第37話 後悔
この鎌で斬ると、体も残らず光の粒子になるらしい。
崩れていく彼女の体、今もその拳はこちらの手の中。
安らかな顔を浮かべた彼女はそうして…鎌へと吸い込まれていった。
きっとその光景は他の人には見えていない。
この2人だけの景色はいつの間にか増えていた二対の翼で覆い隠されてしまっているから。
そして役目を終えた様に鎌も消え、天魔融合状態も解除された。
「おっとっと…」
「大丈夫?ダン」
途端に襲ってきた疲労に少し体勢を崩してしまう。
痛みというのは別に感じない。
でも無理やり魔力を広げたから、こんな事になっているんだろう。
多分、前は全て使い果たしてそれどころじゃ無かったから、気づかなかった。
「大丈夫…」
それに魔力の使いすぎってだけじゃない。
あの鎌の能力なんだろうか、彼女の人生が頭の中を駆け巡ってきたのだ。
母の死の場面も、兵士に追いかけられ覚醒した場面も…王者として挑戦者と戦っていた場面も。
もっと彼女と…言葉を交わすべきだったんだろうか?
……でも、それは魔王が許してくれないだろう。
ソイツはきっと隙を見て、こちらを殺そうとして来るだろうから。
彼女の体を無理やり乗っ取ってでも。
「ままならないね…」
「そうですね」
魔女となった彼女、死後には何も残らない。
全て光となり、鎌へと消えていったのだから。
…とはいえ、いつまでもこうして地面に跪いている訳にもいかない。
フラフラと立ち上がり、パッパッと土汚れを叩き落とす。
空はオレンジ色に染まり、子どもはもう家に帰る時間。
朝早くにズィッペリンを出たはず…どうやら、体感よりも長く戦っていたみたいだ。
この世界にもカラスはいるのだろうか、カーカーという鳴き声も聞こえてくる。
「これからどうしようか?
ズィッペリンに戻るか…それとも、この森で野宿するか」
流石に戦いの場にテントは持ってきていない。
食べ物と水ぐらいはあるけども。
「ズィッペリンまでは遠くな〜い?」
「では今日は…野宿ですかね?
いえ、まだ…」
「何かあった?セフィ」
やっぱり野宿するしか…と思ったけども、彼女は何かを思いついたらしい。
「彼女…憤怒の魔女ステラは数百年をこの森で過ごしたとか」
「うん」
「なら近くに家があるのでは?」
…言われてみれば確かにそうだ。
深い森で建物は見当たらないものの、探してみればあるはず。
「…でも、良いのかな」
「ん?」
「なんか…祟られそうじゃない?」
俺が殺した相手、その家で一夜を過ごす。
…まるでシリアルキラーみたいなムーブだ。
「まあ、彼女も許してくれる…でしょう」
流石のセフィも言葉が詰まってしまっている。
…やっぱ人から見たら、ヤバいやつじゃん…。
でも野宿よりは良いのかな。
取り敢えず、森を歩き始めた。
サクサクと足元の落ち葉が小気味良い音を立てる。
先ほどまでは石畳だったのが、道を外れたからもう土の地面が広がっている。
なんの根拠もなく、ただ深い森の奥へと足を踏み入れて行く。
魔物は…別にいない。
多分彼女が絶滅されたんだろう、実力的に大きな手間でもなさそうだし。
「…あった」
案外、簡単に見つかった。
まだそこまで時間をかけていないのに。
ポツンと佇む平屋のログハウスがそこにはあった。
壁にツタが這っているものの、廃屋という雰囲気はない。
それは獣道の様に歩いた跡が残っていたからだと思うけど。
きっと彼女の残したものだろう。
それに…彼女から覗いた記憶と外観が一致している。
こんな森の奥に建てたのか…それもすぐに分かる。
「これは?」
「ステラの…母の墓みたいだ」
戻ってきた彼女がズィッペリンとかではなく、何故ここに住んでいたのかその理由がよく分かる。
きっとこの場所を守り…大切にしたかったからだ。
その証拠に綺麗に磨かれた石には花が添えられ…コップには並々と注がれた水が張られている。
萎れておらず生命力を保つ花は、彼女が頻繁に変えていたことを表していた。
それを見て俺は、地面へと背負っていたリュックを下ろす。
取り出したのはリンゴの様な果物で1個…2個と供える。
そして墓石へと向かって手を合わせた。
「…行こうか」
墓参りを終えた俺達は、そのログハウスへと足を踏み入れる。
鍵のかけられていなかった家は、キィィッと音を立てて開く。
露わになったのは木の温もりを感じる家だ。
テーブルの上に置かれた食器や、磨かれていたのだろう剣が置かれているのが生活感を表していた。
どうやら彼女はしっかりと片付けや掃除をしていた様で綺麗な部屋だ。
もう外は暗くなり始めたため、部屋のランプに火を灯す。
「…いただきます」
調理はせず、パンや冷たい干し肉を齧るだけ。
ランプで薄暗く灯された室内で、3人だけの時間が静かに流れていく。
「じゃあ…おやすみ」
「おやすみ〜」
「お疲れ様でした。
ゆっくりと体と…心を休められます様に」
軽く手を振るルシェと、祈る様な仕草のセフィ。
そんな彼女らに軽く手を上げ、俺はベッドへと横たわる。
瞼を閉じて視界からの情報を遮断すると、脳内を駆け巡り始めたのは今日の記憶。
王族からの激励に始まり、クラーク家との別れ…ジュリエッタ様とのキス、市内での擬似パレードの様な喧騒。
そして…今日初めて会った憤怒の魔女ステラとの命を取り合う様な激しい戦い。
お互いの隙を窺いながら少しずつ傷をつけ、最後には…
「…はぁ」
手に今も残るのは固い抵抗を断ち切る感触。
それは脳内にもう焼き付いてしまい、忘れることなんてできない。
……でもいい、俺だけは彼女の戦いぶりをいつまでも覚えておく。
そうして意識はいつの間にか襲ってきた睡魔に襲われ…薄れていくのだった。
「んんぅぅ…」
瞼越しに感じる光、ぼんやりとした意識が覚醒していく。
薄目で開かれた目が捉えたのは…温もりを感じる木の天井。
昨日まで過ごした貴族が使う様な部屋、そことは全然違った雰囲気。
…そうだ、ここはステラの家。
人里離れた森の中、流石に街まで歩くには遠すぎるし…かといって、野宿も。
そんな流れで探して、勝手だけど使わせてもらったのだ。
「おはよ〜、ダン」
「おはようございます、昨日はよく眠れましたか?」
「おはようダン、疲れが溜まってたのかぁ?」
「ああ、おはよう……ん?」
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