第7話 無一文、参上!
空からも遠くに見えていた灰色の壁。
こう距離が近づいていくにつれ、その大きさがよく分かる。
その高さを例えるなら…野球ができるグラウンド、そこへ設置された球が外へ出ないためのネットぐらいだろうか。
少なくとも登ろうとは思わない高さだ。
壊せるほど脆い物でも無く、ここが戦場になったら頭上から矢が降ってくるだろうし。
それにしっかりと城壁の周りには堀があるみたいで、入り口は跳ね橋方式のガチガチの防備だ。
これだけしっかりした造りなのは、何か理由があるのだろうか?
別に国境が近いとかではないなら、ここまでしなくても良さそうだけども。
…出来ればこれが普通で、問題なく入れるぐらいの警備だと嬉しい。
城塞都市とかだったら、スパイを警戒して余所者に厳しかったりするかもしれないし…。
そうして入城?待ちの列へと並ぶ事にする。
人数的には20人といったところかな?
馬車に積荷を乗せた商人だったり、作物を売りに来た農民だったり、結構色んな人が居た。
でも地元の住民だろうか、そういう人はほぼ顔パスで入っていくため回転率は結構良い。
駅の改札と変わらないスピードで人が通り抜けていく。
そんな光景を見ていると、
「あっ…」
一つ重大な事に気づいた。
「…ねえ、身分証って俺達無いよね?」
「もちろんっていったらアレだけど、無いね。
まあでも、お金次第じゃない?」
彼らは普通に出入りしているけれど、それは身分証あってのもの。
…それどころか、金も無くね?
身分証も無し、一文無し…こんな人間どうやって入るんだ?
というか見た感じ貨幣を使っている文明レベル、これじゃあパン一つ買えやしない。
このままだと楽しい旅は終わり、異世界乞食生活が始まってしまう。
いや、入れないからそれも終わっているんだけどさ!
「じゃあ、次の方〜」
「はっ、はい」
無情にも俺の番は来てしまう。
「初めての方ですかね〜、まずは身分証はありますか?」
「…いえ、無いです」
「なるほど、では入市料をルビー王国銅貨5枚上乗せさせていただき…8枚頂きます」
流れる様な代案、多分こんな感じのやり取りを何度もこなしてきたんだろう。
「いえ、それも無い…です」
「えっ…」
そこで門番の彼の動きが止まる。
そして、まじまじと顔を見つめられた。
…気のせいじゃなきゃ、何しにきたんだコイツという目で見られているだろう。
そりゃそうだ。
「ねえセフィ…どうすればいいと思う?」
「…セフィ?」
そんなすがる様な問いかけを、右へ顔を向けながら投げる。
釣られてか、門番の男性も同じ方向へと顔を向けるのだ。
そう、そこにはパタパタと飛んでいる天使の彼女…セフィがいた。
もうあの創造神について語るモードは終わったみたいだ。
「そうですね、では先ほどのお詫びも兼ねてこれを貸す…というかあげますよ。
それを中の店で売るのでそこから入市料払えませんか、という形で交渉してみては?」
「…なるほど、ありがとね」
そして会話と共に、ズボンのポケットへズシンとした重さが来る。
これがその、売っても良いというやつだろうか。
中身は全く分からないものの、ありがたくそこへ手を伸ばす。
「え〜っと、先ほどからどなたと会話を…これは?」
そうして握りしめた手を開くと…そこには金色に光るコインがあった。
まさか!?
