医師 3
「なぜ?」
声は震え、言葉の端々に血のような憎悪が滲んでいた。
「なぜ?犯人に……この苦しみを味合わせてやりたい!俺と妻と息子が味わった、この七年間の苦痛を!」
安藤は、無意識に息子と妻の名を心の中で呼んでいた。悠翔、そして妻――。その名を呼ぶたびに、胸の奥で焼けるような痛みが広がる。 苦しみを味合わせたい――それが、復讐の根源的な理由だった。
男は、しばらく沈黙した。休憩室には、安藤の荒い呼吸だけが響いていた。 その呼吸は、まるで獣の咆哮のように荒々しく、静かな部屋の空気を震わせていた。
安藤は、怒りと絶望を込めて、堰を切ったように言葉を吐き出した。
「私は、毎日、悠翔を守れなかった自分を殺してきた! 妻は、笑うことを忘れた! リビングの、悠翔の絵が飾られた場所の前を通るたび、ナイフで心臓を抉られるような痛みだ! 犯人のせいで、私たちの人生は、時間が止まったままなんだ!」
声は震え、目頭が熱くなる。 安藤の瞳には、七年間積み重ねてきた悲しみと憎悪が混ざり合い、涙と血のように濁った光が宿っていた。
「この苦しみは……お前なんかにわからないだろう!」
その叫びは、誰に向けられたものでもなかった。目の前の男に、深見に、そして自分自身に――。 安藤は、深見をただ殺したいのではない。
彼が望んでいるのは、「苦しみ」そのものを深見の心に、肉体に、等価交換のように刻み込むことだった。 七年間、彼と妻が背負い続けた痛みを、同じ重さで、同じ深さで、犯人に背負わせたい――それが彼の真の願いだった。
休憩室には、安藤の荒い呼吸だけが響いていた。 その呼吸は、復讐の炎と悲しみの涙が交錯する、魂の呻き声だった。
男は、安藤の激情的な告白を、一言も遮らずに聞いていた。 その沈黙は、まるで深見の罪の重さを、目に見えぬ秤にかけているかのようだった。安藤の荒い呼吸だけが休憩室に響き、空気は張り詰めていた。
そして、男は静かに口を開いた。
「なぜ?」
「え……」
安藤の熱は、その一言で急速に冷やされた。胸の奥で燃え盛っていた憎悪の炎が、一瞬にして冷水を浴びせられたように揺らぎ、言葉を失った。
男は、さらに問いを重ねる。
「殺せば、犯人は苦しみを味わえるんですか?あなたの苦しみは、終わるんですか?」
その問いは、復讐の行為そのものではなく、その果てに待つ結果だけを突きつけていた。
安藤は、言葉を詰まらせた。喉が乾き、声が出ない。
「それは……」
終わるはずがない。深見を殺したところで、悠翔が戻るわけではない。 復讐の熱が冷めた瞬間、残るのは――
「殺人者」という新たな罪。 「愛する息子のためとはいえ、人を殺した」という自己嫌悪。 「それでも終わらなかった」という、より深い絶望。
その三重の重みが、安藤の胸を押し潰すように迫ってきた。




