ向きで、同じ調子で歩いていたはずなのに。

人間の姿をした何かはそこにあるけれど、

人間がどこにもおりません。


 仕事仲間は、金の話ばかりしています。お金は大事だから、それはよいことなのでしょう。

僕だってお金はちょっとは欲しいから。

でも。

人間がいないのに、お金が欲しいって何故なんだろう?

かっこいい服を買っても、見せる相手は誰なのか?

便利な携帯電話が欲しくても、話す相手はどこにいるのでしょう?



 みんな本音はインターネットに書くんだそうです。

それが最近の流行りなんだそうです。

だからインターネットを見てみました。

そうすると、会ったこともない韓国人が大嫌いなんだと、口を揃えておりました。

それと、喋ったこともない中国人も、許せないんだそうです。

ここにも、人間はいないんじゃないかと思いました。


 僕は酸欠の金魚みたいに、現実と妄想の狭間の水面で、

口をひたすらにぷかぷかとやって、

例えば子供の頃に戻れたなら、なんて夢想するのです。

それは苦しい喘ぎで、それは爆発寸前の身悶えで、それは、悲しい言い訳です。


 だってそれは、僕だってそうなのだから。

僕も、気づいたら、大して人間ではなくなってしまっていて。


 大枚をはたいたパチンコ台は、今はどこにやったのか。

捨ててしまったのに間違いないのに、捨てたことすら覚えていないのです。


 おばあさんに席を譲ったのは、優しさじゃなくて、条件反射。

感謝の言葉は嬉しくなかったし、感謝の言葉もなんだか遠くに聞こえました。

形ばかりの、感謝の言葉で、それは僕の嘘が見抜かれていた、きっとその証。



 親友が一人もいないって人が多いんだそうです。

そうした人が一番多いのだそうです。

親友っていうのは、心から何もかもを話せる人のことなのだそうです。


心から話せる人が、一人もいないということは。

それは、きっともう、人間が全て滅びてしまったように悲しいことじゃなかろうか。



毎朝。

ドアを開けると僕は人間を探す。

人間のいた痕跡を探す。

幼い頃に、確かにあったはずの、人間と人間の営みを、大人になった今。毎日探しています。

なかなか、見つかりません。


 あの時。

僕の夢見た未来は、こんなものだったかしら。

お菓子は好きなだけ買えるのに。

電車にだって乗れるのに。

一人でなんでもできるのに。

そうだ。

大人になったら、一人でなんでもできるようになるって、なりたいって、そう夢見ていたのに。

小さな手と小さな頭と、小さな背を上に上に伸ばして、できる限りの背伸びをして、

大人になったら、大人になったらと、僕は繰り返していたのです。


 一人でなんでもできるようになったからなのか。

僕は一人ぼっちになりました。

一人ぼっちになりたくて、一人でなんでもできるように、そうなりたくて、頑張ってきたんでしたっけ?

僕は一人ぼっちになりました。

そこには僕すらおりません。

人間でない大勢の何かと、人間でなくなった僕があって、

だからもう、今もし、それが悲しいと思う気持ちすらなくなってしまったら。

まるで、全てが絵空事のようになるでしょう。


 今日も絵空事のような一日が終わります。

もうじき絵空事のような明日がきて、

絵空事のように終わるのです。そうして、何も残さない。

後には、なんにも。


 大人になって一年が早くなりました。本当にあっという間です。それは。

なんにも、残らないからでしょう。大人になったからなのか。時代だからなのか。

それとも僕がそうだからなのか。


 繰り返す日々のひとかけらひとかけらが、子供の時には確かにあって、

明日はどんな日だろうと、僕は確かに夢を見て、

そんな毎日が積み重なって、折り重なっていっぱいになって大人になるんだって、

僕はそう信じていたのです。


 一生懸命に貯めて蓄えて、持ち帰ってきたものが、

箱を開けてみたら、そこにはなんにもなくなっていたような。

それでは、それでは僕の持ち帰ってきたものは、一体なんだったのでしょう。



  そんなことを考えていたら。

鹿児島の友達から久々に電話がありました。

僕に会いたいのだという電話でした。


 土を掘ったり、セメントをこねたりしているのだそうです。

畑にはゆりの球根を植えて、夏に収穫するのだそうです。

古い馴染みの友達と、毎晩お酒を酌み交わしているのだそうです。

その集まりに、僕を呼びたいのだと彼は言いました。


 僕も会いたくなりました。

少しだけ、まだ人間がいるんだと思えました。

そして、僕もまだ少しは人間なのだと。人間なのだと、少しだけ、思いました。

人間を探しているうちは、

まだ僕はきっと人間でいられるのかもしれません。




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― 新着の感想 ―
[一言] リズム感の良い文章で、ストレートに入ってくるのが素敵ですね。 お話というより、エッセイに感じました。 僕もいつかこう思う時が来るのか、楽しみです。
[良い点] ザルに放り投げるお金懐かしいです。 [気になる点] これは小説ではなくてエッセイではないでしょうか? [一言] 小説として書かれたなら本作の内容は作者の信条とは異なるものと思いますが、万が…
[良い点] 文章が自分の中にするりと入ってきて、読みやすかったです。 空気感が感じられるような作品で…なんだか上手く表現できなくて申し訳ありませんが。 短編ですが、色々考えさせられる作品でもあり…
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