でも落ち着けと必死に自分へ言い聞かせる。
そして一応、
「これは、今の自分の唯一の持ち物なんです。
なのでこれを売って、そこから入市料金を払えませんか?」
という設定を持ち出す。
…もちろんそんな訳もない、金貨なんて人生で初めて持った。
でも驚きの表情を浮かべたら嘘だとバレてしまう。
そしてなんなら盗んだものだと思われるかもしれないし…
「ああ、なるほど。 そちらは制度が有りますので可能ですよ。
少しお待ちくださいね…ディルクッ!少し番を変わってくれ!」
「りょーかい、後で酒一杯奢ってくれよ!」
「では付近の骨董商の店までご案内致しますね」
「あ、ありがとうございます」
どうやら交渉は上手くいったらしい。
そうして、門番の男に連れられ門を潜れた。
これが異世界…最初の街並みだ。
「…わお」
まず目につくのは一直線に続く石畳、その先には領主だったりのお偉いさんが住んでいるのだろうか?小さいもののまた城壁がある。
そしてそのメインストリート沿いには幾つもの店が立ち並び、それを求める客も大勢歩いていた。
まるで祭りの出店を見ている様な雰囲気だけども、たまたま祭りという感じでは無いみたいだ。
異世界の祭りだしお神輿とか山車が無いだけかもしれないけどさ。
でも本当に良い香りが漂ってくる…まるで焼肉屋の前を通った時みたいな。
まあ一文無しだから、買えないんだけどね。
お腹が求めていても、あげる事は出来ないのだ。
もしお金が思ったより入ったら、行ってみたいリストに入れておこう。
今は前を歩く門番を見失うわけにはいかないのだ。
はぐれたら、不法侵入でしょっぴかれるかもしれないしさ。
そうして少しずつ路地裏へと入っていくと太陽の光が入りずらいのか薄暗く、そのせいでか人通りも少ない。
…大丈夫だろうか、いきなりカツアゲとか怖すぎるけど。
門番の気が変わったら…やばいか。
少しビビって逃げ腰になりながらもついて行き、
「こちらですね」
一つの店を紹介される。
異世界だけども、外観は少し安心感がある。
綺麗なガラスが嵌め込まれた先には、おしゃれな店内が覗けたから。
それに、少し日本で見かける個人経営の雑貨屋さんの様な雰囲気も漂ってるし。
というか逆に買取出来るのか…という方にむしろ心配がいってしまう。
「ごめんくださ〜い、カラゴ市の門番アリューズです!
入市料金の売却払い案件で来ました」
「あいあい、そんな大きい声出さんでも聞こえとるよ」
彼の呼びかけと共に、奥から人が出てくる。
それと、どうやらここはカラゴ市というらしい。
…一応覚えておこう、来た市の名前も知らないとか普通にありえないし。
そうして入った店、少し中は薄暗い。
でも不思議な形をした商品だろうランプの数々が明かりを灯し、暖かみのある木の棚を照らす。
壁には謎の色をした液体が綺麗にグラデーションを描く様並べられていた。
アレは、セフィが飲ましてきた薬の亜種だろうか?
効果は分からないけど…あんまり飲みたくはない色だ。
それに分厚い本も多くあるけど、多分この時代だと1冊1冊が良い値段するだろう。
そうして出てきたのは、真っ黒なローブを羽織り腰の曲がった老婆。
…魔女?
第一感はそう思ったけど、流石に格好だけだ。
…というか俺達、いや俺だけかもしれないけど魔女の背格好とか情報知らなくないか?
一応あとでセフィとルシェに聞いてみようかな。
「そいじゃあ、そこに腰掛けりん。
それで何を持ってきたんだい?」
「失礼します…えっと、コインなんですけど…」
カウンター越しに老婆と相対する様な形で座る。
そしてポケットから、目の前に置かれた赤いシルクの様な布の上へそっとコインを置く。
それはあの状況だと良く見えなかった…でも今は多くの明かりを受け、より綺麗に光り輝いている気もする。
あと柄も、ただ見た事のない文字と謎の女性の肖像画が描かれていた。
多分セフィはこの異世界は初めてだろうし、この女性の柄には価値がなさそうではある…ものすごい失礼だけど。
まるで構図だったり絵は、教科書で見るヨーロッパの偉人が描かれた感じの雰囲気だ。
でも創造神もセフィもルシェでも無いし、マジで知らない女性の描かれた金貨。
彼女がどこでこれを拾ってきたのかは、謎である。
「う〜ん、なるほどね。
こりゃあ気合い入れて調べないとねえ」
どうやらこれは、老婆の気合いを入れるに値する代物だったらしい。
確かにこれが純金なら、相応の価値はあると思う。
重さは具体的には分からないけども。
とはいえこの時代は、どうやって純度を調べるんだろうか?
静かに見ていると、どうやらまずは磁石にくっつくか調べるらしい。
どうなったら良いのかも分からないけれど…金属だしくっついた方がいいのかな?
