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第四話:世界の鍵を握る少女


城が、咆哮を上げていた。


石造りの壁が地響きと共にスライドし、重厚な歯車が噛み合う「ゴリゴリ」という地鳴りが足裏から脳漿までを揺さぶる。地下工房に充満するのは、過熱した蒸気の焦げた匂いと、大気を焦がすほどに高まった魔力のパチパチとはじける音だ。


「……信じられませんわ。城そのものが、一つの巨大な『シリンダー』だったなんて」


私は、秘密金庫の奥に隠されていた制御盤の前に立っていた。

目の前には、数千、数万もの真鍮のレバーと、細い銀の管が血管のように張り巡らされている。それはもはや機械というより、一つの生命体だった。


上層からは、反乱軍の雄叫びと、それに応戦する騎士たちの金属音が微かに響いてくる。だが、その喧騒さえも、この巨大な機構が奏でる「調律」の音にかき消されていく。


「エルナ、反乱軍の先遣隊が玉座の間に到達した。……この城を『閉じる』ことはできるか」


キリアンが私の背中に問いかける。彼の声は冷静だが、その手は私の肩を強く、壊れ物を守るように抱き寄せていた。


「『閉じる』だけでは足りませんわ、陛下。お師匠様……先王様が遺したのは、ただの盾ではありません。これは、招かれざる客を優雅に追い出すための『振り分けソーター』ですの」


私は、先王の手紙を脳裏に再現した。

そこには、この要塞モードを起動するための「黄金比」が記されていた。


私は、油で汚れ、小さな傷だらけになった自分の指先を見つめた。

この指は、この瞬間のためにあったのだ。


「――さあ、踊りなさい、可愛い子たち」


私は両手を制御盤に叩きつけた。

指先が、目にも留まらぬ速さでレバーを弾き、ダイヤルを回していく。

『カチッ、カチカチッ、チリリ……!』

指先に伝わる抵抗感。摩擦熱で指の腹が熱い。だが、その熱さこそが、私が生きている証だった。


その瞬間、城が「意志」を持った。

玉座の間に通じる廊下の床が垂直に跳ね上がり、反乱軍を一人残らず地下の「一時拘置所ゲストルーム」へと滑り落とす。扉という扉が、物理的な鍵ではなく「重力」そのものによって封印されていく。

反乱軍の将が振り上げた剣が、閉ざされた扉の鋼鉄に触れた瞬間、魔法の衝撃波が彼らを優しく、しかし抗いようのない力で弾き飛ばした。


「……静かになりましたわね」


私は最後の一手を打ち込み、深く息を吐いた。

城中の鍵が、完璧なハーモニーを奏でて「閉塞」を告げた。

静寂。

ただ、過熱した機械が「シュウ……」と冷えていく音だけが、心地よい余韻として残った。


「……終わったのか」


キリアンが、信じられないものを見るような目で、静まり返ったモニター(魔導鏡)を見つめる。画面の向こうでは、反乱軍が誰一人傷つくことなく、しかし完全に無力化されて右往左往していた。


「ええ。これでお師匠様の『悪戯』も一段落ですわ。……さて、陛下。もう一つ、開けなければならない鍵が残っています」


私は振り返り、キリアンの瞳を真っ直ぐに見つめた。

彼は一瞬戸惑ったように瞬きをしたが、やがて、その端正な唇を綻ばせた。


「……私の心の鍵か?」


「あら、ご自覚がおありで? そちらは、どんなピックを使っても手応えがなくて、少しだけ苦労しましたわ」


私は、キリアンの胸元、その心臓があるあたりを指先でトントンと叩いた。

トントントン、トン。

金庫を開けた時のあのリズム。


「陛下。この鍵、構造がとても複雑で、おまけに『独占欲』という名の錆が少し付着していますわ。……一生かけて、私がメンテナンスして差し上げてもよろしいかしら?」


キリアンは、堪えきれないというように吹き出した。

彼は私の、油と鉄粉で汚れた手を両手で包み込み、その手の甲に、深く、熱い口づけを落とした。


「令嬢にあるまじき言葉だな。……だが、その変態的な情熱がなければ、私は今日、この城と共に消えていただろう」


彼は私の腰を引き寄せ、耳元で、甘く、そして誰よりも真摯な声で囁いた。


「エルナ。君を、王妃として迎える。だが、一つだけ条件がある」


「……条件?」


「王妃としての公務の合間に、必ず一時間は、私の寝室の鍵を『内側から』閉めて、私と二人きりで過ごすこと。……ピックでの不法侵入は、私が許可した時だけだ」


私は、顔が火が出るほど赤くなるのを感じた。

眼鏡が曇る。

鉄と油の匂いしか知らなかった私の世界に、キリアンの、暖かな体温の匂いがいっぱいに広がっていく。


「……それは、随分と難易度の高い『錠前』ですわね。……でも、受けて立ちますわ。私は、難しい鍵ほど、燃えるタイプですから」


私は、彼の首に腕を回し、その唇に、自分という名の「鍵」を重ねた。


---


一ヶ月後。


王城は、活気に満ち溢れていた。

だが、その活気は以前とは少し毛色が違っていた。

何しろ、新しい王妃となった私、エルナが、城中の扉に「最新式の防犯装置」を次々と取り付けてしまったからだ。


「エルナ! また書庫の鍵を勝手に『四次元螺旋式』に変えただろう! 司書たちが泣いているぞ!」


キリアンの怒鳴り声が、今日も廊下に響く。

だが、その声はどこか楽しげだ。


私は、王妃の執務室――という名の、立派な工房――で、生ハムを齧りながら、新しい錠前の設計図を広げていた。

手元には、先王から受け継いだ銀の工具。

そして指先には、今も消えない「職人のタコ」がある。


「あら、陛下。不便さは愛だと、お師匠様も仰っていましたわ。……さあ、今夜も私の心を開けたければ、その『愛のピック』を磨いてきてくださいな?」


窓の外には、抜けるような青空が広がっている。

世界は、まだまだ解かれるのを待っている未知の鍵穴で溢れていた。

私は、隣で呆れ顔をしている愛しい王様に、最高に不敵で、地味で、そして輝かしい微笑みを向けた。


(完)



もし同系統がお好きなら、女主人公×異世界の完結作もあります:

『全肯定未亡人は今日も可愛い子を甘やかす』(N3385LM)

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