第36話 憤怒の魔女ステラ
俺…ステラは貧民街、そこに住む一人の女の下に産まれた。
父親は物心ついた時にはもういなかった、だから悲しいなんて事も思わない。
母は俺にお腹いっぱいになるまで、自分ではあまり食べずに食事を用意してくれた。
今思えば、スラムの子の中では相当良いものを食べていたと思う。
そのおかげでスクスクと育ち…力をつけていった。
「やっぱステラは最強だっ!」
「そうだろッ!俺がこの街最強だ!」
そうして俺は、毎日の様に同じ貧民街に住む子と戦い続けた。
別に喧嘩とかではない、ただ遊んでいるだけだ。
良い感じの棒を近くに住む爺さんに削ってもらい剣みたいにしてもらって。
広がる戦いの輪は、その街に住む子達を飲み込んでいく。
貧民街の子も…父親を騎士に持つ、将来を約束されているだろう子どもも。
そして例外なく、私が全ての戦いで勝利を収めていた。
「はっ、最強だ?だったら路上決闘で稼いでろよ!
お前なんて、そこに挑まない卑怯者だ!」
その子はよっぽど悔しかったんだろう、目を涙で腫らせてそう叫んだ。
俺は一瞬カッとなったけども、納得した部分もある。
だって今まで戦ったのは、全員私と同じ年齢ぐらいの子達。
後は酔っ払いぐらいで、本当の戦士や騎士とは戦ったことがなかったしさ。
それに思った。
私が戦いで稼げれば、母を楽にさせれる…いっぱい食べさせてあげれる。
朝に疲れた顔で家に帰ってくる様なことをさせないで済むのだから。
だから私は貧民街の知り合いに声をかけまくった。
その路上決闘は掛け金を出し、勝ったら賞金が貰えるというもの。
だけども私は銅貨一枚も持っていない、そのため持ってそうな大人達に直談判したのだ。
彼らも私の強さを知ってくれていたから、面白そうだと少しだけ出してくれた。
それをかき集め…
「おっと、今度は可愛い挑戦者じゃないか…お名前は?」
「ステラ、これに金が入ってる」
挑んだ。
彼は笑みを浮かべていた、きっと鴨が来てくれたからだろう。
だって服は穴を縫い合わせているボロボロの物で、腰には不恰好な木の剣。
明らかに強そうには見えない。
そうして戦いは始まり…
「負けだ、負けだ……持ってけ」
『うぉおおおお!!!』
私は勝利と共に、初めて自分でお金を稼いだ。
体はボロボロ、服にも穴が空いてしまっている…不恰好なもの。
でも勝利は勝利だ。
銀貨五枚、今なら少額だけど、銅貨も持っていない私からしたら目が飛び出るほどの大金だ。
そうして貸してくれた人達に、倍にして返し…宴が始まった。
「すげえじゃねえかステラ!」
「大人に勝つなんて…やっぱステラは最強だ!」
褒められながら目の前に用意されたのは、ミルクと香ばしい匂いを放つねぎま。
私はこの味を今でも忘れていない。
それから私は路上決闘で戦い続けた。
私より身長が倍以上ある大男も、鉄の盾を素手で捩じ切る怪力男にも、私は一度も負けなかった。
それから間も無く、母は病気に罹った。
「ゴホゴホッ」
「大丈夫、お母さん?」
そう聞くと静かに頭を撫でてくれたが、子どもながらに長く生きれるとは思わないほどに母は弱っていた。
この街には…後から聞いたら国中でも同じ症状の病が流行していたらしい。
だから臆病な貴族や商人は、それを治せる治癒師を…万能薬を大金を叩いて外に漏らさなかった。
そのため街中では、亡くなった遺体を焼く煙が至る所から上がっていた。
貧民街ではもっと悲惨で、治療なんてもっての外…遺体も路上で放置されたまま。
知り合いの爺さんも、私に路上決闘の金をかけてくれたおっさんも…一緒に遊んでいた子達も例外なく。
でも私には一つだけ手があった…それは路上決闘だ。
金で動く治癒師がいるなら、私が貴族よりも大金を積めば良い。
だから私は家の全財産を売り払い、それとわずかな貯金と合わせて戦いを挑みにいった。
だが、
「ステラ…お前には勝てん、お断りだ」
私は強かった……強すぎた、勝ちすぎた。
もう戦ってくれる奴なんていない、金を奪われるだけなんだから。