でもくっ付いてないけど…。
「このコイン、水に濡れても大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です」
別に傷がつかないなら、何やってくれても良い。
まあ俺のものでは無いんだけどさ。
そしてその金貨が、天秤に乗せられる。
そんな金貨が今度は糸で十字に縛られると、今度は水の張られた瓶に少しずつ入っていく。
何か数値を確かめているのだろうか、それを見ながらペンを紙に走らせている。
そうして…
「間違いない、金貨だね…それも、かなり純度の高い」
「おお」
流石に鑑定結果を聞いて声が漏れ出てしまう。
そしてセフィもルシェも食い入る様に、老婆へと視線を向ける。
人間じゃなくても、こういうシチュエーションでは気になるものらしい。
「そうだねぇ…ルビー王国金貨5枚でどうだい?」
「金貨5枚!?」
その叫びは俺たちじゃない…門番の声だった。
正直相場が全く分からないし、吹っかけられてても不思議じゃない…というか気づかない。
でも門番の彼の反応的には、金額が大きいみたいだ。
セフィへ視線を送ると、その手を金貨の方へと向けどうぞっ、とやっている。
売ってもいいという事かな?
まあ本人がOKって言ってるし、
「じゃあ、お願いします」
「よし来た!じゃあ書類に名前を書いておくれ。
あたしゃ、金貨を奥から持ってくるからさぁ」
そうして紙をおいて老婆は奥へと消える。
…ペンはあるのだけど、俺書けるのか?
契約書の字は一応読める、翻訳の力のお陰だと思うけど。
全く見たこともない言語が読めるのは不思議な気分だ。
でも、
「大丈夫ですよ、ペンを握って近づけてみて下さい」
セフィの言葉の言う通り、インクの瓶に刺さった羽ペンを抜く。
そして…近づけていくと、確かに分かる。
なんか目を通して描きたい内容のラインが薄く光るのだ、実際に他人から見ても光ってる訳じゃないとは思うけど。
小学生の漢字を練習するドリルを使ってる時、灰色の線をなぞって書き方を覚えるっていうのをやっていたけど正にそんな感じだ。
ただ自分の手で見た事無い文字が生成されていくのは、少し気味が悪いけど。
少しして老婆は皮袋を持ってくると、
「うん、しっかり書けとるね。
ふうん…出身地はよく分からんけど、まあ良いか。
じゃあこれがルビー王国金貨5枚、あと餞別で入市料の銅貨をやろう」
「ありがとうございます、では」
「はい、確かに銅貨8枚頂きます。
…それでは、ようこそカラゴ市へ!
私はこの辺で失礼しますね」
「あっはい、最後までありがとうございました」
そのまま銅貨は、門番の男性へと受け渡す。
こうして新たに手に入れた金貨…少し軽いな?
500円玉より…いや同じくらいかな?
そして見た目は金のままで、中心には50円玉の様に穴が空いていてそこに糸が通されている。
教科書で見た昔のお金がこんな感じだったけ?
でも、
「それにしても軽いな…」
「ああ、ルビー王国の硬貨は初めてかい?
この国の硬貨は中身が木で、外側だけのメッキやからな」
「なるほど…」
老婆の説明で納得がいく。
木で大丈夫なの!?と一瞬思ったけど…地球では紙でした。
今はキャッシュレスの時代だし、最早数字だけのやり取りだ。
偽造は…多分大丈夫なんでしょう、知らないけど。
ともかくこれで店で物を買えるはず…
「ちょいとお待ち、その金貨この辺じゃあ大体使えんよ」
「えっ!?」
「流石に金貨を出されたら、大体の店はお釣りの銀貨が足りへんからなあ。
だから、ウチで適当に何か買ってけばええやろ!」
…これはセールストークか?
でも確かに、大きすぎる気もする。
だってパッと目に入った空に浮かぶ馬鹿でかいシャンデリア、これが金貨1枚だし。
これ日本だったら数十万、下手したら100万ぐらいしても不思議じゃ無いけど…。
そう考えたら崩さないといけない気もする、とはいえ要らないものを買うのもアレなので、
「良いのがあったら、買いますね」
「ああ、じっくり見てくとええよ」
そうして棚へと視線を移し、人生初の異世界ショッピングが始まる。
「まいどあり〜!」