貧民街出身で戦いしかやってこなかった私には、もう稼ぐ術はない。
残された手段は……もう盗みしかなかった。
「…明日、領主の館に入って万能薬を取ってくる」
ボロボロのベッドへ横たわる母へそう話すと、
「ダメよ、私はそんな子に育てた覚えはないわ」
「でもっ!!」
そう静止されるけども、ここは譲れなかった。
すると母親はゆっくりと起き上がり…俺を抱きしめる。
「…ゴホゴホッ、病気が移ってしまうかもしれないから、少しだけね」
久しぶりの母の温もりに包まれ、言い返そうとした口も静かに閉じる。
「ステラは強い、きっと…絵本の中の英雄様にもなれるかもしれない。
だからそこに書けない様なことをしてはダメよ。
貴方は力は強くても……優しくて、心が弱い子なんだから、きっと引き摺って生きてしまうでしょ?」
俺はそこで産まれて初めて、そして最後に…涙を流した。
それから間も無く母は亡くなった。
母の遺体は誰も足を踏みれない様な森へと埋め、俺は遺言通り山へ籠った。
その遺言とは、
「そのお金を全て保存食に変えて、山に籠りなさい。
ステラの体がいくら丈夫でも、いつ発症してもおかしくないんだから。
流行り病が収まったら…その力を、人々を守るために振るってあげて」
というもの。
母は、嫌だったらやらなくて良いから気楽にね?と付け加えたけどそんなつもりは無い。
まともに孝行なんて出来なかったんだし、他にやりたい事もなかった。
だから食べて…修行して…寝る、それを毎日繰り返す。
相手となる人間はいないけども、魔物はいる。
ゴブリンからオーガ、それに空を飛んでいるワイバーンなんかとも戦った。
そうして10年の月日が経ち、
「ステラ、流行り病が収まったぞ!」
そんな報告を近くの村へ行った時に聞いた。
どうやらあの病は魔王の魔法だったらしく、その元凶はもう勇者に倒されたそうだ。
「そうか……それはッ」
良かった、その言葉はどうやっても喉から出てくれない。
確かにこれ以上死人が出なくていいし、きっと平和な世が訪れる、そんな気持ちもしっかり持っているはず。
なのに、どうしても……ダメだった。
なんで?もっと早ければ、母を助けられた?
……いや、そんな事じゃない。
もう心の中でそれは整理をつけた。
心の奥底で…誰にも見せないドロドロとした部分は、
『お前、平和な世が来たら……その力が無駄になるって思ってるんじゃねえか?』
そう静かに語りかけてくる。
私は……それに反論出来なかった。
魔王の力による強化のなくなった魔物たちは、世界中で狩られていく。
でも…平和になり、なくなったと思ったはずの戦場は案外早く現れた。
「傭兵ステラよ、指揮官ハルヴァーの首を良く取ってきてくれた。
褒美はたんまりと用意しよう」
「…どうも」
人と人の、解放された土地の所有権を奪い合う…戦争の始まりだ。
山奥での修行は無駄ではなかったらしく、1匹狼でも敵の指揮官の首を取れるぐらいには無双していた。
最初は人を守るために磨いた技だったはず、でもその時は…ただの殺人術と成り果てていた。
「くそっ、しくじった…」
「追えッッ!追えッッ!」
「出血量からしてそう遠くにはいないはずだ!」
そうして戦場で暴れ続けた俺。
路上決闘時代は挑戦を受けないという選択肢もあちらにあったが、戦場ではそうも言ってられない。
俺を狩るためだけの罠、そこにまんまと俺は引っかかってしまったのだ。
足場も悪く見通しの悪い場所、そこへ誘い込まれ無数の魔法と弓を撃ち込まれた。
「ははっ…あれだけ暴れて、最後はこのザマか…」
ジクジクと痛むのは炎で焼けた足に突き刺さった矢。
無数の傷は容赦なく体から血液と体温を奪っていく。
きっとこの、人一人分の隙間が見つかるのも時間の問題だろう。
血を流しすぎたんだろう、霞んでいく視界……これが行いの報いか。
まだ俺は……何も成していない。
「ああ……悲しいな」
ずっと大切に、いや目を背けていた心の中にある箱。
それを開けた瞬間、堰を切ったようにドロドロとした感情が体から溢れ出す。
そして、
「なん…だ?」
赤と黒を混ぜたような気味の悪い光の柱に包まれたのだ。
この中にいると、ものすごい気分が…良くなっていく。
ずっと制御していたものをしなくて良くなったように…自由を感じた。
そうしてパッと視界が開ける。
「傷が…治った?」
もう万能薬でも使わなければ治らないはずの傷、それが治っていた。
身体も軽く、使い果たしたはずの魔力は戻り…いやそれ以上だ。
「こっちに魔力の痕跡がッッ!」
敵の兵士にもバレてはしまった。
でも今なら…
「化け物っめ……」
敵にはならない、たとえ万の軍勢が相手でも。
そんな返り血で染まった私の周りには、傷だらけの肉が数え切れないぐらいに転がっていた。
まるで俺を中心とした花の様に…。
『どうだ?その力は』
「グッッ……誰、だ?」
俺はズキンッと大きな鼓動をたてた心臓を抑え、蹲る。
近づいて感じる最悪な匂いと、頭の中に響くのは気分が悪くなる言葉。
明らかに誰かが話しかけてきていた。
『魔王…まあ、勇者には負けてしまったがな』
「へっ、そんな野郎が俺の体になんの様だ」
『別に何もしない、自由に生きればいい』
そう言われても怪しすぎる…でも対処方法もない。
どうやって話しかけてきているのかも分からないのだし。
だから怪しみながらも普通に生きることを俺は選択した。
それから数百年ほど経った。
もちろん俺は人間のはず、なのに…一向に老けないどころか寿命も来ない。
「お前の仕業か?」
『ああ、全人類が望んでやまない不老不死だぞ』
それを問うと、魔王はさも何事もない様に答えた。
「…俺は別に望んでないんだが」
これ以上生きて何になるんだ。
数百年経っても英雄にはなれず、ただ暴れる様に戦うだけ。
命に限りある者達を俺の手で断ち切り続ける、そんな長い…長い生活。
そうして心をすり減らしながら、長い長い旅路を歩き続け…
俺は久しぶりに故郷に戻ることにした。
母のお墓参りを終え、向かったのはかつて貧民街…俺の家があった街。
確かに栄えていたのだけど…
「なんじゃこりゃ」
それはかつてとは比べ物にならないほどの人の往来だ。
そこは名前を変え、決闘都市ズィッペリンと名乗っていた。
大きな都市のはずなのに、歩いているだけで肩が当たってしまうぐらい。
これがいつも通り…と思っていると、一つの立て看板が目に入った。
それは、
「ルビー王国主催!世の腕自慢達よ、ぜひ参加し…英雄になれッ!!」
そんなやっすい謳い文句。
…いつもなら気にならなかったはずのそれは、妙に目に入った。
何故だろう…きっと、ここが故郷だからだ。
母の墓参りを終えた俺には、ものすごい魅力的に感じられる様な文章。
いつのまにか俺は、エントリーを済ませていた。
そうして俺は1000人の参加者を打ち破り…そのまま優勝を果たす。
国王様直々に報酬を渡され、街中から祝福の言葉が溢れていた。
あの瞬間、きっと俺は…英雄だった。
…ここまでは良かったのだ。
そして第二回から新しいルールが追加された。
それは前回優勝者と今回の優勝者が最後に戦うというもので、こちらが買ったら三回目の優勝者とも戦うという流れ。
言ってしまえばこちらの防衛戦だ。
確かにこれは盛り上がった……最初だけは。
戦って俺は勝つ、そしてそこから…記憶がない。
気づいたら、そこには頭から血を流した挑戦者の姿が。
確かに命を落とす危険はある、戦いなのだから。
でもそれが…何度も、何度も続くのだ。
「しょ、勝者ステラッ」
もう歓声も…勝利の喜びもない。
「…なんか、してるだろ?魔王」
闘技場での戦いが終わり、今は控え室。
姿は見えず、俺の中に入り込んでいるらしいソイツに問いかける。
すると、
『……ククッ、案外遅かったなあ?』
「お前ッッ!!」
『戦士の魂は美味えなぁ?復活も早まるってもんだ』
そうして笑いながらソイツは答えた。
そう、俺の心の中に入り込んだ魔王は…俺の体を操り、わざわざトドメを刺していた。
もう…動けない挑戦者に向かって。
俺も抵抗しようとした、
『それは言わせねえぞ?』
相手に…王族に話そうとしたり、降参しようとしたり。
ただその度に喉が締まったように言葉が出てこない。
挙げ句の果てに、
『はは、そうやっても死なせないさ。
例え…心臓を貫いたとしてもヨォ』
自分の獲物で心臓を貫いたとしても、意味がない。
すぐに傷は治り、意識を失うことさえ許されなかった。
そうして俺は魔王の操り人形として、戦い続けた。
その長い殺しの旅路に心は擦り減っていき、ソイツは力を増す。
俺もそれに比例する様に力を増していくため、勝てる奴なんていない。
何度も何度も、どれだけの人間を救えたか分からない英雄候補を…潰していく。
英雄に憧れていた俺は…いつしか、英雄候補を潰し続ける最悪の存在、憤怒の魔女となっていた。
だれか、おれをころしてくれ。
そんな願いも届かず、傷一つつけられずに終わることも殆どだ。
でも最近50年は戦わなくて良かった。
どうやら時の国王が強制というワードを消したため、王者達はこぞって遠慮したそうだ。
それで…良いと思った。
魔王は歯噛みしてるみたいだが、それで良い。
誰も挑んでこなければ、世界は平和なまま続くんだから。
でも…
『勝者ダンッッ!!』
あの…久しぶりに歯応えがありそうな奴が挑戦してきたのだ。
やめてくれ、と思った。
あれだけの力を使いこなすから…長く生きたらきっと面白いことになる。
そんな予感があった。
でも彼はこの森にきた。
いつしか闘技場だと冷めるからということでか、こちらに戦いの場は移動した。
立会人もおらず、ただ勝者1人だけが立ち続けることを許される場、そこに彼は来たのだ。
そうして始まった戦い。
彼は…戦いの素人だった。
こちらの誘いには引っかかるし、ずっと隙だらけだ。
多分腕だけだったら過去の王者の中で最弱、きっと準優勝者の子の方が強い。
でも…圧倒的な力と耐久力を持っている。
それで無理やり、この勝負は成立していたのだ。
その結果久しぶりに解放された魔王の力。
あの時は自由を感じたけど、今は鎖に全身が縛られている様で気分が悪い。
でも…力は、彼の耐久力を上回るぐらいまで上がった。
綺麗な膝蹴りは、彼を吹き飛ばし…致命傷を負わせた。
ああ…彼も、こうして死んでしまうのか。
久しぶりに楽しくなってきたのに、全力を出したら一瞬…
それは俺が舐めて…舐めすぎていた。
急に生えた二対目の翼、自由に刀身を操る剣、それらによって追い詰められていく。
負った傷が治らないのが致命的だ。
そうして最後の望みをかけて挑んだ一撃は…見事なカウンターで返された。
ははっ…叶わねえや。
……そういえば初めてかもしれない、俺が負けたのは。
子どもの時から、ずっと負けることはなかった。
軍の罠に引っかかった時も、最後は勝ったのだから。
そうして目の前の彼の手には、神聖な雰囲気を感じる鎌が握られていた。
『おい、ステラッッ!!動けよッ、死ぬぞッッッ!!』
魔王が煩い…きっとあれは俺を殺せる武器なんだろう。
ははっ、いい気味だ。
でも彼は動かない。
…人を殺したことがないのか。
それもそうか…彼は素人の様な動きだったし。
『良いぞステラ!やってしまえっ』
力を振り絞って立ち上がり、ヨタヨタと歩く。
そして彼にパンチを繰り出した。
でもそれは…人生で一番弱々しいもの。
「…何を?」
『何をやっている……ステラ?』
「…ははっ、俺はまだ…おまえの命をあきらめて…ねぇぞ?」
それが、彼への後押しだ。
俺は英雄にはなれなかった…でもせめて最後だけは…な?
「ありがとう…じゃないか」
そうだ、違う。
俺はそんな言葉では喜ばない。
「また…やろう、魔女ステラ」
「ああ……俺は、つかれたから…少しねむるな?
起きたら…」
それは魔女ではない、ただの…ステラにかけられた様な言葉。
振りかぶった白刃が俺の首へと吸い込まれていく。
…どうしようもなく腹立たしくて、握った拳の爪が肌に食い込む。
ああ、これが………敗北の味か。




